表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/205

3-34:竜を退ける


 咆哮をあげる巨竜。

 強靭な顎、禍々しい牙、不気味なほど静かな瞳――そんな一つ一つから目を逸らせない。

 打ち破られた天井から光が差し込んでいる。青白いウロコと、ヴェールのように半透明な翼が、幻想的にきらめいていた。

 父さんがいなくなるずっと前、小さな頃に聞いた物語を思い出してしまう。


 洞窟に入った冒険者が、竜と戦う物語。


 状況的にはそっくりだ。

 ここは迷宮の13階層。柱がない大空間は、果てがかすんで見えるほどの大部屋だ。天井はゆうに10メートルはあるだろう。

 水晶竜が頭を高く掲げる。


 ――グウゥオオオオ!


 再度の、咆哮。

 びりびりと空間中が打ち震える。逃げられれば上等、悪くすれば気絶。そんな迫力に、勝手に足が後ずさった。

 ミアさんも、フェリクスさんも、ニルスさんも、それに戦士団やサフィも――みんな威圧されていた。

 戦士団が悲鳴を上げる。


「か、神々はっ? 替わりに戦ってもらうことはっ?」


 震える手で、僕はポーチの目覚ましの角笛(ギャラルホルン)を取り出した。

 反応はない。光ってもいないし、振動もない。

 <目覚まし>の力で神様を起こし、この竜を倒してもらうのは大きな負担になるだろう。封印が強いところでは、角笛がないと神様も全力を出し切れないんだ。


「まだです! でも――!」


 声を張り、『黄金の炎』を身にまとった。

 ぎゅっと角笛を握りしめる。


「僕らだけでもきっと倒せます! だ、だって……!」


 怖い。

 でも怖さ以上の熱が胸にある。


「王都でも、アルヴィースでも、必要な時、角笛は力を貸してくれました。角笛にいる神様が、タイミングを選んでいるんだと思います」


 王都やアルヴィースを思い出せ。本当に危ない時、必要な時、この角笛は力を貸してくれた。

 目覚ましの角笛(ギャラルホルン)には、『ヘイムダル』という神様が宿っている。


「今、角笛が反応していないとしたら……それは、今の僕達なら戦えるって、角笛の神様が信じているんだと思います」


 みんな、はっとして青白い巨竜を見返した。

 呼吸や姿勢がみるみる内に整っていく。


「神々の力は借ります。でも、戦うのは僕ら――そういう戦いなんだと思う」


 僕も青白い竜を睨み上げた。

 落ち着いて、どんな敵なのか、観察する。


 こちらを見下ろす頭は、5メートルの高さにある。首は丸太みたい。地面を踏みしめる4本足や、天井を隠すヴェールのような翼は、生き物というより砦と戦うような気持ちにさせた。

 それでも、きっと角笛にいる神様は、僕らが勝てると信じてる。


 ――お主ら、フレイヤ神の守り人か?

 ――それにしては、いくぶんか、周りの時が流れている気もするが……。


 竜は喉を鳴らし、欠伸した。


 ――まぁ、終末の前では同じこと。

 ――お主らの仲間も。上ではい回っている有象無象も。友も家族も。みんなみんな全て……喰ろうてやろう!


 竜の背では、無数のクリスタルが光を照り返している。まるで水晶の鎧を着ているみたい。

 石の一つ一つがきらりきらりと輝く。空中に無数の光が飛び出した。


水の精霊(ウンディーネ)、だと……?』


 ソラーナの呟きに、僕は声を出してしまった。


「背中の石って――まさか全部、精霊石?」


 だから『()()竜』というのだろう。

 竜の周りに無数の水球が浮かんだ。直後、水撃が雨のように降り注ぐ。

 僕らは鞭で打たれたみたいに散開した。


「か、勝つっていうけどよぉ!」


 ミアさんが舌打ちしながら足を回す。

 無数の精霊が、僕らめがけて水撃を放ち続けた。当たれば致命傷の雨。

 これじゃ……近寄れない!

 同じように素早く動きながら、ニルスさんが声を張った。


「さすがに敵が大きい! それとも君たちの敵は、規格外ばかりかっ!?」


 その辺りはごめんなさい!

