1-3:古代遺物の短剣
冒険者ギルドに駆け込むと、どうしてか僕以外誰もいなかった。まるでいつも通りの朝一番に着いたみたい。
「あれ……?」
日付を間違えたかな?
壁に掲げられた暦は、確かに第3月の2日目。ギルド稼働日だ。
カウンターに列はないし、依頼が貼りだされる掲示板にも人がいない。
書類を繰る音が冷たい空気を揺らしていた。
「おはようございます! いつも早いですね」
受付のお姉さんは感心している。
招かれるままカウンターに行っても、違和感は消えない。
なんだか変な感じだ。走ったこと自体が嘘みたいで、不思議と息も切れていない。
冒険者登録票をカウンターに出すと、お姉さんは不思議そうに言った。
「でも、今日はどうしたんですか? すごいスピードで入ってきたから、驚いちゃいましたよ」
「す、スピード? 遅れそうで……」
「ふふ、リオンさんはしっかりしてますね! 遅刻も何も、いつもと同じ一番乗りです」
どうやら、僕は本当にいつも通りの時間にやってきたらしい。
「助かります。朝早くダンジョンに入ってくれるのは、リオンさんだけですから」
「……生活の、ためなので」
お金のため必死にやっているだけです。
冒険者ギルドは、ダンジョンと冒険者を管理している組織だ。報酬の分配や素材買取、さらには食事の提供までやってくれる。
認めてくれるのはありがたいけど、ちょっとくすぐったい。
「継続は立派です――はい、ではどうぞ! いつも通り、1・2層の魔物退治と、薬草の採集をお願いします! ……これも大事な役目ですよ」
王都の東西南北には、それぞれ一つずつダンジョンがある。
街を4つの迷宮が囲んでいるようなものだ。
それぞれ古代の地下遺構で、内部には魔物もいる。けれど、古いアイテムも力を保ったまま封じられていた。
僕がいつも潜っているのは、一番初心者向きの東ダンジョン。
顔見知りの衛兵さんに挨拶して、迷宮への階段を降りる。
地下だけど、洞窟という感じはしない。壁の滑らかな、石造りの建物といった雰囲気だ。地上との違いは窓がないことと、天井がうっすらと光っていることだけ。
朝一番。
迷宮は静まり返っている。水が跳ねたり石が転がったりする音がむやみに響いていた。
吐く息は白い。
「さて」
採集を開始しよう。
父さんから譲り受けた短刀があるけれど、戦闘はほとんどない。ギルドが貸してくれるリュックを置いて、そこにひたすら薬草を詰めていくだけだ。
しばらくして冒険者がぞろぞろと階段を下りてくる。
「お、外れスキルがやってるぞ」
「底辺がよくやる」
「東ダンジョンの底辺用の依頼って、ほとんどコイツ専用なんだろ?」
横から哄笑をぶつけられた。悔しいけれど、ぐっとこらえて採集する。
「よう外れスキル! 今日の薬草はうまそうかい?」
「やめろよ、底辺の臭いが移るだろう」
我慢だ。
そして事実だから、しょうがない。
僕は外れスキルで弱い。だから、ダンジョンの浅い層の魔物退治や、素材の採集で食いつないでいる。
父さんが腕利きだったから、周りからはひどくバカにされた。
冒険者には自由で爽やかなイメージがあるけれど、僕らはそうではない。
王都の東側にあるダンジョンは貴族の持ち物だった。
そのため閉鎖的で貴族の機嫌を伺う冒険者も多い。一度目をつけられたら、とにかく暮らしづらくなる仕事場だ。
けれども東ダンジョンは王都で一番難易度が低い。『外れスキル』の僕には、ここに潜るしか稼ぐ道がない。
「父さんがいたころは、違ったのに……」
逃げるように場所を変えて、また採集。
父さんは大規模な討伐で指揮をとれるくらい優秀な冒険者だった。父さんと仲間が生きていた頃の東ダンジョンは、初心者を育ててくれる優しさを持っていた。
