3-43:ユミールの力
走れ、走れ、と僕は自分に言い聞かせた。
すでに、ラタとフレイは壁を蹴って建物の上へ逃れている。
僕が屋根に登った時には、彼らは50メートルほど前にいた。そして、その先には――オーディス神殿の塔がある。
塔は側面に大きな穴が開いていた。
そこから真っ赤な炎と、真っ白い光が、溢れている。2つはせめぎあい、余波が轟音となって空に響き渡っていた。
ソラーナの声がくる。
『あやつらは、ユミールが来たと言っていたが……!』
『黄金の炎』をかけ直して、僕は屋根伝いに走った。
治りきっていない肩の大傷が痛む。でもかまってられない。
まだ、神殿との間には300メートルくらいの距離がある。
僕が次の屋根に飛び乗った瞬間、塔の壁がさらに弾けとんだ。
その風穴からも、赤と白の光が漏れ出て、互いに輝きを増していく。巨大な爆風でも起きたみたいに、塔を中心とした円形の風が、波紋のように空を渡った。
下から届くのは、悲鳴。フローシアの街は、大混乱だった。
強風が叫びと一緒に、ごうっと耳元を通り過ぎていく。
遥か先に見える、神殿の塔。
建物を貫く穴から、かすかに中が見えた。
人がいる。
どうしてだか、僕にはそれがミアさん、そしてフェリクスさんだとわかった。
白の光は、きっと『霜の宝珠』の冷気。
仲間達は、神具を守るために戦っているのだと思う。
ソラーナが金貨から言った。
『リオン! 急ごうっ』
「うん!」
塔を中心に、冷気が急速に広がった。
神殿近くの屋根なんて、一瞬で霜が下りて照り輝く。
コインからロキの声もした。
『霜の宝珠が、抵抗しているのか……』
これだけの冷気。神様も、心配だけど……!
霜の宝珠は、迷宮の封印を守るものだ。そこを敵が襲っているなら、一刻も早く、防がないと!
「目覚ましっ!」
悪夢をさます光が、コインから溢れた。
神様達は空中に飛び出す。
ソラーナが塔を指差した。
「塔が……崩れるぞ!」
壁を吹き飛ばされたせいか、塔の上部分は崩壊しそうになっていた。
宝珠がある部屋は4階。
支えを失って壊れかけているのは、1つ上の最上階――5階だ。
このままじゃ、仲間が崩れた上階の下敷きになってしまう。
「おおらぁ!」
トールが金鎚を投じた。
崩れかけた5階部分にぶち当たり、叩き壊す。破片は全て、塔の外側へ飛び散った。
ロキとソラーナが神殿へ手をかざし、瓦礫の落下速度を緩める。
でも、僕は気になった。
一部の破片は光になって弾ける。そして塔の中へ――土煙に仁王立ちする巨体へ、吸い込まれたように見えた。
まるで、『食べられた』みたいに。
「原初の巨人が来てる……?」
ぶるりと震えた。
神話を思い出す。神様の祖先を食べていたあの巨人が、胸を過った。
冷気と怖さでぞくぞくし、声が漏れてしまう。
「ユミール……!」
傍らでシグリスが頷いた。
「間違いありません」
今や、塔にある宝珠の間は、天井も壁も失って完全に露出していた。
熱波と冷気のせめぎあい。
ミアさんの赤髪がみえる。フェリクスさんや、サフィ、それに神殿の人もいるみたいだ。
そして、宝珠の向こうに、炎をまとった巨体――ユミールが立ちはだかっている。まとう火が強風で揺らめいて、時折、体が露出する。縮れた金髪が嵐に踊っていた。
僕は神様と一緒に、塔へ走っていく。
前を進むフレイは、もう塔のすぐ傍だった。ラタの姿が見えないのは、どこかに身を隠したのかもしれない。
ロキが言う。
「あの炎……なるほど。炎骨スルトの力を、どうにかして食べて、取り込んだのだと思う。部下が身に着けた『封印』に抗う力を、手に入れたというわけか……」
確かに、赤黒く燃える炎は、スルトを思い出させた。
呟いてしまう。
「スキルだけじゃなくて、魔物の力も……食べられるってことか」
でも、それって――『共食い』ってことだよね?
神様や人間だけじゃなくて、魔物さえも……?
