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4-10:王国を目覚まし


 城に通された僕達には、すぐに案内人がついた。

 僕らはかなりの大所帯だから、王城をぞろぞろと進むことになる。

 先頭をいくのは、9番目の王女でもあるパウリーネさん。

 その後ろを、ミアさん、フェリクスさん、僕、そして20人を超える鴉の戦士団が続いていく。

 王城は、かつての大神殿を土台にしているだけあって、とても高い。僕らは急で長い階段を上らないといけなかった。

 貴族や王様には、専用の巻き上げ機があるのかもしれない。


 やがて僕らはホールへ入る。

 キョロキョロするべきじゃないってわかっているけど、ついつい視線があちこちに動いてしまった。

 磨き抜かれた床は、うっすらと僕らの姿を映している。魔石灯の白々とした光が、あちこちの床に反射していた。壁にはオーディス神が彫り込まれ、上には同じく主神をたたえる天井画。


 ――創られた神話。


 そんな言葉が思い浮かんで、喉が鳴った。

 みんなの足音が変わる。

 絨毯が敷かれた通路に入ったんだ。

 壁際から視線を感じるのは、貴族たちが僕らを値踏みしているから。宮殿にも味方が増えたらしいけど、油断は禁物だろう。

 ミアさんがひそひそと言った。


「……なぁ、武器とか取り上げられるんじゃないか? 普通ならさ」


 パウリーネさんが応じる。


「構いません」


 王女様は前を向いたまま、目線さえ動かさなかった。


「ユミール側についている貴族も、いないとは限りません。奴隷商人はそれほど王国へ食い込んでいました」


 確かに。

 貴族が襲ってくることも警戒して、僕らは大人数でやってきた。

 ミアさんが口を曲げる。


「へぇ。王様もいるってのにねぇ」

「……それだけ、貴族の力が強いということです。王の命が、それほど重視されていないという面で」


 そこで、案内人の足が止まった。その人はうやうやしい一礼をした後、黒の大扉を開く。

 大部屋だ。

 真っ先に連想したのは、ダンジョンでのボス層。高い天井と、柱の少ない四角形の空間はそっくりなんだ。

 違うのは、床に敷かれたワイン色の絨毯、そして中央が柵で四角く区切られているところ。

 区切られたエリアには机が置かれていた。おそらくここは話し合いをする議場で、意見がある人は机の位置まで進み出るのだろう。


 柵を囲うように椅子が並べられている。

 僕らから見て、手前側の椅子は無人だ。

 奥側にいくにしたがって人が増えていき、僕らと丁度向かい合う位置に、王冠を被った男性が腰かけていた。銀色の髪も、緑の瞳も、パウリーネさんの面影がある。

 金貨からソラーナの声がした。


『リオン……』

「うん」


 王様だ。がっしりとした肩に、分厚くて重そうなローブ。

 見つめるなんて恐れ多い――そんな気持ちが心に入り込むけど、かといってどういう作法がいいかなんてわからない。

 僕は体から力を抜いて、できるだけ真っすぐに立った。

 今度は角笛から神様の声がする。


『それでいい』


 ヘイムダルだ。


『礼さえ欠かさねば、この場の所作に間違いなんてないさ。これから、全部をひっくり返そうというのだから』


 パウリーネさんが一歩進み出て、膝をついた。


「陛下、お久しぶりです」


 戦士団もそろって膝をつく。僕とミアさんは、思いっきり遅れた。

 誰も説明してくれないのだもの!

