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1-15:大きな取引

 ミアさんとパリネさんは、あくまでも依頼だけの関係だったらしい。

 パリネさんは大通りに出ると、「じゃ、お礼はまた!」とシュタッと手を挙げてどこかへ行ってしまった。角を曲がったと思ったら、次の瞬間、同じ辻から四輪馬車がすごい勢いで発進する。


 貧しい街並みに不似合いな、しっかりとした二頭立て馬車。

 僕は呆然と見送ってしまう。

 もしかしてあれに乗ったの?


「リオン、こっちだ」


 ミアさんに呼ばれ、僕は慌てて追いついた。

 背が高いから歩幅も広い。

 ポーチには売るはずだった魔石がぎっしり詰まり、急ぎ歩きで大きく揺れた。


『それをお金に換えるのだろう?』

「その予定だったんだけど」


 ひそひそ話していると、ミアさんが振り向く。


「リオン、あなたの師匠みたいな人はいるの? それか、冒険者としての先輩は」


 ちくりと胸が痛む。


「……いません」


 本当なら父さんがそうなるはずだった。

 王都の初心者は、誰かの紹介がないとダンジョンに潜らせてくれない。人口が多いから、人を制限しないと探索層は人で埋まってしまうんだ。

 紹介してくれた人が、そのまま先輩として色々と教えてくれるのが普通。

 けれども父さんがいない今、僕には頼れる人がいない。


「親父さんの仲間や、知り合いは?」


 ミアさんは、父さんの死のことも知っているみたいだ。父さん本人について尋ねてこないのが、その証。


「父さんが死んだ戦いで、父さんの仲間もみんな死ん――亡くなってしまいました。馴染みの道具屋さんや武具屋もありましたけど、貴族が東側を仕切るようになって、王都を出たり、廃業したり」

「血の夕焼けか。あたしの知り合いも、大分やられたよ」


 2年前、荒野で事件があった。

 ダンジョンもない場所からの、急激な魔物の発生。冒険者や騎士が鎮圧に向かい、父さんはそこで仲間と死んだ。

 方向としては王都の西側で、犠牲者の多さから夕焼けが血染めに見えた。

 だから『血の夕焼け』。


 冒険者が魔物に感じる『いつか外へ出てくるんじゃないか』って不安は、根拠がある。父さんが死んだ戦いのように、外を徘徊する魔物も多いんだ。

 未発見のダンジョンから溢れてきたのか。それとも森や荒野に魔物の巣があるのか。いろいろな人が今も調べている。


「すまん、つまらないことを聞いたね。じゃ、今からあたしが連れていくところを覚えておきな」


 ミアさんが僕を連れて行ったのは、街の西側だった。そちらには王都四迷宮のうち、西ダンジョンがある。

 東ダンジョンよりも魔物が強く、僕は入ったこともなかった。


 でも僕は、こっちのエリアは好きだ。

 生気があるから。

 淀んだ感じがする東に比べて、みんな胸を張って歩いている。命をかける緊張感や、よい稼ぎがそうさせるのかもしれない。


「この辺りって運河の近くですよね」


 樽や木箱を担ぐたくましい背中とすれ違う。運河から荷物の積み下ろしをする人だろう。

 物売りの声が耳に痛い。

 王都の賑わいをぎゅっと1か所に集めたみたいだ。


「お? さすが起こし屋、土地勘はばっちりだね」


 王都は時折、ダンジョンよりも迷路だ。

 見上げると、洗濯物を干すロープ。鍛冶屋のエプロンが風に泳いでいた。


「そろそろ職人街ですか?」

「当たりだよ」


 ミアさんが片目を閉じる。

 角を曲がると、冒険者向きの武器や防具、それに薬品を売っている店が並んでいた。


「わぁ……!」


 東ダンジョンにも似たような街はあるけれど、品揃えも、ついでに通りのきれいさも段違い。

 色とりどりの鎧が行きかい、戦果自慢のパーティーが談笑しながら過ぎていく。

 父さんに憧れて、そして一度は諦めた光景がそこにあった。


 ミアさんは一軒のお店に入る。数件分の間取りを占める立派な構えに、何本もの煙突。鍛冶屋さん――この規模だと『工房』かな?

