1-1:封印解除
朝の気配を感じて、僕はそろそろと寝床を這いだした。
すぐ近くで眠っている家族を起こさないよう、慎重に、ゆっくりと。冷たい床に足をつけると、寒さが一気に背中をのぼってくる。ぶるりと震えると、吐く息まで白かった。
暗い中、手探りで一階まで降り、竈に手をかざす。
「火よ」
ぽっと火が入った。
一年間の冒険者――一応、14才になる僕の正式な職業だ――としての仕事で、目に見えた成長はこの魔法だけだった。
最初の頃は大喜びしたけれど、『生活魔法』という類いのもので、もし貴族であれば赤ん坊から使えるという。
竈の灯りが、部屋をかすかに照らし出した。椅子とテーブルだけの質素な家だけど、壁には赤いスカーフがかかっている。
父さんの遺品だ。
あの人にあった冒険者の才能は、どうして僕には引き継がれなかったのだろう。
「あったかい――」
ほうっと息をついてしまう。
この魔法を覚えてからというもの、家族で一番に起きて、竈に火を入れるのは僕の仕事になった。
母さんはいつも疲れているし、妹は病気がちで早起きは無理だ。
父さんが生きていれば、また違ったのかもしれないけれど。
残りのスープを温めて、二階に戻る。
「行ってくるよ」
暗がりの中、母さんが手をあげたのがかすかに見えた。
「ルゥ、じゃあね」
最後に妹のルイシアに声をかける。
「今日の稼ぎがあれば、新しい薬も買えるから」
こほん、と咳なのか返事なのかわからないものを尻目に、僕は仕事へ飛び出した。
身を切るように寒い。それでも足は次第に軽くなった。
きりりと冷えた朝には、ほんの少しのご褒美がある。
辛くて冷たい夜。
けれど、東の空がだんだんと白んできて――今だ。
かっと朝日が差し込んできた。
紫、橙、白、そして青。王都の城壁から顔を出した太陽が、ゆっくりと空の色を変えていく。光に洗われて、僕の心も石畳と一緒に輝きそうだ。
僕の朝は人よりも早く、暮らし向きも、たぶん人よりも悪い。それでも朝日がこんなにもきれいだと知っている。
「今日は晴れだな!」
本日の明るいニュースだ。本日最後の、かもしれないけどね。
自分の考え方に苦笑しながら、しばらく石畳を進んで仕事場に辿り着く。
高い建物が密集したエリアだ。王都は城壁で囲まれているから、僕らのような庶民はだいたいが四階建て以上の建物を、何家族かと分け合って住んでいる。
すぅ、と息を吸う。
冷たい空気が胸に満ちていく。同時に僕のスキルが起き上がった。
「朝ですよぉ~!」
頭に神様の声が響く。
――――
<スキル:目覚まし>を使用しました。
実績(9953回)
――――
10から15才の間に、人は神様から特別な力をもらう。
これはスキルと呼ばれていた。
僕も、有用なスキルをもらって活躍することを夢見ていたけれど。
「朝ですよぉ~!」
繰り返しながら、ちくりと胸が痛む。
『役立たず』『外れスキル』『追放だ!』――そんな罵倒が頭を過ぎったせいだ。
周りが騒がしくなってきた。
「お、朝か!」
「くそ、今日も寒いな」
「あ~、でもなんかすっきり起きれるな」
冒険者は基本的に声がでかい。
耳をすませるとそんな声が聞こえてくる。やがて次々とドアが開き、住んでいる冒険者や職人の皆さんが突風のように過ぎていく。
ぽんぽんと大家さんが僕の肩を叩いた。
「はい、これ。今日のお駄賃よ、起こし屋さん」
僕が神様からもらったスキルは『目覚まし』。
つまり、誰かをすっきりと目覚めさせる能力だった。
……うん。
…………うん、って感じだよね!?
授かるスキルは、冒険者を目指す人であれば『剣士』や『槍士』、『魔法使い』など実戦的なものが望ましい。
スキルが目覚ましってなんだろう?
