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4-32:魔物の軍勢


 戦いの始まりは、地下からでも感じ取れた。

 オーディス神殿にある大塔の地下は、円形状になっている。中心は『霜の宝珠』がある部屋だ。外周部となる廊下は、いくつもの小部屋に繋がっている。


 そんな忘れられたような小部屋の1つに、檻が置かれていた。

 中には一体のネズミが横たわっている。

 魔物の一体、鼠骨のラタだ。

 本来は外にいて人間達と戦うべき大物であったが、フローシアの戦いで捕らえられ、ここにある。

 もっとも、元から忠誠心に乏しい魔物だったが。

 魔力の気配を感じて、ラタはうっすらと目を開ける。


「……始まったか」


 かつて灰色だった全身の毛は、色を失い白くなっていた。

 大塔の地下は『霜の宝珠』に近い。封印の冷気により、ネズミの体はどうしても弱っていく。

 苦痛はないが、ラタはじわじわと命が尽きているのを感じていた。

 

「ふん……決着を見届けられれば、生きながらえた価値もあるというもの」


 髭を揺らして呟く。

 リオン達は、終末を前にラタを殺すこともできただろう。

 以前の少年であれば、言葉を話すラタを殺すことに抵抗があったかもしれない。だがフローシアの戦いで――特にフレイを退けてから、そのような甘さはなくなった。 

 妹に化けたラタにも惑わされず、攻撃してきた。おかげで囚われの現状がある。


 神々があえてラタに手を下さなかったのは、脅威にならないと知っているせいもあるだろう。

 ユミールに関する情報を、いくつか話したのは事実。

 それを主は許すまい。もう戻るところはないというわけである。


「……ユミールめ」


 ぎり、と歯を食い縛る。

 戦いの行方が気にかかり、ラタも『一思いに殺せ』とは求めていない。どうせなら神々が敗れるか、あるいはあの巨人が敗れるか、どちらかの光景を見たかった。

 いずれにしても溜飲がさがるから。

 ラタは鼻を鳴らす。

 閉じられた扉の隙間から、魔力が流れ込んできていた。このせいで目を醒ましたのだろう。

 弱った体さえ瞬時に癒す、膨大な、豊穣の魔力だ。

 そこに覚えのある臭いを感じ、カッと金色の目を見開く。


「これは、これは!」


 奴隷商人として嗅ぎ慣れた臭い。

 不信を抱えた人間の、汗の臭いだ。

 封印で終わった前回の決戦でも、こうした不信が命取りになったものだが。

 強まっていく魔力に、ラタは喉を鳴らす。脳裏に、かつて化けた少女の影が過った。


「……家族を想い、不安になるほど、力を求める。知らず知らずの内に、宿ったフレイヤからさらに力を絞っているというわけか」


 ルイシアの変化さえ、おそらくは主神の策の内だろう。

 とにかくラタは、耳をそばだてて待つことにした。今も魔物の呻りと、誰かの悲鳴が聞こえてくる――。



     ◆



「きゃあああ!」


 城壁の塔で、小人サフィは悲鳴をあげていた。


「な、なな、なんでいきなり来るのよぉ!」


 予想されていたこととはいえ、戦闘は一気に動いていた。狼骨フェンリル、ハティ、そして蛇骨ヨルムンガンドといった魔物は、人間が組んだ防衛線をものともしない。

 すでに城壁の傍ではリオンらがフェンリルを食い止める戦いに移っていた。

 サフィは城壁にしつらえた巨大弓(バリスタ)で、遠くの魔物を貫く。3メートルを上回る人型、巨人兵はゴブリンやコボルトの後ろに延々と控えていた。

 ちらりと南を見る。

 雷雲を背負ったトールと、ヨルムンガンドが激しく戦っていた。広々した丘陵地帯をえぐりながら、雷と大蛇の尾が何度も打ち合う。


「……みんな、戦ってる」


 ごくりと喉が鳴る。

 サフィの真正面から、轟音が響いた。強大な魔力同士のぶつかりあい。

 魔物と人間、双方が余波で吹き飛ばされている。中心にいるのは――原初の巨人ユミールと、ヘイムダル神だ。

 ヘイムダルが振り下ろす剣を、ユミールは障壁で受け止める。

 戦いを遠巻きに人間達が防衛線を張っているが、ユミールに鼓舞された魔物にじわじわと押し込まれていた。


「サフィ殿!」


 小人の一人が、城壁の下を指さした。

 大地を駆ける金色の髪。きらりと剣が光を照り返す。


「――フレイ神!」


 応じるように、強い視線がサフィを貫いた。

 妹を――フレイヤ神を求めて、城壁を駆け登ろうとしてくる。サフィと目が合っていた。

 ひっと息を飲んだ時、フレイのすぐ前に矢雨が降る。


「おっと、そこはダメだよ?」


 ウル神の弓が、その進行を防いでいた。神々に発見されたフレイは、上空からの弓撃を避けるため、軍勢に紛れようと距離を取っていく。

 北東であがる快哉。

 戦乙女シグリスが鼓舞した人間たちが、また魔物を跳ね返したところだった。

