4-8:冒険心
『宝珠の間』での打ち合わせを終えて、僕とルゥは大塔から出る。
午前の日差しが僕らを包み込んだ。爽やかな春風が、ざぁっと渡っていく。
神殿の中庭は広い。花壇のせいか、裏にある薬草畑のせいか、どことなく緑の匂いもした。
ルゥにも、笑顔の花が咲く。
「すごくいいお天気だね、お兄ちゃん」
「うん」
僕も妹へ笑いかけた。
「ちょっと、壁の内側を歩いていこうか」
「そうしよっ」
ルゥは、まだ神殿の外へは出られない。『創造の力』が奴隷商人に狙われているし、オーディンも目をつけているのだとすれば、なおさら守りが厳重なところにいるべきだ。
でもそうやって、僕らはもう2か月近くルゥを狭い世界に閉じ込めている。
「王都だと……お向かいさんのところ、きっとお花が咲いてるね」
妹が言うのは、王都にあった生家の、お向かいさんのことだ。貧しい区画だったけれど、向かいの家は軒先にお花を植えていた。
『すぐ戻れるよ』、なんて気安く言うのもためらわれて、僕は話題を逸らす。
「……こっちの花壇にも、お花が咲いてるね」
ルゥは聖堂脇の花壇に気づいたようだ。
「本当だね! 赤ベラと白ドーラがもう咲いてるっ」
妹が僕の手を引く。
花壇には赤や白の花がいっぱいに咲いていた。妹は胸を張り、上目遣いに僕を見る。
「どう?」
得意げに揺れるおさげ。ピンと来て、僕は笑った。
「すごい! ルゥが育てたの?」
「そう! 聖堂のあっちから、こっちまで全部ね」
元々が働き者のルゥは、神殿で色々な仕事をやっていた。
僕らは花壇に沿って歩く。ルゥは時々しゃがんで、花から虫を取ったり、土から雑草を抜いたりしていた。
そろそろ戻ろうか思ったところで、僕らは足を止める。
金属音だ。
「……刃物の音?」
僕の言葉に合わせるように、キィン、とまた甲高い音が続く。
ルゥが不安そうに言った。
「どこから?」
<狩神の加護>にある能力『野生の心』なら、簡単に音の場所が掴める。
僕は妹が安心できるよう頬を緩めた。
「大丈夫。鍛錬場からだ」
鴉の戦士団の拠点には、訓練所もある。まだ太陽も昇り切っていないけど、鍛錬の音は本格的だ。
「お兄ちゃん、行ってみていい?」
「いいけど……戦う場所だよ?」
「見ておきたいの。慣れて、おきたくて」
ぎゅっと僕の袖を握るルゥは、眉根を寄せていた。それでも瞳はまっすぐで、ルゥなりの気持ちが伝わってくる。
――ルゥの近くで戦いが起きたら、妹は一人で逃げないといけない。
そういう時のために、戦いの空気にも慣れておきたいってことだろう。
「わかった。行こう」
僕達は鍛錬場に近づく。
頑丈な石壁で区切られた場所だけど、天井はない。そのせいで音ははっきりと届いたんだろう。
時々、じゃらりと『鎖』の音もする。
僕は壁の切れ目から声を張った。
「入ります!」
中を覗くと、思った通りの人がいた。
赤髪をなびかせて、ミアさんが腰を落としている。右腕にまかれた鎖を操り、手斧を引き寄せたところだった。
僕らと目が合う。
「リオンっ」
ミアさんが言った時。
僕は「あ」と呻いて、ルゥは目を覆った。
ゴン、と音を立てて、ミアさんの頭に氷塊が落下する。
「いった……!」
鍛錬の相手――フェリクスさんが首を振った。
「失礼! しかしあえて言えば、今のはあなたの『隙あり』ですよ、ミア」
「……わかってるよ」
ミアさんは頭をさする。
どうやらフェリクスさんとミアさんは、20メートルほど離れて魔法と鎖斧の打ち合いをしていたみたい。どちらも息を切らせている。
鍛錬は並みじゃなくて、本気の打ち合いだったのだろう。
2人は僕らの横をすり抜けて、壁際に腰を落とした。おいしそうに水を飲んでいる。
フェリクスさんが問うてきた。
「リオンさん。総長との話は終わったのですか?」
「あ、はい」
僕らは宝珠の間で出来事を、2人にも共有した。特に口止めはなかったし、2人なら大丈夫だろう。
ミアさんが汗をぬぐう。
「……なるほど。てことは、あたしらは朝から3時間訓練してたわけか。そりゃ疲れる」
僕は、ルゥと一緒に目をまん丸にする。
「さ、3時間ですか?」
「我々としたことが。やりすぎ、オーバーワークでしたね」
フェリクスさんが手を振る。
2人とも汗をかいて、体に負担をかけている。でも、戦意が萎えているとはとても思えなかった。
体の熱気と一緒に、決意が放散されているような。
ミアさんが水筒に蓋をした。
「リオン、フローシアでの戦い、どうだった?」
「……僕も、ソラーナの力を借りて、ギリギリでした。街も大変だったって聞いてます」
「大変ね。本当は、それじゃすまなかった。実際のところは……あたしらは、相手にならなかった」
ミアさんは肩をすくめ、にっと笑う。
「だから、鍛錬さ。次までにマシになるように」
ルゥが問う。
「あの、ミアさん。怖くは……」
ミアさんとフェリクスさんは顔を見合わせる。どちらともなく、ルゥへ微笑を返した。
「妹さん、確かに、少しは怖い。ですが正直申し上げて、私は少しワクワクしているのです」
「……え?」
ミアさんが引き取った。
