3-45:フローシアの決戦
フローシアの冒険者達もまた、戦いに参加していた。
船で迷宮を目指す者。橋を渡って塔を調べる者。港付近に残り、街の守りを固める者。
全員が相応の腕を持ち、度胸もある。だが、街で起きた異変には誰もが度肝を抜かれただろう。
「な、なんだありゃ!?」
橋の上。
冒険者『石鎚のロイド』も同じだった。
空を分厚い雲が覆い、その流れは速い。壁のない橋では、強風をもろに受けた。
そんな風に乗ってきた轟音。
一緒に港を守る30人ほどの男達も、後ろを振り返っている。
仲間と一緒に、ロイドは息を呑んでいた。
「し、神殿が……」
オーディス神殿の塔が、弾けた。最上階が吹き飛んでおり、続く爆音が湖まで渡ってくる。
街の塔は指ほどの大きさだが、異変ははっきりしていた。
上部で真っ白な冷気と、赤々とした熱波がせめぎ合っている。
炎と氷の神話的なぶつかり合いに、ロイドは目を奪われた。
やがて、光は唐突に失せる。ロイドは何かが砕けた音を聞いた。もっとも、そんな小さな音が距離を隔てて聞こえてくるのは、奇妙なことであったが。
「今のは……」
悪い予感。冒険者としての感覚が、異常事態を全力で告げている。
大剣を担いだ、『碧大剣のメリッサ』という大男が問いかけてきた。
「街へ戻るかい?」
彼もロイドも、リオン達と共に迷宮の隠しエリアへ踏み込んだ者達である。共闘の実績を買われて、橋の守りを任されたというわけだった。
ロイドは顎をなで、しばらく思案する。
一団は、橋の起点から10メートルほど進んだ位置にいる。
魔物が橋を渡って来た時に、壁となる役目だ。しかし街そのもので異変が起きた場合は、確かに戻るべきかもしれない。
統率はロイドに任されている。
ここで待つか、誰か偵察に送るか、決めなければならなかった。
「うむ……」
不意に、猛烈な速度で人影が彼らを追い抜いた。
ロイドは声をあげてのけ反る。
「うお!」
まばたきする間もない、一瞬のすれ違い。
金髪をなびかせる後ろ姿が、橋の先に消えていく。
「に、ニルス……?」
そう見えたが、まるでわからない。風のようだ。
気を引かれるが、そちらにばかり構えない。
仲間の1人が地面に耳を押し当てている。
「聞こえる……橋の先からだ」
スキル<盗賊>を持つバリーは、素行こそ悪いが、偵察役として有能だ。
「大群、大群だ! 橋を通ってきやがる!」
橋の中央にある白塔は、高さにしてゆうに50メートルはある。土台も太く、橋の向こう側を完全に隠していた。
ロイドは問い返す。
「魔物か?」
「おそらく……!」
橋の先から、ロイドも気配を感じた。
冒険者達が口々に言う。
「せ、戦士団が先に迷宮を調べているんじゃないのか?」
「船の連中は? 橋の麓を調べているはずだが……」
ロイドは腕を組んだ。
「……連中が抜かれた時の、俺達だ。うろたえるな」
やがて、浮かぶ船が次々に赤い旗を掲げる。異常事態を告げる信号だ。
魔物が塔の裏側から現れる。
サハギン、ケルピー、小水竜。迷宮の魔物が水面や橋を通じて殺到する。その頃には魔物の叫びと足音が響き渡っていた。
数はどんどん増していく。一部は水面から橋へ這いあがっており、橋ごと黒い波に飲み込まれたかのようだった。
冒険者達が浮き足立つ。
「なんで、急に……!」
空に影が過ぎった。ロイドは見上げて目を細める。
「カラス……?」
鳥が飛び去る。入れ違うように、空から2つの人影が近づいた。
冒険者達はあんぐり口を開ける。ロイドをはじめとした精鋭は『魔物か』と身構えるが、驚愕は同じだった。
2つの影は上空に止まる。
片方は黒いローブに身を包んだ、男。もう片方は女で、青い鎧と槍で武装していた。
浮かぶ男は、タレ目を下げて笑い、指を1つたてる。
大事な話があります、とでもいうかのように。魔物が迫っている状況でも目を引いてしまう、存在感があった。
ロイドの口から声がこぼれる。
「なんだ、ありゃ……」
男が指先に炎を灯した。両手で赤熱を弄ぶうちに火勢は強まる。振るわれる腕に合わせて、炎が橋と水面を100メートルに渡って薙ぎ払った。
女も槍を投じ、小型竜を五匹まとめて串刺しにする。