 尻込みする僕に構わず、ミアさんはずかずか踏み込んだ。


「よう、おっちゃん。魔石買い取ってくれないか?」

「斧猫じゃねぇか! でけぇ声で言うなっ」

「いいだろ?」

「…………ちっ、奥へ来い」


 単刀直入。

 僕は青くなって奥へ進もうとするミアさんの手を引いた。


「ちょ、直接売買ですかっ? 商人とっ」


 ダンジョンで採れた素材は、普通はギルドに卸す。

 薬草や魔石はギルドから商人に売られていき、そこには鑑定料や精製料も含まれるから質も保証される。冒険者にとっても、買取価格が上下しないからメリットがあった。


 一方で、自分で見つけた商人に卸すことも、認められている。

 というより――グレーだ。

 禁じられてはいないけど、『ダンジョンでとれた素材はギルドに卸す』という暗黙の了解がある。


 この場合、ギルドの関与がないから冒険者は自分で値段交渉する。つまり取引するに足る『優秀な冒険者』って認められないと、交渉の入り口に立つこともできない。


 ギルドがない大昔は、それこそ海千山千の商人が魔石をいいように買い叩いたという。冒険者ギルドは、冒険者が団結して、値段を交渉するための組合でもあるんだ。

 組合の外で売買して大損するなら勝手にしろ――それがギルドの立場なのだろう。


 一方で、うまくやればギルドと同じ、あるいはそれ以上の価値で売れる素材もあるという噂だ。


「あ……」


 僕は、やっと気付いた。ミアさんは救援のお礼に、僕に買い取ってくれる店を繋いでくれたのだ。


「この店なら買ってくれる。あたしの紹介ならね」


 ミアさんには頭が上がらない。


「西ダンジョンのギルドであたしが換金してもいいんだけど……あっちのギルドも上はどうだかわからない。それに換金の代行を頼むにしても、狭い業界だ、長くは騙せない。なら、こういう伝手もいいだろう?」

「な、なるほど」

「ちなみに、ここは王都商会のお抱えだ。西側はもともと、ギデオンの影響はあまりない。ワールブルク家はあくまで、『東ダンジョンの』支配者だからな。あんたがここに出入りするなんて思わないだろうし、知ってもまぁ――そうそう手出しはできないだろう」


