1-2:太陽の女神
金の髪が踊っていた。
飛び出してきた少女は、僕とギデオン達の間を塞ぐように仁王立ちする。一拍遅れて、落ちた金貨がシャリンと音を立てた。
「はじめまして」
女の子はこっちに目を向ける。きらめく瞳は、まるで朝日みたいだ。
「わたしは、ソラーナ」
抜群にきれいな顔だちでにっこりと笑い、白いワンピースの胸に手を当てる。右腕には髪と同じ色、黄金の腕輪が輝いていた。
「太陽の女神です!」
呆気にとられていた。
動くものは、風に揺れる長い金髪と白いワンピースだけ。
裏路地に現れた少女は、確かに太陽のように冷酷な暴力を終わらせてしまっていた。けれども、僕にとって危機が去ったわけでもなんでもなくて。
「……おいリオン、それは誰だ、魔法使いか」
蹴っ飛ばされたギデオンが身を起こす。
顎には痕がくっきり。整った顔だちも怒りでひくひくしていた。
貴族がこんなに目にあって黙っているわけがない。
「どのような魔法使いか知らないが、僕は貴族だ。それもこの男にカネを貸した貴族だ。取り立てに口を挟むな!」
女の子、ソラーナはまるでひるまなかった。
僕と同じ14歳くらいに見えるのにすごく落ち着いている。
「……これは決闘なのか?」
「はぁ? 貴族が平民と? 決闘するのも汚らわしい」
ソラーナは小さく頷いた。
「見ていたぞ」
瞬間、空気が変わった。金の瞳が燃え上がる。
「大勢で! 囲んで! 一人をいたぶる!」
「っ」
ソラーナの声はわんと響いて、それだけで防音の魔法が砕け散ったのがわかった。
「どんな理屈があろうと、ろくな行為ではない!」
彼女は、僕が恐くて口に出せなかった道理を、真っ正面から説いていた。
ギデオンのお伴が前に出てくるけれど、ソラーナが一睨みするだけで腰を抜かしてしまう。
「君たちの行為は、太陽に顔向けができるものか!?」
貴族がこんなに言い負かされるなんて、初めて見た。現にギデオンは屈辱に顔を真っ赤にして頬をひくつかせている。
ギデオンは剣の柄に手をやりかけて、はっと後ろを振り返った。ソラーナの声で人が集まり始めている。
騒ぎすぎたんだ。
「……くそっ。リオン、今は下がる」
ギデオンの顔は、怒りと無理やり貼り付けた笑みですごいことになっていた。
「だが覚えておけ。僕は君たち家族にカネを貸しているんだからな」
ようやく裏路地は静かになる。
運がよかった。
通りから覗き込んでいた人々もギデオンが去ると散っていく。貴族とのもめ事なんて関わらない方が利口だろう。
「助かった……! あっ」
僕は地面に落ちた金貨を慌てて拾った。
「よかった、盗られてない……!」
これで妹へは薬が買える。
けれども、コインに刻まれていた少女の姿がない。のっぺりした金色の面があるだけだ。
まさか違う金貨? いやだけど、大きさはそっくり同じ。
安心したり青くなったりする。
見上げるとソラーナと目が合った。
「あなたがわたしを起こしてくれた人?」
「起こす……?」
そういえば、ギデオンに殴られている間にスキルが発動した気がする。無地になった金貨をつまみ、まじまじと見た。
「封印、解除……?」
この人は金貨から飛び出してきた。少なくとも、そう見えた。
閉じ込められていた何かを――僕のスキルが解放したってこと?