 慌ててみんなに習う。

 王様が言った。


「立て」


 立ち上がったパウリーネさんは、さらに『進め』と命じられて、柵の真ん中に立つ。

 議場はしんと静まり返っていた。

 王女様に視線が集まる。高い帽子は、凛と白い。


「これから、神話の本当のことについて伝えます。オーディス神の全体メッセージで、すでに違和感を覚えた方もおられるでしょう」


 王女様の言葉はよどみなかった。

 陛下と呼びかけた王様は……パウリーネさんのお父さんでもあるはずだけど、言葉は高く響き続ける。


「神話で全て倒されたはずの強大な魔物。アルヴィースでも、フローシアでも、出現しました。神々が勝利したなら『いるはずのない』存在は、一つの事実を示しています」


 言葉を切る。


「神話の欺瞞を。神々は、勝利によって迷宮に魔物を封じたわけではない。負けそうで、敗色濃厚、ゆえに迷宮に魔物を封じて敗北を引き伸ばした」


 貴族達に動揺が走る。王様は、無表情のまま。


「そして、今、その封印が弱められている。復活した魔物の一派によって、封印が解かれているため。それが今まさにアルヴィースやフローシアで起こっていることです」


 パウリーネさんは続けていく。


「『封印』で中断された戦いが、再開したということです」


 どよめき。困惑。さらには、非難。

 あらゆる言葉がパウリーネさんに降り注ぐ。

 オーディス神殿の服を着て、高い帽子を被りながら、この人は神話を否定する物語を告げる。


「冒険者だけでは、戦い手が足りません。しかし、民を守らなければなりません」


 貴族達も声を張っていた。


「神話を否定するとは!?」

「何を根拠にぃ!」

「そもそも、どうして我々貴族が平民を守ってやられなばならん!」

「優れたスキル、ゆえに優れているのは貴族! 先に死ぬべきは平民だぁ!」


 パウリーネさんは、微動だにしない。言葉の石がまったくこたえてない。

 ソラーナが囁いた。


『……強いな』

「うん」

『わたし達が戦っている間に、王女もまた、神殿で色々な戦いに打ち勝ってきたのだろう』


 パウリーネさんがロッドをついた。


「陛下。今、多くの迷宮が、さらなる魔物を解き放つ危機に瀕しています。各地の兵、そして王城に住まう戦闘スキルを持った騎士に、戦いに加わるようお命じください」


 王様が、右手をかざした。貴族の声がぴたりと止む。


「……余は王として、そなたが知っていることと、同じことをすでに知っている」


 貴族にどよめきが走った。


「しかし、その真実。実質の力を持つ貴族に、信じさせるためには、証拠がいような」


 パウリーネさんが僕を見る。


「証拠は、ここに。戦いを再開するためよみがえった、古代の神々をお見せしたい」


 ロッドをついて、王女様は微笑んだ。


「目を覚まさせて御覧にいれます」


 僕は金貨と角笛に手を添えた。


「目覚ましっ」


 舞い散る光。

 神様が空中に飛び出していく。

 ソラーナ、トール、ウル、ロキ、シグリス、そしてヘイムダル。

 ある神様は空中に、ある神様は床に足をついて、王城の間に顕現する。

 誰かが呻くように言った。


「こ、これが……神?」


 それは、疑う言葉ではなかったのかもしれない。困惑して、驚いて、漏れ出てしまっただけで。

 でも、神様は抜群の証拠を見せた。


 ――はっはっはっは!


 トールと、ヘイムダル。巨体の2柱が大笑した。

 その笑いは天井を突き破って天にまで届くようで、貴族が何人も腰を抜かした。

 人間じゃ決して見せない、心を芯から揺らして、畏敬させてしまう、圧倒的な笑いだった。


「俺はトール」


 トールが巨大な親指で、胸を指す。右手に掴んだミョルニルに雷光が散った。


「僕はロキ」

「私は戦乙女のシグリス」

「ボクは狩神のウル」

「ヘイムダルだ」


 ソラーナが、空中で胸に手を当てた。


「わたしが、ソラーナ。太陽の女神だ」


 貴族達はあっけにとられている。王女様の言葉に頭をぶたれて、王様がそれを認めて梯子を外され、最後には神様の登場だ。

 ミアさんが僕をちらりと見た。


「……この流れ、さ」

「うん。パウリーネさんが言っていた準備って、多分、王様に『同意』してもらうことだったんだね」


 腐敗した貴族に、王都は実権を奪われていた。でも王様には、少しでも権威は残っていたんだろう。あるいは――王城を去った貴族が多かったせいかもしれないけれど。

 パウリーネさんは、事前に勝算を得ていたんだ。

 フェリクスさんが言う。


「さて、交換条件は――王の権威の再確立、というところでしょうかね。とはいえ、貴族に信じさせる作戦はうまくいったようですね」


 柵の中でパウリーネさんが声を張った。


「今ここで民を守れば、王都に残った貴族のあなた方には、大いなる成果となるでしょう。神が全体メッセージで『英雄』という言葉を使ったように……多くの貴族が去った街で、力を増すことになります」


