3-52:角笛の少年
リオンがフレイと決着をつけた頃。
街では、トール達とユミールの戦いが続いていた。
嵐はすでに去っている。真昼の日差しと共に、黄金の魔力が降り注いでいた。
太陽の加護、『黄金の炎』。共闘するミアやフェリクスだけでなく、ウルやトールといった神々をも、降り注ぐ魔力は強化する。
トールは湖の塔を見やる。日差しを浴びて、白の塔は誇らしげに立っていた。
雷神は破顔する。
「リオンは、勝ちやがったか」
湖の塔には、もともと膨大な魔力があった。
リオンとフレイの戦いは、いわばそれを巡る戦いといっていい。
そして今、フローシア全体に太陽の魔力が降り注いだ。どちらが決戦に勝ったかは明らかだ。リオンと共にあることを選んだソラーナが、塔の魔力を引き受けたのだろう。
トール達が相対するのは、金髪を振り乱した巨体。ユミールは後ろへ跳び下がる。降り注ぐ黄金の魔力を、つまらなそうな目で眺めた。
金鎚を背中まで振りかぶる。
「なら、こっちも……神らしいところ見せねぇとなぁ!?」
投擲。
雷をまとう鎚が魔力障壁にぶち当たる。火花が散り、路地を轟音が揺らした。
原初の巨人ユミールは、無造作に突進する。移動だけで石畳がはがれ、塀が崩れる。赤黒い炎は爪の形になり、トールの頬に裂傷を残した。
雷神は大笑。
「へ! そっちも調子が出てきたってわけか!」
狩神ウルが弓を射る。矢は縦横無尽に軌道を変え、ユミールの顔や関節へ向かった。
鎖斧が飛来。同時に氷魔法も放たれる。
ユミールは距離を取り、興味深そうに2名の人間――ミアとフェリクスを見た。
どちらもレベル30以上。腕利きとはいえ、トールも舌をまく度胸である。
「……おれを前にして、怯えぬか。人間とはいえ……」
ユミールが低く呟いた時、湖から声が響いてきた。
――オーディンを。
雷神は振り上げた鎚を、ユミールは拳を静止させる。一柱と一体の間を突風が吹き抜けた。
土煙が晴れた頃、どちらも湖へ目を向ける。
トールは声を漏らした。
「フレイヤ、だと……?」
湖の方角。
屋根越しに見える空に、女神フレイヤの姿が浮かびあがっていた。
数区画の建物を隔てても、なお見上げるような高さがある。本物ではあるまい。よほど大きく映し出された幻だ。
女神フレイヤから、声が降る。
――オーディンを、止めてください。
雷神は呟いた。
「止める……?」
空から、槍が投じられる。
オーディンの神具だ。
幻は体を貫かれ、表情を歪める。
トールが息をのんだ。ただユミールだけは反応し、湖の方へ体を向ける。
「なるほど……な!」
巨人の足が、杭のように地面を踏みしめた。
駆ける。
建物も塀も突き破り、港へ向かって一直線。
トールが叫ぶ。
「追うぞぉ!」
トールが空へ駆けあがり、ウルがミア達を抱えて跳躍する。
上空から見下ろすと、港と湖の間には氷の壁ができていた。魔神ロキが作ったものだろう。
ユミールは、突進の勢いのまま、氷の壁を殴り付ける。砕かれた隙間から、フレイヤの幻に向けて大口を開けた。
ウルに抱えられて、ミアとフェリクスが叫ぶ。
「喰う気か!?」
「ま、まさかあれを!? これほど、巨大な……!」
ウルが唸る。
「……そういう存在なんだよ、世界最初の巨人ってのは!」
竜巻が、ユミールの口から生じた。
空気の渦はフレイヤの幻を抉る。幻を生んでいた魔力の一部を、ねじり切り、奪い取った。
ユミールはばくんと口を閉じる。
咀嚼すると、若草色の光が口から洩れた。
トールは呻く。
「喰いやがったか!」
投げつけられる金鎚を、ユミールは魔力障壁で受け止めた。
「……美味だ。やはり、神そのものは味が違う」
トールは目を見張る。
巨人の右腕に輝いていた氷の腕輪に、ヒビが入っていた。
「……フレイヤの魔力で、力を取り戻したか!」
あるいは、ユミールが街に来たそもそもの目的も、フレイヤの魔力だったのかもしれない。
『霜の宝珠』を喰ったことも、街を破壊したことも、ついでに過ぎない。
もしフレイヤが目覚ましされれば、膨大な魔力の一部を喰らうチャンスがある。フレイがもしリオンに勝利していれば、フレイヤの魔力全てを、ユミールは喰らっていただろう。
右腕にはめられた、氷の腕輪が砕け散る。