「な……!」
ロイドでさえ圧倒される。
女の声が降ってきた。
「皆さん! 神殿の塔で弾けてみえたのは、封印の光です!」
雲間から差し込む光が、女の青鎧を照らした。同じ色の髪が強風に踊っている。
「迷宮に魔物を封じていた力が、弱まりました! 再び魔物が封じられるまで、まだしばらくかかるでしょう」
そして、と女は言葉を継ぐ。
「街には、他にもう1つ、強大な魔物が現れています! あなた達には、ここで、湖からの魔物を食い止めていただきたい!」
騒がしい冒険者達だが、不思議と問い返す言葉は起きない。
ロイドにしてもそうだった。なぜなら、声の響き方がオーディス神の全体メッセージにそっくりだったから。
荘厳さに胸を打たれ、誰もが放心状態にある。
だが鎧をまとった女神――そうとしか言い表せない存在は、冒険者の心を昂らせた。
ロイドもまた、空から『英雄』と呼び掛けられたことを思い出す。神話の世界に迷い混んだかのようだ。
黙っていた黒ローブが肩をすくめた。
「ちなみに、街の異変は僕の友達に任せてほしい。安心して、あっちも規格外だから」
片目をつむって、おどけてみせる。
魔物を一掃した力を見れば、説得力もあった。
「あ、あんた達は……」
震える声で、ロイドは尋ねた。鎧姿の女神は微笑む。
「今はまだ、戦乙女とだけ。大勢の人ともに戦うのは、懐かしいですね……」
青の瞳は、遠い昔を思い返すように、少しだけ伏せられた。
「さぁ、戦士達よ!」
上空で、戦乙女が魔物の群れへ槍を向ける。
冒険者は奮起した。
次々と迫り来る魔物を、橋の上で迎え撃つ。湖を渡ってくる魔物も、気勢をあげるロイド達に集中していた。
ロイドが敵を引き付ける前衛向けのスキルを持っていることも、影響しているのかもしれない。
空に笑い声が響く。
「はははは!」
上空で、黒いローブが逆さまになって大笑していた。
「さすが、戦乙女。人間を率いるのは、得意だね」
自由自在の魔神は、両手を湖へ向ける。
「では、僕は魔法の神の本領を見せよう!」
◆
僕は、オーディス神殿の塔を降りた。
石畳を蹴って港へ急ぐ。ボロボロだった体は、軽さを取り戻していた。
僕らはすでに三手に分かれている。
一つ目。トール、ウル、そしてミアさん達がユミールへの攻撃にあたる。
二つ目。ロキとシグリスが橋へ飛んで行って、冒険者達の守りを助けているはずだ。
港からは魔物の呻りが聞こえ、神殿の裏からは雷が落ちるような轟音が響いてくる。
僕は『白い炎』で肩や足の傷が完治するのを待っていたから、みんなから遅れてしまっていた。
急ごう。
ついさっきまでは、絶体絶命の状況だった。塔にユミールがやってきて、僕らはあそこで全滅してもおかしくなかったのだと思う。
それを、ルゥが救ってくれた。
宝珠を『創造』して敵を押し返しただけじゃなくて、ユミールに氷を打ち込んでいた。ここでフレイヤ様が目覚めて、強力な魔力を授けてくれれば、僕らは奴隷商人にさらなる痛手を負わせられるだろう。
もちろん、妹神を守るフレイに勝てればだけど。
だから、最後の三つ目は――僕とソラーナ。目的地は、湖の塔。
フローシアの命運は、僕と女神様にかかっている。
『……痛むか?』
ソラーナが金貨から尋ねてくる。
短剣や装備と一緒に、肩の傷を確かめた。
「大丈夫。もう、痛まないよ」
戦士団のマントが、強風にはためいた。その時、風と一緒に大勢の気配。
スキル<狩神の加護>が、異変を捉えた。
「っ」
打ち込まれる矢を、身をひねって回避。
通りの闇からにじみ出るように、長身の魔物が――ラタが現れた。
「どちらへ?」
周囲の建物から、弓を構えた賊が僕を狙っている。
僕は応えずに、一歩踏み出した。
ラタの体を霜が覆う。
「お兄ちゃん、私を置いていくの?」
声と共に現れたのは、ルゥの姿。また、変身だ。
それは、僕の心をかき乱すための作戦だったのかもしれない。さっきまでの僕だったら――フレイに圧倒されていた僕だったら、また集中を乱してしまっただろう。
ラタは、決戦の前に、僕の心にくさびを打ち込みに来たに違いなかった。
――妹は助からない!