考えつかなかった可能性。悔いが胸に刺さる。
でも今は、せめて前に進むしかなかった。
ソラーナが叫ぶ。
「リオン、わたし達が足止めする!」
巨体に、神様達の攻撃が集中する。
トールの鎚、ソラーナの光、ウルの弓、シグリスの槍、そしてロキの炎。
塔を覆う冷気を突き破って、攻撃はユミールへ迫った。
ウルの声も僕の背中を押した。
「君は塔へ!」
急げ、急ぐんだ。
炎に包まれた左腕で、巨体はソラーナの光を防ぐ。右腕でトールが放った鎚を受け止め、他の攻撃は魔力の障壁で阻んでしまう。
何軒もの屋根を蹴って、僕は聖堂の天井にたどり着いた。
『黄金の炎』が残っている間に、壁を蹴って塔4階へ這いあがる。
熱風と冷気が同時に吹き付けた。壁や天井がないから、湖からの強風も、もろに受ける。
まるで竜巻の中に躍り込んだみたい。
その中に、炎を発する巨体が――ユミールが立っていた。
「お前が……」
僕の声は、震えていたと思う。
「ユミール?」
フレイも、男の傍に控えている。
どちらも無言で、その余裕が嫌でも僕に悟らせた。
火をまとったこの男が――魔物が、ユミール。
ルゥを狙い、父さんを殺し、そして世界をもう一度食べようとしている相手だって。
短剣を構える。
迂闊に飛び込める相手じゃないけど、意識の一割くらいは僕が引き受けられるかもしれない。
神様は攻撃を続けながら、塔の周囲に浮かんでいる。包囲されても、ユミールとフレイはまるで動揺していなかった。
「リ……オン」
傍らからの声に、はっとした。
ミアさんが膝をついていたんだ。フェリクスさん、そしてサフィも同じようにうずくまっている。その後ろには、神殿長の女性も倒れていた。
みんな煤と傷にまみれていたけれど、幸い、大きな怪我はしていない。
こんな時でも、安堵してしまった。
「よかった……!」
フェリクスさんが言った。
「パウリーネ様が」
指さす先は、『霜の宝珠』。
光と土煙で、部屋中央の宝珠は見えにくい。
それでも目を凝らすと、空中にある人影に気づいた。数は2つ。
「……え?」
パウリーネさんと、ルゥだった。
2人は宝珠の上にうっすらと浮かび上がっている。魔力で織られた姿だった。この部屋で王女様と話した時に、僕は同じ様子を見たことがある。
あの時と違って、2人とも等身大だけど。
フェリクスさんが続ける。
「王都から、スキル<封印>を使い、冷気で彼らに抵抗を……!」
パウリーネさんは苦しげに宝珠へ両手をかざす。
遠い王都から、スキルの魔力を送っているんだ。だから、ユミールを押しとどめているのか。
神様の攻撃も継続している。
「リオン、下がってろ!」
「ああ! この魔物を、塔の外へ落とす」
ミアさん達を余波から守るだけで、僕は精一杯だ。精霊を封印解除して、炎や瓦礫から仲間を守る。
神様の攻勢は圧倒的。僕なんて、近づくだけで塵になってしまいそうだ。
ユミールは耐える。というより、待っている……?
『うう……』
うめき声。
真っ先に来た限界。
それは、攻防に参加するただ一人の人間――パウリーネさんからだった。
顔が痛みに歪んでいる。かざした両手はぶるぶる震えていた。
『あっ……』
パウリーネさんの姿が、揺らいだ。
後ろに弾かれて、宝珠の上から消える。
ユミールが獰猛に笑った。まとう火勢が荒ぶる。
上からソラーナが叫んだ。
「まずい!」
黄金の光でユミールを押し戻そうとする。でも、宝珠が放っていた冷気が、急速に弱まっていた。
フローシアの拳大の宝珠では、ユミールに対抗しきれないんだ!
ユミールは一瞬の隙をついて、一歩を踏み出す。
喉から声が奔った。
「やめろ!」
熊手みたいな手が『霜の宝珠』を掴む。
見ているだけで、ものすごい力が握りしめたのだとわかった。氷が割れるような音が響く。
砕かれた宝珠が、白い光となって空間中に飛び散った。
『そんな……!』
ルゥが悲鳴をあげた。
ユミールが大口を開ける。渦に巻き込まれたように、残された輝きも巨人の口へ吸い込まれていった。
辺りが静かになる。
熱波と争っていた冷気が消えて、風が収まりつつあるんだ。
口がからからに乾いている。あまりの事態に、耳鳴りがして、僕は指一つ分も動けなかった。
ユミールはうまそうに口をぬぐう。
「ふむ……これが、スキル<封印>か」
まとう火の隙間から、巨体はわずかに笑った。
「覚えたぞ」
サフィが青い顔で呟く。
「……宝珠って、封印の要なのよね? これ、消えたら……フローシアの迷宮、どうなっちゃうの?」
呆然と、ユミール、そして湖を眺める。
現れた橋で、ダンジョン島とフローシアの街は結ばれていた。もし東ダンジョンの時のように封印が緩めば、推奨レベル30の迷宮から魔物が出てくる。
それに、ユミールは宝珠を食べてしまった。
スキル<封印>を、取り込んで――耐性をつけてしまったってことになるのだろうか。
「これは、ちとまずいな」
トールが顔を歪める。
ミアさん達もボロボロ。神様はいるけれど、街を守りながら戦わないといけない。
短剣が震えてしまう。ユミールの炎が薄らぎ、装束に包まれた分厚い胸板と、太い首が露になった。
顔立ちは、岩山を切り出したみたい。今は、気持ちが伺えない無表情だ。僕らに――創られたものに何の感情も覚えていないように見える。
縮れた金髪が、強風になびいていた。
絶望が胸を掴む。
それでも、僕は短剣を握った。
虚勢でいいから、何かを守る欠片にでもなれればいい。
ユミールの巨大な目が、初めて僕に向いた気がする。深い穴に似た、黒々とした瞳だ。
『お兄ちゃん!』
ルゥの声がした。
宝珠はもうない。なのに、ルゥの姿がまだ、空中に浮かんだまま。
「……ルゥ?」
『諦めないで』
妹はキッとまなじりを決して、空中に両手をかざす。光がその手の下に――宝珠があった台座に集まっていった。
『スキル<神子>、「創造」……!』
呟かれた言葉に、フレイが目をむき、ユミールが眉をひそめる。
奇跡が、そこから始まった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は、6月8日(水)の予定です。
活動報告で改めて書影・発売情報を告知していますので、よろしければ見ていただければ幸いです。
それでは!