けれどそんな父さん達は、貴族に目をつけられてしまう。
生意気だって。
だから2年前に父さんが死ぬと、東ダンジョンでは一気に貴族の力が強くなった。父さんも仲間ももういない。まともな冒険者はみんな他のダンジョンへと移った。
残ったのは貴族におもねる冒険者と、僕のような他に行き場のない弱者だけ。
初心者用のダンジョンは、初心者を搾取するダンジョンに変わった。
「……でも、生きてくしかない」
僕は仕事に没頭した。これが現実なんだって自分に言い聞かせながら。
路地裏であった不思議な出来事が、本当に夢だったように感じる。
リュックの半分が埋まったころ、液体のはねる音がした。
「……スライムか」
緑色のゼリーといった見た目だけど、立派な魔物だ。大きさは桶くらい。最弱の魔物とも言われている。
でも戦闘スキルがない僕には油断ができない。
仕留めるなら、一発で。
「ふっ」
短剣。
スライムが真っ二つになった。比較的硬いとされる真っ赤な核は、刃で粉々になる。
「いつもより、威力が強い……?」
スライムは地面にしみこむように消滅してしまった。
本当は魔石というアイテムを落とすのだけど、核を潰してしまったから実入りはゼロになる。
でも、硬い核を砕くなんて初めてだ。
右腕をなでる。
「僕、やっぱり変だ……」
力加減が妙だ。というより、力そのものが、おかしい。
入口がまた騒がしくなる。大所帯がダンジョンに降りてくるのだろう。
トラブルを避けようとしたら、ごつっと何かに躓いた。
「うわっ?」
危うく転ぶところ。拾い上げてみると、足をとったのは石棒だった。
ごつごつした細長い棒で、大きさは薪くらい。
ぶつけたつま先が少し痛む。
「いたた、遺物か……」
古代アイテムがサビ塗れになってダンジョンに落ちていることはよくあった。
そうしたものを遺物という。
「さっきのスライムが飲み込んでたのかな」
ドロップアイテムとも呼べない、完全なガラクタだ。ダンジョンに封じられている間に、風化し尽くしてしまったのだろう。
いつもなら無視していた。でも今は――ふと思いつく。
ダンジョンに『封』じられていたものなら、もしかして。
「目覚ましっ」
ほんの試すつもりで、スキル<目覚まし>。
石棒がまばゆい光に包まれた。
――――
<スキル:目覚まし>を使用しました。
『封印解除』を実行します。
――――
サビまみれの棒が黄金に輝きながら、ボロボロと汚れを落としていく。
青いクリスタルがまず現れ、次に刀身が浮き出た。精巧な彫り物がされた柄が息を吹き返すように僕の手に納まる。
それは、一振りの短剣。
――――
『青水晶の短剣』を封印解除しました。
――――
ぞくりとした。
聞いたことも、見たこともない古代アイテム。
柄に埋め込まれたひし形のクリスタルは、青空の輝き。両刃の刀身は黒く、濡れたような光沢をもっていた。
「す、すごい……!」
業物? いや、それどころじゃない。クリスタルが埋め込まれているなんて、魔法のアイテムかもしれない……!
いつまでも見とれていたかったけど、背後に足音を聞いてはそうもいかない。
振り向くと、犬面をした人型がゆっくりとこちらへ近づいてくる。
また魔物。数は一匹。
僕と同じくらいの身長から、赤い目がこちらを射抜く。
「こ、コボルト……?」
敵は短く吠えて、短剣をぶんぶん振った。
恐ろしさに声が震える。
「どうして、ここに……!」
比較的強い。3階層より下、本格的な戦闘層からでないと出ないので、僕は半年くらい前に会っただけだ。
誰か、と叫びそうになる。
でもポケットに入れたままの金貨が熱を持ち、僕を励ましてくれたような気がした。
負けないで、て。
胸に太陽を感じ、僕は立ち向かうため足を止めた。
本日中にもう1話を投稿します。