そんな、絶望のくさびを。
でも、僕はもうルゥの強さを知っている。だから、僕も強くなるんだ。
こんなところで……自分の心の弱さになんて、負けていられない。
「ほう」
ラタが瞠目した。
僕はルゥから目を逸らさない。
心を強く持てば、信念に嘘がなければ、目を逸らす必要なんてないもの。
「目覚ましっ」
僕は、右手のガントレットから水の精霊を目覚ましした。
付近の水路から水を集めて、次は左手の炎の精霊に替わってもらう。
「ピィ!」
精霊の炎で、水が弾けた。
もうもうとした湯気が視界を覆う。敵の弓使いだって、これじゃ誰も狙えないだろう。
僕は地面を蹴って、真っすぐに目くらましを突破する。接近してきた僕に、ルゥの姿をしたラタが目をむいた。
「……こんな、搦手を使えるとはっ」
ラタは自分から変身を解いた。
後ろへ逃れようとする。ルゥの体だと、素早くは動けないんだ。
「男子3日会わざればといいますが、あなたは、この一瞬で何が……!」
僕が繰り出す短剣を、ラタは爪を伸ばして受け止める。でも相手は動揺していて、僕は気持ちを固めていた。
ルゥを利用したのは、絶対に許せない!
「ルゥは、お前達には渡さないっ」
「……キキ。だが、あなたはじきに、他の家族とも敵として対面するでしょう」
僕は突きによる反撃をしのいで、懐へ潜り込む。相手の胸を短剣で切り払った。
「ぎゃっ……!」
ラタの体が霜に包まれた。
一瞬だけまばゆく光り、消えてしまう。路地裏には魔物の姿はなかった。
弓を構えていた賊達もラタがいなくなったのに気づくと、慌てて散っていく。<狩神の加護>で索敵をしたけれど、もう危険はなさそうだ。
「……倒した?」
『ギリギリで、自分から変身したのかもしれない。やられた体を捨てて、より小さな姿に化けたのだ』
だが、と金貨が震えた。
『確実に痛手は与えたと思う……それにしても、わたしの出る幕はなかったな』
「あ……」
僕は、ちょっと思ってしまった。神様と2人でやれば、結果は違ったかもしれない。
『気にするな。君が素早く動いたからこそ、裏をかけたのだと思う』
言葉を聞きながら、僕は駆けだした。
港に近づくつれて、戦いの音は大きくなっていく。湖の塔は、いつの間にか虹の光をまとっていた。
まるで昇る螺旋階段のように、虹が建物を周っているんだ。
「急ごう、神様!」
僕は湖へと駆けていく。
――他の家族とも敵として対面するでしょう。
ラタの言葉が不吉に過ぎる。でも、今は進むしかない。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月12日(日)の予定です。
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次回更新時にも、さらなる告知がありますので、
物語ともどもお楽しみにしていただければ幸いです。