 金髪をなびかせて、ニルスさんはにやりと笑う。


「……だが、かえって面白い」


 剣を振るえば、水撃が断ち斬られた。


「威力は、精霊の力に依存している! 数は多いが、一つ一つは4層目の小型竜と変わらない」


 ミアさんが斧で、フェリクスさんは魔法で、ニルスさんは剣で、それぞれ水撃をいなし始める。

 散開したからか、相手の狙いが分散していた。それに、一度見た攻撃だって思い出せれば、当時のやり方を繰り返せばいい。


「前へ、行きましょう!」


 叫んだ。

 水晶竜は鼻を鳴らす。


 ――ふんっ。


 広大な舞台。

 水晶竜は翼で舞い上がり、僕らから大きく距離を取った。降り注ぐ水撃で体力を削るつもりだろう。


火線(バル)


 隙に差し込まれた、フェリクスさんの魔法。受け止めた水の壁から蒸気が散った。

 竜が頭を高く掲げる。


 ――眷属(けんぞく)よ!


 天井に開いた穴から、いくつもの影が飛来した。招かれたのは、4層にもいた小水竜。水を操る小竜は、ボスの配下にあるんだ。


「みんな、一旦、僕の近くへっ」


 手を挙げて仲間を呼び集めた。

 神様の力を起き上がらせる。

 


 ――――


 <スキル:薬神の加護>を使用しました。


 『ヴァルキュリアの匙』……回復。魔力消費で範囲拡大。


 ――――



 ――――


 <スキル:太陽の加護>を使用しました。


 『黄金の炎』……身体能力の向上。時間限定で、さらなる効果。


 ――――



 頭がズキリと痛む。

 僕のレベルは、26。ここまで成長していなければ、一瞬で魔力切れになってしまっただろう。


「うう……!」


 魔力の減少に耐えながら、薬神様の力で『黄金の炎』をふりまく。

 ミアさん、フェリクスさん、ニルスさん、そしてサフィや戦士団――全員にソラーナの加護が行き渡った。これでもう、身体能力で遅れはとらない。


 制限時間は3分間。こんな大勢にかけるなんて、そう何回もできない。

 わずかな間に、近づいて、この敵に勝つ。

 砦のような、この竜に。


「カァアア!」


 4体の小型竜が僕らに襲い掛かる。ニルスさんとミアさんが踏み出し、得物を振るった。

 瞬間、竜は斬られ、あるいは跳ね飛ばされ、灰になる。

 この上なく頼れる前衛が、『黄金の炎』でさらに強化されていた。


「……これは」


 振り返るニルスさんに、顎を引く。


「神様の力です! 今のうちに!」


 水晶竜が怯んだらしい。

 僕だってレベルアップを繰り返して、神様の――ソラーナ達の力をさらに使えるようになっている。


 ――おのれ!

 ――眷属(けんぞく)よ!


 さらにやってくる小型竜。青蝙蝠(セイレーン)魚人(サハギン)さえもそこに交じる。

 狙いはきっと、時間稼ぎ。

 対するのは、魔法、斧、そして剣技。

 魔物の群れを押しのけて、僕らは奥へ逃げた竜を追った。

 水撃も、もう恐れない。僕自身だって見切っていた。


「みんな!」


 横一列になって突き進む。

 竜には、波のように前線が押し上がってくるのが見えただろう。

 僕は列の真ん中を進んでいた。

 左右と目線を交わすと、パーティーは笑みと頷きを返してくれる。これからの作戦は、きっと届いた。


「じゃ、あたしがやろう!」


 ミアさんが前に出る。集中する水撃。

 全てを『緋の斧』で引き受けた。


 ――近寄るなっ!


 長い尻尾が振りぬかれる。


「はっ」


 振りかざす斧と、尻尾が激突した。

 『緋の斧』が輝く。受け止めてきた魔力を、竜巻にして打ち返した。衝撃に、巨体の竜がたたらを踏む。

 その間にニルスさんが、フェリクスさんが、竜の懐に飛び込んだ。


『はは! 前衛で、砦の門をこじ開けたってわけだ!』


 トールの声が背中を押した。


『竜退治なんてのは、英雄にもってこいじゃねぇか!』


 フェリクスさんの前に、青白い魔法文字(ルーン)が奔る。


氷刃(イバラク)


 ぞくっとするほどの冷気がくる。氷が周囲の水を凍てつかせながら、水晶竜へ迫った。


 ――ちっ!