 僕にも、なんとなくわかる。

 神話という前提を崩して、もうこれまで王国じゃいられないって突きつける。そのうえで、戦果をあげる機会を提供する。

 ――ちょっと、取引めいた部分もあるけど、それでもすごいと思う。

 だめ押しとばかりにトールが言った。


「期待してるぜ」


 おおお、と議場がどよめいた。今度は、興奮の快哉だ。部屋にいた貴族だけじゃなく、守っていた兵士にまで、神様の鼓舞が届いている。

 ミアさんがぴしゃっと額を叩いた。


「……どうしようもない貴族はとっくに王都を逃げ出して、ちょっとは街を守ろうっていう貴族が残ってた。その意味じゃ、怪我の功名かもな」


 頷くと、僕まで胸が熱かった。


「……うん!」


 もちろん、全員じゃない。困惑したままだったり、顔を歪めたりしている人もいる。でも、貴族、それも武人に見える人は、多くが興奮していた。

 熱気に満ちていく議場。

 ソラーナがふわりと僕の傍に降りてきた。


「リオン」


 囁く言葉と、鋭い目。不穏な気配にピンときた。


「……もしかして、魔物?」


 僕らが進んでいるように、敵だって進んでる。


 ――オオオオオオオ!


 遠雷のように、彼方から低い唸りが風に乗ってやってきた。声は次々に連鎖する。王城は都の中心。魔物の声は、東西南北、あらゆる方向から起きていた。

 ソラーナが僕の手を引いた。


「ここにいてさえ、地下からユミールの魔力を感じる。あの魔物が送る封印を緩める命令が、いよいよ強まっているのだろう」


 女神様に手を引かれるまま、僕は戦士団の隙間を抜けて、議場のテラスへ出た。

 地上の建物が笑ってしまうくらい小さく見える。どんな鳥も僕らの下を飛んでいた。

 そして青空の下に、魔物の声が響いていく。黒煙が西ダンジョンの方角から、すうっと上がってきた。

 気づくと、議場の全員が僕を見ている。

 僕は角笛を取り出した。うっすらと輝いているのは、昨日のうちにルゥが力を込めてくれたからだろう。

 僕は女神様に尋ねた。


「他の迷宮も? 世界中で?」

「おそらくは」


 議場からの視線を背に感じながら、僕は王都を見下ろして立つ。

 渡っていく風に音色が乗るよう、目覚ましの角笛(ギャラルホルン)に息を吹き込んだ。



 ――――


 『角笛の主』……目覚ましの角笛(ギャラルホルン)の力を完全に引き出す。


 ――――



 音色が、王都中、いや、世界中に渡っていく。

 膨大な魔力が解き放たれて、青空の下で光の帯が極光(オーロラ)のように踊った。


「みんな」


 声を出して振り返ると、パウリーネさんが微笑した。

 最初の戦い――言葉の争いが終わった。なら次は、王都に放たれた魔物との戦いだ。


「神様、みんな、出よう!」


 議場にパウリーネさんと数名の護衛を残し、みんなでテラスに集まる。神様達の力が、光になって僕らを包みこんだ。

 大勢の戦士団と一緒に、僕らは空へ舞い上がる。

 眼下に広がる生まれ育った街。

 胸に壮大な気持ちが灯った。

 光に包まれて飛ぶ僕らを、王都中の人がきっと指さしているだろう。


 そして、王都を守る戦いが始まった。

お読みいただきありがとうございます。


次回更新は、8月20日(土)の予定です。

(1日、間が開きます)

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