「い、いやまさか」
自分で自分の考えを否定。そんなすごいこと、僕に起こりっこない。
でも、この人にとっては十分に答えだったらしい。
「うん、やっぱりそういうことなんだね」
ソラーナは祈るように手を組み合わせ、頬に寄せた。
「やっぱり! うわあ、信徒だ、嬉しいなぁ、きっと何百年ぶりだものなぁ」
彼女は、にこにこして、くすぐったそうにしている。動く頭にあわせて長い金髪が揺れた。
今更だけど、この人に助けられてしまったことに思い至る。貴族と敵対させてしまったことにも。
僕は立ち上がってばたばたと埃をはたく。膝や肘を革で補強しただけの衣服だけど、胸を張ったら少しは冒険者らしく見えるだろうか。
「ありがとうございます!」
貴族に逆らわせるなんて、この人にはとんでもない危険を冒させてしまった。居住まいを正して、しっかりとお礼を言うべきだろう。
尋ねるのはそれからだ。
「順番がいろいろと逆になった気がしますけど……あなたは?」
「うむ、失礼。わたしはソラーナ、太陽の女神」
ソラーナは顎に手をやり、僕の顔や腕をまじまじと見た。
「ケガをしている」
彼女は僕の手を取ると、両手でそっと包み込んだ。
頬の痛みが一瞬で飛び、代わりに熱くなった。
「あの……!」
恥ずかしさと戸惑い。嬉しさが混ざる自分を叩きたい。心臓は一生分の鼓動を打ち切った。
ソラーナは僕を見て、にっと笑う。
「治った」
熱した頬を朝の空気がひやりとなでる。
殴られた痛みはもう戻ってこなかった。腫れ上がった腕も、切れていた手の甲もきれいになっている。
魔法の治療は初めてじゃない。母さんが施療院で働いているから、今まで何度も治してもらえた。
けれどもソラーナの回復は、今までのそれとは違っている。
暖かい気配が体に満ちて、内側から傷が治っていくような感じ。命そのものを注入されたみたい。
一回も受けたことがない、超々高度な魔法。
そんなこと、してくれるのって、まるで――。
「神、様……?」
「そうだとも」
ソラーナはそこで深刻そうな顔をした。
「聞きたい。他の神々はどうしてる? 戦争は終わったのか?」
僕は目をぱちくりした。
「あ、えっと。なんでもいい、トール、フレイ、有名な神の無事だけでも――」
頭を疑問符が埋め尽くして、思考がさっと冷える。そのまま問うた。
「神様って、主神オーディス様のことですか?」
「へ」
今度はソラーナが固まる。
「お、オーディス?」
「え、オーディス様知らないんですか」
僕たち冒険者が聞く『神様の声』や、スキルの源であるお方だ。ここ、アスガルド王国では主神として祀られている。
「どういうことだ? ん、というか――」
ソラーナがぶるりと体を震わせた。
「なるほど、神々への封印が、全世界を覆って――だから戦争が、終わった、のか……」
ソラーナの体が光となって弾けた。眩しさに目が慣れると、もう裏路地に美しい少女の姿はない。
まさか、と思って金貨を見る。
そこには何事もなかったかのように、『少女』が彫り込まれていた。さっきまでただの平面だったのに。
「ど、どういうこと……?」
声が震えてしまう。役立たずの外れスキル『目覚まし』に、何かが起きた。そうとしか思えない。
身に起きた異変を確かめようと、僕は唱えた。
「す、ステータスっ」
――――
リオン 14歳 男
レベル 3
スキル <目覚まし>
『起床』 ……眠っている人をすっきりと目覚めさせる。
『封印解除』……いかなる眠りも解除する。
スキル <■■■■■>
――――
主神オーディス様は、スキルを与えるだけではなくて、望めば状態を教えてくれる。
偉い人は『神様がスキルという才能を教えてくれるから、人は正しい道をいける』というけれど、僕はスキルが<目覚まし>だった時の絶望を思い出すから、あまり好きじゃない。
確かにスキルが<剣士>で料理人を志したり、逆に<料理人>が剣士を目指したりするのは、神様の目で見れば才能の無駄なんだろうけど……。
外れスキルだった僕には、適性が見えるのってけっこう残酷だと思う。
「やっぱり、スキルが成長してる……!」
外れスキル<目覚まし>に2つ目の能力、『封印解除』が生まれていた。
スキルは『木』みたいなもので、成長に従って能力という『果実』をつける。レベルがあがったりスキルを多く使ったりすることで、木は大きくなり、たくさんの実をつけていく。
今までは『起床』という能力しかなくて、人を起こすぐらいしか使い道がなかった。
「ていうか、スキルで能力が『起床』って……」
僕に成長のチャンスがあるなんて思ってもいなかった。
人目を気にしなければ飛び跳ねていたかもしれない。
僕は、もう一つ読めないスキルがあることに気づく。
「え。あと、もう一つスキルがある……?」
スキルは一生に一つのはずだから、見間違いかもしれない。
でも、確かに、<■■■■■>と表現された謎のエリアがステータスにあった。
頭をひねってみるけれど、答えは出ない。
それよりも今は『封印解除』だ。
「これで、金貨から神様が出てきたってこと……?」
まじまじと金貨を見る。
胸が高鳴ってきた。どん詰まりだった僕のスキルに、とんでもない可能性が眠っていた気がして。
遠くから鐘。
頭に次の予定が浮かんで青くなった。
「ち、遅刻する!」
とっくに冒険者ギルドにいく時間だ。悪いことに、今日は朝一番から薬草採集の依頼を受けている。
トラブルで完全に予定が狂った。
「最後に起こした人が早朝の鐘、この鐘がその次だから……!」
とにかく駆け出すしかない。慣れ親しんだ景色が後へ過ぎていった。
それこそ、飛ぶように。