 翼を広げ、竜は逃れようとする。氷による拘束を警戒したんだ。


「竜断撃」


 先に、ニルスさんが動いていた。

 次々と生まれてくる氷柱に、スキル<剣豪>の技を叩きこむ。切られた氷の刃は、鋭さはそのままに水晶竜へ飛んで行った。

 ウロコや翼に氷の刃が刺さる。

 水晶竜が飛翔をやめ、地面を揺るがせて着地した。

 大きく翼を広げれば、それだけ当たりやすいもの。


「捕らえました」


 フェリクスさんが杖をついた。

 巨木のような前足を、氷魔法が掴んでいる。


 ――小賢しいとは、このことだ。


 水晶竜がぐばりと口を開けた。

 真っ赤な口腔。背中のクリスタルが青白く光る。

 魔力探知が、口に膨大な魔力が集っていることを告げた。

 神様ウルが叫ぶ。


竜息(ブレス)がくるよ!』


 竜種は、口から強力な攻撃を放てる。炎であったり、雷であったり――まるで吐息のようだから、冒険者の間では竜息(ブレス)と言われた。

 でも――


「目覚ましっ」


 ガントレットの左手にはめたクリスタル。

 そこから、炎の精霊(サラマンダー)を揺り起こす。


 ――グゥオオオオ!


 吐き出される水撃。

 ミアさん、そしてニルスさんがいる位置を薙ぎ払おうというんだ!


「させない!」


 ブレスに精霊の火が命中した。猛烈な蒸気を生む。かつてロキが教えてくれた通り――確かに、水には『まどわし』の力があるのかもしれない。

 フェリクスさんが呼応し、炎魔法でも蒸気を生んでいた。


 ――目くらまし?


 僕は竜へと走る。

 早く、早く、早く!

 みんなの黄金の炎と、このもやが、消える前に!


 ――剣士も、斧士も、しばらくは動けまい。

 ――最も魔力の少ない子供が……何ができる?


 敵の視界はもやに遮られている。でも、今自由に動ける僕が近づいているというのは、きっとわかるだろう。

 一撃で仕留めたい。

 二撃目を準備する間に、絶対に反撃が来る。

 それでいて、万が一、距離をとられた時の追撃も考えないと。


 ――む?

 ――なんだ、この、絶大な……?


 相手が、僕をわずかでも侮っている間に!



 ――――


 <スキル:薬神の加護>を使用しました。


 『シグリスの槍』……遠隔補助。魔法効果を槍にのせ、届ける。


 ――――



 左手に、薬神様の槍を呼び出す。

 右手には、雷神様の鎚。



 ――――


 <雷神の加護>を使用します。


 『ミョルニル』……雷神から、伝説の戦鎚を借り受ける。


 ――――



 左手の槍、右手の鎚を、僕は組み合わせた。

 トールの戦鎚ミョルニルが、戦乙女の槍に宿る。


 ――神々の、鎚……だと?


 先端に矛先と鎚を持った――巨大な長柄鎚(ハルバード)になった。

 威力も、逃げられた時の投擲追撃も、この組み合わせならやり遂げられる。


 ――お主は、一体!?


 助走、そして跳躍。水晶竜の頭は真正面。

 振り上げられた雷の長柄鎚(ハルバード)に、古代の竜は確かに目をむいた。

 浮かんだ言葉を、そのまま叫ぶ。


「ヴァルキュリアの……鎚!」


 先端に宿ったミョルニルが、脳天を打つ。轟音といっしょに雷光が巨竜の全身を貫いた。


 間近の雷鳴に目がくらみ、耳がキーンとなる。

 水晶竜が灰になり、消えていく最中。僕は遠くの壁に美しい女神様を――夢で見たフレイヤ様を見た気がした。

 フローシア・ダンジョンの未踏エリアは、きっとそこにある。

お読みいただきありがとうございます。


次回更新は、5月11日(水)の予定です。

(隔日更新ではなく、2日空きます)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作始めました! もふもふ可愛く、時々アツい、王道ファンタジーです!
転生少女は大秘境スローライフを目指す ~スキル『もふもふ召喚』はハズレと追放されました。でも実は神獣が全員もふもふしてた件。せっかくなので、神獣の召喚士として愛犬達と異世界を謳歌します~

【書籍化】 3月15日(水) 小説第2巻・漫画第1巻が発売します!
コミック ノヴァ様でコミカライズ版は連載中です!

4vugbv80ipbmezeva6qpk4rp5y4a_ba7_15w_1pr_on12.jpg

書籍サイトはこちらから!

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