ユミールは力を確かめるように、腕をさすった。ルイシアがはめた枷は、今は左腕にだけ残っている。
「……おあずけを喰らったが、まぁいい」
ユミールはトールへ踏み込み、ただ、殴った。
金鎚で受ける。が、はるか後方まで跳ね飛ばされた。トールは、足踏み起重機や木箱、引き上げられた小舟、そうしたあれやこれやを粉砕しながら、倉庫にめり込んでようやく止まる。
「……ちっ」
舌打ち。血が額から流れてくる。
『黄金の炎』が神々にも降っていなければ、傷はもっと深かっただろう。
ユミールは湖を背負っている。トールや、ミア達、そして騒ぎに集まった冒険者を睥睨した。
端に追い詰められているのは相手だというのに、むしろトール達が緊張を強いられる。
なおも厄介なのが、港にはもともと大勢の冒険者がいたことだ。
「新手か!」
「加勢するぞ!」
「みんな、持ち場の魔物を追い払ったら、こっちへ来い!」
トールは声を張る。
「来るなぁ!」
雷鳴のような胴間声。
フェリクスも細目を見開き、指示を出した。
「被害が増えるだけです! 不用意に、この魔物に近づいてはいけない!」
人間は、街の奥からもやってきた。
十名ほどの男達が、路地裏からまろび出てくる。慌てた様子と、泳いだ目が奇妙だった。
増援というよりは、むしろ何かに追われているように見える。
ミアが赤髪をかき、ピンと眉を立てた。
「……河賊じゃねぇか?」
ベテランは野生の勘をみせる。狩神ウルが口笛を吹いた。
「かもね。焦りや、足取りがいかにも怪しい。戦士団に追われて、偶然迷い混んだとすれば、ユミールに加勢するような真似はしないだろうが……」
ユミールが右掌を空へ掲げ、赤黒い炎を握った。
にやりと笑って、腕を振る。駆けこんできた河賊に、赤黒い炎がぶちまけられた。
男達が悲鳴を上げ地面でのたうつ。炎は生き物のようにまとわりついて、鼻や口から体へ入ろうとしているようにも見えた。
集まった冒険者は、すでにユミールを囲う戦線をなしている。
誰もが息を呑み、動けない。
髪の毛や装備が焼ける嫌な匂いが漂った。
「……グ、ガ!」
やがて、河賊の動きが不自然に止まる。赤黒い炎は、消えていない。それでも男達は立ち上がった。
目がらんらんと光っている。
「ぎ、ギギギ……!」
口から泡をこぼしながら、男達はうめきとも、鳴き声ともいえない音を発した。
ぎこちない仕草で剣や斧を抜く。
赤黒い炎はまるで頭髪のようになり、炎の巨人を人間大に無理やり縮めたような、異様な姿になっていた。
ユミールは満足げに手のひらの火をもてあそぶ。
「久方ぶりだが……やはり悪心ある者の方が、魔物に変じやすい」
トールははっとした。
神話の時代、巨人は生き物を魔物にすることで、神々の敵を増やしてきた。ゴブリンは堕落した小人。スケルトンやドラウグルは、歪められた人間である。
フェリクスの声は悲鳴に近かった。
「……魔物を、造った!?」
13体の魔物が激しく叫ぶ。
ユミールに加え、人間が魔物に変じるという異常事態。冒険者達はのまれていた。
崩壊した士気では、いかに数が多くとも意味がない。神々とて人間を守り切れないだろう。
唯一の例外は、鎖斧を構えるミアと、杖をつくフェリクスだった。
「……少年が頑張っているのです」
「ああ。こちとらは、まだ先輩のつもりだしねっ」
ユミールの背後で、緑の光がまたたく。
フレイヤの幻を映していた水のカーテンが、いっせいに湖面へと戻った。大雨のように、水が飛沫となって下へ落ちていく。
膨大な水がひと時に落ちたことによる霧が、一瞬、港を覆った。
トールは空を仰ぐ。
緑の光――おそらくフレイヤは空へ飛び上がっていた。北を目指して飛んで行く。
そして、空から魔力が降る。季節外れの雪のように、輝く光が人間の一人一人へ落ちていった。
太古の女神の贈り物は、冒険者達の体にしみ込む。
まず、ミアが気づいた。
「これ……」
赤髪の冒険者は、光をまとった自分の体をさする。
「レベルアップじゃねぇか……!」
膨大な魔力を持った女神は、北へ去る時に、下界へ魔力を落としていったらしい。
おそらくは、魔物数千匹に匹敵する魔力。
それが下界へ降ったために、アルヴィースと同じことが起きていた。