「でかい蛇とか、炎の巨人とか、かと思ったら原初の巨人。でもそういうのがいた方が――いてくれた方が、冒険らしいしね」
2人は立ち上がり、さっきの訓練スペースへ歩いていく。
「さて。昼前にもう一回、やってみるかい?」
「ミア。合わせるタイミングに気を付けてください」
「わかってるよ」
間をあけて、もう一度にらみ合うフェリクスさんとミアさん。
金貨と角笛が震えたのは、僕の心の震えを感じ取ったせいかもしれない。
『リオン』
ヘイムダルが角笛から声をかけてくれた。僕はポケットの金貨、そしてポーチの角笛に順々に触れていく。
「目覚ましっ」
金貨からはトール、角笛からはヘイムダルが飛び出してくる。
2人の戦神は僕の前に立って、陽光を輝かしく浴びた。
ヘイムダルが言う。
「手伝うか? 少年よ」
僕が頷くと、トールはミアさん達の方へ歩いていった。
「なら、俺はミア達の方だな」
雷神様を見送ったあと、ルゥが入り口近くのベンチを指さす。妹はきゅっと口を結んでいた。
「……お兄ちゃん。私も、あっちの奥で、魔力を練る練習をしてる」
「ルゥも?」
「うん。フレイヤ様の『創造の力』や、魔力を、もっと引き出せるように練習をしておきたいの」
途端、ミアさん達の方で、ドシンと巨鎚を振るう音が聞こえてきた。
苦笑しながらヘイムダルが言う。
「ルイシア、それはいい案だ。君はフレイヤと、創造の力、そして巨大な魔力を宿しているが――」
ヘイムダルは続けた。
「例えるなら、泉と水門の関係に似ている。力を水とすれば、君の内側に力はあるが、存在しているだけで、『水門』を通らないと表に出ていけない。そして――ルイシアが開ける水門は、まだそれほど大きくはない」
ルゥは空色の瞳を、まっすぐに神様の目へ向けていた。
「私も……強く?」
「そうだ。魔力を表に出す練習をしていけば、自分の身を守ることにもなるだろう。水門が、より大きく開くようになる」
ヘイムダルは、角笛をルゥに手渡す。
「俺の目覚ましの角笛に、少しずつ魔力をこめてみてほしい。世界中の神を目覚めさせるには、強大な魔力が必要だ。フレイヤの写し身から受け取った膨大な力を、角笛にためておきたい」
ルゥは頷いて、隅のベンチへ駆けていく。
ヘイムダルが僕へ振り返った。
「では、俺達もやろうか」
明日、僕らはお城へ神話の本当のことを話にいく。
その前の1日は、こうして鍛練をして暮れた。
◆
ルイシアは自分の胸に手を当てた。
リオンとヘイムダルが向かい合い、腰を落としている。
兄の表情は、生家の裏庭で訓練していた時とは、まるで別人だった。小さな頃に絵本を読んでくれたり、一緒に木の棒を振り回していた兄は、神と向かい合って物おじしない、今や本物の戦士だった。
ヘイムダルの剣とリオンの短剣が打ち合う。
飛び散る火花。
金床で、『角笛の少年』という刃を鍛え上げようとしているかのようだ。
ルイシアはベンチに座ったまま、兄に見とれた。
「……お兄ちゃん。すごく、強くなったんだね」
自分の胸に手を当て、呼びかける。
「フレイヤ様」
――何でしょうか?
「私も、もっと強く――フレイヤ様の力を使えるようになるには、どうすればいいの?」
問いかけながらも、ルイシアは角笛に魔力を込めていく。まずは、自分なりのやり方で。
基本は、能力『創造』を使う時と同じだ。体の奥から腕に魔力を呼び集めて、両手で包む角笛にこめていく。
両腕が、だんだんと緑色の光に包まれた。
力は脈打ちながら、角笛の中に流れ込んでいく。目覚ましの角笛が、役目を察して自分から魔力を飲み込んでいくようだった。
――あなたには、おそらく才能と、今までの練習の積み重ねがあります。
胸の中から、フレイヤの優し気な声が聞こえた。
――今までも『創造』を使いこなそうと努力されてきたのでしょう。
ルイシアは首を振った。
「……それじゃ足りない、かも」
ルイシアの心に、黒い影が過ぎる。
兄達は、自分のためにすごく頑張ってくれている。
だがルイシアは、『創造の力』を通してユミールの強さを感じていた。フローシアの戦いであの巨体に手枷をはめたのは、ルイシアである。当時は夢中だったが、魔力を通して感じた存在の強大さは、記憶に刻みこまれていた。
「フレイヤ様。私に宿る前は、どうしてたんですか?」
女神に、戸惑う気配がある。
ルイシアが捕まれば、全てが終わる。それは内側にフレイヤが囚われているから。
――神を宿せる体を持つ方に、点々と宿っていました。
「体の持ち主が亡くなるたびに、次の体へ移ってたってことですか?」
――ええ。
――しかし、どう……されたのですか?
ルイシアははっと胸を掴んだ。笑みを浮かべ直して、首を振る。
「なんでもないです。本当に」
鍛錬場に、努力の音が満ちている。
ルイシアも練習を再開する。今はまだ、仲間を信じよう。
けれども手は震えた。
自分を守るために、みんなが傷つくのが――少しずつ怖くなっている。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は、8月17日(水)の予定です。