 その近い位置で、ロキ神に率いられた魔法使いの隊列が、空から迫ろうとする魔物を叩き落としていく。


「……これが、終末」


 真っ赤な日差しを受けながら、人間も、魔物も、戦っている。

 サフィは仲間の無事を祈りながら、新たにゴーレムを起動させて、城壁の下へ放り込む。



     ◆



 トールは大鎚ミョルニルを、岩山のような肩にかついだ。


「お互い、顔を見飽きたんじゃないのかよ?」


 雷神はにっと笑って、世界蛇(ヨルムンガンド)を見上げる。

 頭の高さは10メートルを超えていた。金色の巨大な眼球は、常人なら下にいるだけで恐慌しかねない。

 相手は鉱山街アルヴィースで出会った時より、さらに大きくなっている。

 トールはぐいと顎を上げた。


「今回で最後にしようや」


 何合目の打ち合いで、トールは地面に落とされていた。

 金鎚(ミョルニル)と尾で打ち合った敵も、ただではいまい。黒い鱗のあちこちから煙が上がっている。


「ふん!」


 トールはミョルニルを投擲する。大蛇の横腹を金鎚は雷と共に叩き、トールの右手へと戻ってきた。

 空気を轟かせて、世界蛇(ヨルムンガンド)が声を降らす。


「……やるわね、相変わらず」


 口から血をこぼしトールを睨んでくる。


「終末でも、あの鉱山でも! 1000年前も! あなたは私の邪魔をする……!」

「は! わざわざ向かってこなけりゃ邪魔もしない」

「それではできない。なぜなら、我々は、魔物は――そう創られているから!」


 大蛇が口を開ける。

 唾液に濡れた牙から、どす黒いもやが噴出した。

 もやが通った大地は草が枯れ果てる。周りにもし人間がいたら、一呼吸で全滅していただろう。


「毒か……!」


 トールは避けるが、すぐに目がくらみ膝をついた。


「戦いの最中、少しずつ、少しずつ、私は吐息に毒を混ぜて振りまいていた。死にかけて、私も芸を学んだのよぉ」


 真っ赤な舌がちろちろと空気をなめている。


「あちらでも、形勢が傾いてきたようね」


 大蛇が見つめるのは、ヘイムダルとユミールの戦場だった。



     ◆



 ユミールが振るう拳。

 ヘイムダルは剣で受けた。

 衝撃が両者を突き抜ける。

 ヘイムダルの黒髪も、ユミールの金髪も、大風と土煙に巻きあがっていた。


「ぐっ……」


 ダメージが大きいのはヘイムダルだ。

 こんなに重い、ハンマーのような打撃は類がない。踏ん張った足ごと地面にめり込み、衝撃が体の芯を突き抜ける。

 煙が晴れていく中、ユミールの姿が見えた。上等な装束には、まだ目立った傷さえついていない。

 対するヘイムダルの赤鎧には、いくつもひしゃげた跡があった。

 ゆうゆうとユミールは歩いてくる。


「お前はよくやった」


 ヘイムダルは幾合となく、剣をユミールの魔力障壁に打ち付けた。それでも堅牢な守りを破れない。

 魔物の勢いも凄まじかった。主の怒りが伝播したかのように、意気を昂らせて城壁へ迫ってくる。

 途中、シグリスもヘイムダル頭上に合流し、人間を鼓舞したが、それでも魔物の士気の高さが勝っていた。

 ゴブリン、オーク、コボルト、巨人兵。

 水馬(ケルピー)炎魔犬(ガルム)まで走っている。

 彼らは目を血走らせて津波のように襲い掛かる。おまけに、ユミールが空中に開いた裂け目はまだ閉じ切っていない。

 ほとんど無尽蔵に、空中の裂け目から魔物が生み出されていく。


 日食が自然に納まる時間はとうに過ぎているが、まだ太陽は欠けたままだ。日食が終わる形での粘り勝ちは望めまい。魔物を真正面から打ち破るしか、術はないだろう。

 ユミールは言った。


「すべて喰う。そこをどけ」


 ヘイムダルは涼し気な目元を細める。

 剣を掲げ、笑った。


「はっは! まだまだ、こっちは起き上がったばかりだぞ!」


 諦めない。

 角笛で受けた鼓舞が、まだ胸に燃えている。

 目覚ましの神は、鼓舞することはあれど、鼓舞されたことは数えるほど。

 まさか少年の勇気が、これほど気持ちを燃え立たせるとは。

 ヘイムダルは剣を肩の高さに上げ、切っ先をユミールへ向ける。


「はぁ!」


 ヘイムダルの刺突を、ユミールは左手で障壁を張って防いだ。手首に、きらりと光る腕輪がある。


「……ユミール。お前は、その氷の手枷を砕けていないらしいな?」


 左腕にはまだ枷がついたままだった。ルイシアがフローシアで生み出し、ユミールにはめたものだ。


「不思議だな? 人間には、我らさえ知らない力があるぞ」


 そう言った瞬間、後衛で動きがあった。ユミールがかすかに目を見張る。

 少数のはずの後衛が――魔物の幹部、狼骨らを押し始めていた。


お読みいただきありがとうございます。


次回更新は9月29日(木)の予定です。

(1日、間が空きます)


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