居合わせた冒険者の――副次的レベルアップが。
霧が晴れていく。フェリクスが叫んだ。
「これならば!」
角笛の音が響き渡る。
背中を押すように。
トールも、ミア達も、冒険者も、一斉に湖の塔を見た。角笛の音は、そこから響いてくる。
雷神は声を漏らした。
「リオン……!」
神々を目覚めさせる角笛として、吹かれたものではない。
ただ人間を鼓舞するために、吹かれたものだった。
副次的レベルアップと、角笛が、冒険者達を奮い立たせる。
『角笛の少年』が、冒険者の英雄になった瞬間だった。
戦神も奮起する。胸の熱さは叫びとなって爆発的にあふれた。
「いくぞ、お前らぁ!」
「おおぅ!!」
フローシアの冒険者が唱和した。空気が震え、初めて、意気でユミールを圧した。
トールが先陣を切る。
冒険者も続き、ユミールを街から湖へ、叩き落とさんとした。
「ふん!」
ユミールは自ら、後ろへと跳躍する。
「『写し身』の去った方角は、北。おれの心臓の――『創造の力』の置き場はわかった」
湖から、大蛇の頭が現れた。縦長の巨大な瞳孔が、じろりとトールを睨む。
ユミールは、蛇の頭に乗った。
港からの追撃は魔力障壁に阻まれる。
巨体は蛇の口に隠れると、ゆうゆうと港を去った。
「場所は決まった。あとは、競争といこう」
◆
僕は、静かになった塔から湖を見下ろした。
南の水面へと、世界蛇が逃げていく。
僕は目覚ましの角笛から口を離した。僕自身、レベルアップの余韻がまだ残っている。
レベル――33。
フレイが逃げ去った後も、僕はフレイヤ様の写し身が残した魔力を浴び続けた。そして、そんなレベルアップの声を聞いたんだ。
歓声に追われるようにして、世界蛇が水へ潜っていく。
僕らは一度は後手に回った。でも街も、フレイヤ様が残した仕掛けも、その魔力も、守り切ったと思う。
下からはまだ快哉が聞こえていた。
「……音は、届いたみたいだね」
町にいる人を助けるには、ここから走ったのじゃ間に合わない。だから、勇気づけるしかないと思ったんだ。
何度も危機を救ってきた、この角笛の音色で。
――負けないで!
そんな鼓舞と祈りを込めた角笛だった。
「……リオン」
ソラーナがほほ笑んでくれた。胸に太陽が生まれたみたいに、心がぽかぽかと温かくなる。
眩しげに見つめられて、少し気恥ずかしい。この方こそ眩しい、太陽の女神様なのに……。
「君はもう、英雄への駆け出しじゃない。立派な、英雄だな」
僕らは塔からフローシアを見渡した。
――角笛が聞こえたぞ!
――全体メッセージで言ってた、角笛の英雄ってのは、本当だな!
そういえば……アルヴィースでそんなメッセージがあったような。
ソラーナが僕の隣に来て、街へ向けて両腕を開いた。
「この街はもう大丈夫だ。神を間近で見て、英雄に鼓舞された。宝珠も復活したようだし、次に魔物が来ても、たやすくはやられまい。人間は学び、成長するものだから」
僕は顎を引く。
こっちを見る、神様の金色の瞳と目が合った。
きっと決心は同じだと思う。
「帰ろう、ソラーナ。次の戦いは――きっと王都だ」
ルゥを巡る争いになる。
戦いの鍵である『創造の力』も、神話の鍵を握るフレイヤ様も、敵はもうどこにあるか掴んだ。
全部、僕の大切な家族の中にある。
強くなったルゥは、フローシアで僕を守ってくれた。
なら今度は、僕が守ろう。
妹が強くなったように、僕だって、きっと変われている。
嵐が止み、魔物が去ったフローシアを春の日差しが照らしている。太陽も、勝利を祝福してくれているみたいだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は明日 6月29日(水)の予定です。
3章もここで一区切り、次回は次章に向けての、エピローグ的な1話になります。
その後、また時間をおいて、4章の投稿を始める予定です。
おかげさまで、書籍もご好評をいただけているようです。
ページ下に書籍情報サイトのリンクがありますので、
美麗なイラストでリオンやソラーナを御覧になりたい場合は、ぜひ書籍版もお楽しみください。
それでは、また次回に!
(一区切りの本話までで、☆評価、感想、レビューなどでリオンを応援いただけましたら幸いです)