 ただ、とミアさんは目を鋭くした。


「売値は交渉次第だ、ギルドとは違うぞ」


 ミアさん、手慣れててすごい。

 僕はポーチをぎゅっと握りしめた。


「た、確かに……」


 僕が迷うのは、『できる・できない』だけじゃない。

 父さんからも『ギルドに収めた方がいい』って教えられてきたのだ。


「冒険者は、助け合い。だから、できるだけ冒険者ギルドに収めるのがいいって……」

「あー。まぁ、そういう建前だけどね」


 ミアさんは赤髪をかいた。目を閉じて、僕が思っていることを言い当てる。


「ギルドの稼ぎは、駆け出しへの支援にも使われる。助け合いのためにできるだけ冒険者はギルドに納めましょう――て、やつでしょ?」

「はい」

「だけど」


 ミアさんはずいっと顔を近づけた。


「今回はギルドが先にリオンを裏切ったんだ。義理立てする必要はあるのかい?」


 それは……その通りかも。


「リオン。誠実なことと、甘い顔をすることは別だよ」


 ミアさんは試すように腕組みしてこちらを見ている。

 僕はぎゅっと目を閉じ、思い切り顎をあげた。

 決めた。決断『力』もまた、強さの一つだ。


「……やってみます」

「じゃ、俺が買い取ろう」


 鍛冶屋のおやじさんが奥から手招きした。


「ミアかと思うたが、そっちのぼうずが売主か。そこの台に品を出しな」


 おじさんは、冒険者以上の威圧感。

 物語のドワーフのように筋肉が盛り上がっていて、大きな鼻と目がいかにも手ごわい相手という感じ。

 隣には身なりのいい、黒服の若い男性が立っている。手には羽ペンと帳面。『取引』という言葉がずんと重くなった。


「どうぞ、おかけください」


 促されるまま、机につく。

 おじさんの目がぎょろっとミアさんを見上げた。


「斧猫、上客なんだろうな?」

「それは見てのお楽しみ」

「へん」


 鍛冶屋さんは鼻を鳴らして、僕を見た。じろりとした一瞥だけで、もう僕が何歳なのか、交渉が初めてなのか、いろいろなことを見抜かれてしまった気がする。

 僕はポーチを開いて、魔石をすべて置いた。

 若い人が「こうするんだ」と言わんばかりに、大きさ順に並べ替える。


「……拝見しました。普通の魔石ですね。この大きさならギルドの精製前でも炉で使えますし、武器の祝福にもまぁいいでしょう。しめて3000ゲント」


 確かに、さっきよりはずっと高い。でもいつもの買取値の半分だ。

 ミアさんは傍観している。僕に任せてくれているのだろう。


「……よ、4000で、どうですか?」


 思い切って言ってみると、おやじさんが眉を上げた。


「ボウズ、あまり欲張るな。どうせギルドで買い取りを拒否されたんだろう?」


 図星だった。

 若い人も首を振っている。


「私どもは、まずそこにリスクをみます。質は十分か? 訳アリ品ではないか?」


 帳面を閉じて、若い人は続けた。


「私どもが直接売買で魔石を買っているのは、稀にギルドが値段をつけなかった魔石や素材に、掘り出し物があるからです。たとえばこれ」


 背後の台から持ち出されたのは、雪のような銀色の、延べ棒。


「魔力を帯びたミスリルのインゴット。かつてはダンジョンの封印で屑鉄のように見えました。ですが、磨き上げれば、このとおり。ギルドの鑑定も完ぺきではない。もちろん有望な冒険者と関係を結ぶために取引することもありますが、逆に言えば……」


 そのあとは、若い人は無言だった。

 単なる冒険者の、ただの魔石を、普通の値段で買ってあげる理由はない……そういうことですね。

 僕は声を絞り出した。


「ギルドでは……売れなくて」

「は! なんだ、トラブルか? じゃ、俺らは巻き込まれるかもな、やっぱり3000でも高い、2500だ」


 震えた。どんどん買取値が下がってく。

 ルゥのため、母さんのため、少しでも高く売らなくちゃいけないのに……。


『リオン』


 ソラーナの声が聞こえた。


『大丈夫だ。君にはわたしを助けてくれた、素晴らしい力がある』


 暖かい風が不安を吹き飛ばしてくれた。


「い、いえ!」


 出し惜しみしてちゃだめだ。

 僕はポーチの奥に手を入れて、『ある石』を取り出す。念のため3個拾っておいた、風化し尽くした精霊石。



 ――――


 <スキル:目覚まし>を使用しました。


 『封印解除』を実行します。


 ――――



「な、なんだっ?」


 おじさんが目を見張る。

 僕は緑に輝く石たちを、台に追加した。ちなみに1個はダンジョンですでに封印解除してあったけど。


「……こりゃ、すごい。精霊石か、どっから出した……?」


 にやっとおやじさんは笑う。若い人は呆然として、もう一度帳面を開いた。


「ボウズ、面白い、隠し玉だ。これで何を引き出す?」

「これも査定に加えてください。最初の取引です、そして今後も――損はさせません」

「ふぅん? けち臭いことしない方が後々は得だと、そういいたいんだな?」


 首肯した。


「僕は――これから、継続して、これと同じものをあなたのところへ持っていけると思います」


 言葉は鎧だ。

 正式な言葉で、ひるまずに、相手に自分のメリットを伝える。

 おじさんは面白そうに眉を上げた。ミアさんは口元を引き上げている。

 若い人が精霊石をつまみ、空にかざしてから、羽ペンを動かした。


「たいへんけっこう」


 おじさんの鍋掴みみたいな手が僕の肩をがしっと握った。


「いいね、気に入った! ギルドの連中はこんな上玉を弾いたのか! 目が曇ってるのか、それとも貴族が阿呆なのかね?」


 若い人が僕にお金を渡す。


「大小の魔石6つで5000ゲント、精霊石は3つで15000……いかがでしょう?」


 一日で20000ゲントなんて、稼いだこともない大黒字だ。

 特に精霊石の収入が大きい。

 スケルトンの魔石の、5倍くらいの価値がある計算だ。

 おじさんはにやっと笑う。


「負けんなよ、駆け出し。実はな……起こし屋の噂は聞いてたぜ」


 はい!と僕は勢いよく応えていた。


 ミアさんには感謝しないといけない。僕が単に精霊石を持って行っても、怪しまれたかもしれないから。

 でも、この人との縁はそこで終わりじゃなかった。

 店を出た後ミアさんは右手を差し出して、びっくりする提案をしてくれた。


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新作始めました! もふもふ可愛く、時々アツい、王道ファンタジーです!
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― 新着の感想 ―
[一言] ギルド設立の経緯が冒険者の成果を買い叩かれないようにする為だったのに 今じゃギルドが買い叩きを助長してるんじゃ、もはやギルドの存在意義ってないですよね 少なくとも東側のギルドは腐りすぎて存続…
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