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4-41:主神の問い


 僕の視界を、白い光が埋め尽くした。リオン、と優しい声が聞こえた気がする。

 いつの間にかソラーナは近くにいなくて。

 僕が見たのは、団らんの光景だった。


 ――リオン!


 まだ若い父さんが僕にオモチャの剣を差し出して、5歳くらいの僕がそれを振り回している。ルゥはまだ赤ん坊で、母さんの膝に抱かれていた。

 父さんと母さんはもともとは冒険者同士で、結婚して僕達を育てるために、王都に小さな家を買った。

 団らんの時間は、進んでいく。

 僕は7歳になり、10歳になり。

 父さんも母さんもルゥも、そして僕も、みんな揃って笑っていられた光景は、12歳までだった。

 僕はいつしかオモチャの剣じゃなくて、練習用の木剣を握るようになる。ルゥはあの時からしっかり者で、母さんの手伝いや、裁縫を習いに外出したりしていた。


 ――行ってくるよ。


 父さんは、片手をあげて外へ出る。

 僕とルゥ、そして母さんはそれを見送る。

 父さんはその冒険の後、帰ってはこなかった。

 頬を冷たい風がなでる。

 僕ははっと我に返った。


「……今のは」


 上から、オーディンが僕を見下ろしていた。

 まだ頭がふらふらする。おそらく幻を見せたのだと思う。

 オーディンは言った。


「君は過去、魔物によって家族を失った」


 僕は黙ってオーディンの声を聞く。


「ルイシアは、同じことを繰り返すまいとしている。家族や大切な仲間や友人を連れて、別の世界に逃れる。もう魔物の恐怖を感じることはなく、君が悔いとする団らんを、君が思い描いた団らんを、もう誰も欠けることなく繰り返すことができる」


 胸がぎゅうっと痛くなった。

 家族がそろって、みんなで安心して過ごせた日。そりゃお金はたくさんはなかったけど、今思うと、幸せだったんだ。


「今、それが失われようとしている。そうだろう?」


 オーディンは囁いた。

 ……僕が、戦い続けることで何を失いかけているか、否応なく突きつけられる。


「君も母も妹も、みんな魔物に狙われている。別の世界で、かつての幸せを取り戻すことを願ったとして、なんの不思議がある」


 湖のように端が霞む水鏡を前に、ルゥが立ち上がっていた。水面に手をかざして、緑色の魔力を送り込んでいく。

 水鏡の底から、巨大な光球が浮かび上がってきた。直径は30メートルはあるだろう。

 光球は水を波立たせながら全体を現し、子供くらいの高さに滞空した。水面が輝きを受けて真っ白になっている。

 ルゥからの魔力を受け、輝きがどんどん強まる。

 光球はゆっくりと回転していた。緑の魔力を巻き取りながら、さらに力を高めていく。


「……妹は、創世を始めた」


 まだ頭がぼうっとなっている。

 あれが――創世。


「浮かび上がった光は、今より遥か前、フレイヤを通じて創ろうとした『創りかけの世界』だ。神々をも上回る膨大な魔力だが、形を得かけている故、魔力としてはもう創世にしか用をなさぬ」


 オーディンの言葉に喉が鳴る。

 巨大光球は、おそらく、能力『創造』から生まれようとしている次の世界だ。


「君はスキル<目覚まし>を使って、よく戦った。もう、英雄と呼んで何の障りもない」


 オーディンは僕を見下ろした。


「おめでとう。君の大切な人は永遠に誰も欠けず、次の世界へゆける」


 主神は繰り返す。


「おめでとう。君が望んだ団らんを、また、繰り返すことができる」


 ポケットで金貨が震えた。辺りを見回しても、女神様――ソラーナの姿がない。きっと何かの力で、コインに封じられてしまったのだろう。

 涙がにじんだ。


「……ずるいなぁ」


 こんな風に、改めて大切なんだって示されたら、家族ばかりを大事にしたくなる。本当に温かくて、大好きな時間だったのだもの。

 それを失いたくなくて、取り戻したくなる気持ちは、わかる。

 だって魔物がいなければ、全て解決するんだもの。

 ――でも


「ごめんなさい、オーディン」


 僕は上空のオーディンを見返した。

 青水晶の短剣を抜いて、突きつける。


「僕はその考えに乗れません」

「ルイシアは、何より君が欠けることを恐れている。そして欠けるだろう。君の家族にあった悲劇を、また繰り返すのか?」

「確かに。繰り返す気はないですけど――そうなる可能性はあります」


 でも、と僕は言葉を継ぎ足した。


「父さんは、ただ死んだだけじゃないんです。僕に角笛や、魔物と戦う術を残してくれました」


 それを投げ出した瞬間、父さんは本当に死んでしまう。

 僕は受け継いだものを、まだ投げ出したくはない。


「……ふむ。その覚悟が妹を傷つけているのがわからないか?」

「だから、ルゥと話します」


 僕は言った。

 ルゥの気持ちもわかる。

 たぶん、今の僕と、同じ問いにぶつかったんだと思う。そして、何に替えても――たとえ僕自身が死んでもルゥを守るという覚悟が、ルゥには受け入れられなかった。

 守ることに必死で、守られるルゥの気持ち、考えられていなかった。


「<目覚まし>をありがとうございます」


 僕はオーディンへ告げた。


「でも、僕は妹を迎えに来ました。そこをどいてください」


 オーディンは、氷でいまだに僕の前を塞ぎ続けている。

 僕はスキルで氷壁を破ろうとして、不気味な感覚に気づいた。いつも感じてる女神様の気配が、完全に消え失せている。


「……ソラーナ?」


 いつもの元気な声が聞こえない。

 オーディンは言い放った。


「私が君に与えたスキル<目覚まし>、これを、この場でだけ封じさせてもらった」


 僕は呼びかけた。


「ソラーナ!」


 女神様の声が、頭に聞こえてこない。


「独りでも、今の覚悟を私に貫けるか? 氷を破れるか?」


 僕はオーディンを睨み上げた。ポケットから金貨を取り出す。

 目覚めた女神様に助けてもらっていた――それだけじゃない。僕は、女神様の信徒として、絆を結んできた。


「平気です」


 ポケットのコインケースから、金貨を取り出した。それを短剣にぴたりと押し当てる。

 金貨が輝いて、黄金の魔力が短剣に走った。

 神様の声、女神ノルンの声が頭に響く。



 ――――


 <スキル:太陽の加護>を使用します。


 『太陽の娘の剣』……武器に太陽の娘を宿らせる。


 ――――



 黄金の光が氷にぶち当たる。僕とルゥとを阻む氷壁は、(はし)る輝きに押し砕かれ、溶かされていった。

 金貨が誇らしげにきらめいて、短剣から落ちる。

 きぃん、と涼しげな音。

 神様の姿が見えなくても、<目覚まし>で外に出ることができなくても、力を引き出せるこの絆は本物だと思う。


 ――私は、君とずっと共にある。


 頭に女神様の言葉が思い浮かんだ。

 王都を案内した時、僕はそんな風に誓ったのだ。


「通りますよ……オーディン」


 僕は、ルゥがいる水鏡へ向かって歩く。

お読みいただきありがとうございます。


次回更新は10月19日(水)の予定です。

(1日、間が空きます)

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