1-5:ルイシア
僕が家に戻ったのは、正午の鐘が鳴った少し後だった。太陽が高いうちに家へ戻ると、なんだか不思議な気持ちになる。
「ただいま!」
応じる声はない。
家はしんとしていた。
母さんは施療院への仕事があるから、昼間は家にいない。妹のルイシアはきっと2階で寝ている。
僕は荷物を下すと階段をできるだけ静かに登り、寝室のドアを開けた。
光が差し込む粗末なベッド。
そこに、妹が横たわっている。
ルゥは――ルイシアは巻きがちな栗毛を肩くらいまで伸ばした女の子だ。顔立ちは可愛らしく、もし目を開けたら大きな青の瞳が見えただろう。明るい茶色の髪が枕元に広がっていた。
無事に誕生日を迎えることができれば、13歳になれる。
「……今日、薬が買えるから」
白い肌はきれいというより病的だった。
寝息もたまに乱れる。重ねられた毛布の下で、胸が不自然なほど上下し、こほん、こほん、と全身を震わせる咳をした。
「……頑張るからね」
小さな手を握って、僕は一階へ戻る。
身をかがめて家具の隙間に隠しておいたお金をまとめるんだ。
棚の下、床の下、引出しの奥、色々なところに財産は分散してある。本当はおやじさんにもらったコインを支払えば、薬に持っていく銀貨をだいぶ減らせるのだけど。
ポケットから金貨を取り出すとまた声がした。
『そろそろ、起こして欲しいな』
「……つ、ついに、普通に声が聞こえるようになってきた……」
たとえていうなら、耳の中で直接話されている感じ。
神様のメッセージは基本的に生気がなくて、とても事務的だ。まぁ薬草採取で盛り上がられても困るけど。
でもこの声は感情に溢れているうえ、聞き覚えがある。
「そ……ソラーナ、さん?」
勇気をもって返事すると、頭に声が響いた。
『うん。一度でも起こしてもらえれば、いつでも声だけは届くみたいだね』
いい加減、はっきりしないといけない。
僕は金貨に向かってスキルを再使用した。
――――
<スキル:目覚まし>を使用しました。
『封印解除』を実行します。
――――
「できた……!」
金貨が光り輝いて、美しい少女が飛び出す。また何か蹴るんじゃないかと思ってはらはらしたけど、裸足は床に降り立った。
ソラーナが大きな目をぱちぱちして僕を見る。
「なるほど、だね」
腕を組んで、ソラーナはなんだか満足そうに頷いた。質素な無地のワンピースを着ているのだけど、堂々として、神々しい。金色の髪と瞳、そして右手にはめた腕輪がまぶしかった。
顔立ちもとても整っている。
確かに神様と言われても説得力がある――そんなことを思っているとソラーナは顔をずいっと近づけてきた。
「あ、あの」
「よい能力だ。神でも武具でも、封印を解くことができる。お礼がまだだったね、ありがとう」
ソラーナは自分の身体を抱くようにしてぶるっと震えた。
「……ただし、神々を封印する魔法が世界全体を覆っている。おかげで戦争は終わったろうが、君に封印解除されなければ封印されたまま。その上、外へ出ても活動限界があるというわけか」
神様はとんっと地面を蹴ると、浮き上がった。
「えっ!?」
「ふふ、女神は浮くものだよ」
そ、そういうものなのかな。
ソラーナはふわりふわりと漂いながら、家のあちこちを珍しそうに眺めている。
「ね、リオン」
見上げるとソラーナは2階を指していた。
「上に病の人がいるのかな」
現実を思い出し、うなだれる。
「はい」
「治そうか」
息を呑むって、どういうことなのかわかった。
「なお……せる?」
「そのような気配を感じる。魔力による状態異常にかかっている人がいるだろう」
かき集め握りしめていた銀貨が僕の手からこぼれた。
「嘘……ですよ。すごく高価な、『世界樹の霊薬』でも治らなかったのに」
ギデオンの顔がちらつく。
金色の瞳はまっすぐに僕を見ていた。
「ただし、条件がある。わたしの家族に――信徒になってほしい」
「信徒……?」
「長い時間、わたしは眠っていたのだと思う。だから力の多くを失っているし、かつての信徒も一人も残っていないだろう。最初は、起こしてくれた君がそうなのかとも思ったが……」
神様の顔は、どうしてかとても寂しそうだ。断られるのを怖がっているようにみえる。
何百年もの眠りから突然目覚めて、知り合いが一人もいないってどんな気分なんだろう。そう思ってしまった。
「説明しよう」
神様が首を振り、長い髪を揺らした。
「人を治すような、神としての力を確実に行使するなら、信徒が必要だ。人との絆があって初めて、神は力を振るえる」
僕が呆然としていると、ソラーナは地面に降り立った。
「……だめかな?」
問いかけに、ゆっくりと呼吸を落ち着ける。
スキルが目覚めてから混乱続きだけど、悪い人だとは思えない。
この人が僕の知らない力を持っているのも確かだ。
2階から咳が漏れ聞こえる。
痛ましくて、心を決めた。
「い、いえ!」
僕はソラーナの手を取った。
「妹をみてください」
お読みいただきありがとうございます。
本日中の更新はこの1話のみとなります。