僕はこれからも冒険者を名乗っていけるのか、そもそも他の仕事に就けるのか、まるっきり疑問だった。
スキルありきの世界で、外れスキルは生涯不遇ってことなのだ。
物陰に引っ込んで代金を確認する。
「……銅貨、10枚か」
最初の稼ぎだ。
今日の分を貯めれば、妹へ肺の薬が買える。どんどん具合が悪くなってるから、少しでもいいものを買わないと。
もう何区画かを起こして回る。休んでいる暇なんてない。
さっきのようにスキルで一区画丸ごと起こす場合は楽なのだけど、階段を上って一部屋一部屋の扉を叩かなくてはならない場合もある。
さらにこの後は、一人でダンジョンに潜って稼がないといけない。だから足を回して急ぐ。
「今日もありがとう」
そうお礼をくれるのは、古道具屋のおやじさんだった。
「君の目覚ましは正確で助かるよ」
ふくよな頬でにっこりと笑ってくれる。きれいな細工のついた懐中時計を確認し、ますます目を細めた。
「一年間、一回の遅れもない。雨の日も風の日も、駆け回ってスキルを使っていくのは大変だっただろう」
「……王都は庭みたいなものなので」
父さんから、冒険者の修業代わりに色々な仕事を請けさせられた。王都には野山はないけど、代わりに人と階段がある。
経験と土地勘が起こし屋でも役立った。
僕は頭をかく。
「でも、当然です。仕事だから」
「その『当然』が難しいのじゃよ。知り合いも増えたじゃろう。そんな知り合いとして、一つ贈物をしようか」
そういっておじさんが渡してくれたのは、なんと金貨だ。
「君の家族のためになる……かな?」
あまりのことに僕は金貨を取り落としそうになる。あわわとお手玉してしまった。差し込む陽光がコインをきらめかせている。
「こ、こんな高いもの……!」
2週間分の食費だ。
おやじさんは僕に向かって片眼を閉じる。
「なぁに、毎日ご苦労さん。君のスキルで起こされると、不思議とその日は絶好調なのじゃ。少年への正当な報酬というやつじゃよ」
ほっほ、と笑っておやじさんは去って行く。
呆然として、僕はもらった金貨を太陽にかざしたりしていた。
みたこともないコインだ。目を閉じた少女が彫られていて、今にも話し出しそうなほど精巧だ。
「きれい、だけど……? 見たことない図柄だな」
「ようリオン」
後ろから、声。ぎくりと背が強張り、ぎぎぎと後ろを振り向いた。
「ギデオン――さん」
「まだそんなアルバイトやってるのか?」
振り向いた瞬間、声が出せなくなった。魔法だ。
臀部に冷たさを感じて、引き倒されたのだと気づく。見上げると、整った顔立ちの男が薄ら笑いを浮かべてこちらを見下していた。
「来い。集金だ」
首根っこを掴まれて、僕は路地裏へ引きずられた。お供がニヤニヤしながら後ろをついてくる。
ギデオンは繰り返した。
「リオン、カネをだせ」
「か、カネ?」
ギデオンは誰かに見られていないか、辺りを睥睨する。お供に防音の魔法を使わせて、助けを呼べないようにしたのが気配でわかった。
「利息だ」
僕は起き上がり、震える声を出した。
「ひ、必要なカネは、返しただろう」
ギデオンは昔所属していたパーティーのリーダーだった。貴族の出身で、妹の病に効くレアアイテムを頭を下げて売ってもらったことがある。
大判金貨10枚という法外な値段を、僕はつい先月返済をしたばかりだった。
「利息がまだだ」
「そ、んな……待ってくれるって」
「今すぐ返せ」
ぎゅっと手を握る。
「い、今は、無理だ。必ず返すよ、でも今日はすぐにでも新しい薬が要るんだ」
「妹か? ふぅん、しかしこれで死んだとしても、それが彼女の運命だったんじゃないかな」
寒さとは違う震えがきた。それでもこの男を前にすると、僕はいつも縮こまってしまう。
「どうして、急にそんなことを」
「へへ。それはな、お前を痛めつければ……!」
お供が口を開いたのを、ギデオンが手で制した。
「仕方がない。では冒険者式に、無理矢理にでも取るしかないな」
ギデオンが一瞬で距離をつめ、僕の額を思い切り殴りつけた。スキルを使った、容赦のない強力な一撃。
相手は貴族だ。しかも優秀な戦闘スキルを備えている。
「平民で、外れスキルのクズが、冒険者を目指そうとしているのが目障りだったよ……」
ギデオンは僕に囁いた。
「父親が優秀な冒険者だったというから、平民でも一度はパーティーに入れてみた。ほんのお試しだったが……想像以上の外れスキルで、とても、とても笑えたよ」
そのスキルが僕の体に打ち付けられていた。
骨と肉が悲鳴をあげる。
涙が出た。
悔しい。痛い。
それでも、今日の稼ぎは守らなければ。家族に、妹に、薬を買ってやらないと……!
「やめ、て……!」
おやじさんからもらった金貨が、もぎとられそうになる。
必死にスキルを立ち上げた。
でも『目覚まし』がなんになる。
強さがほしい。優しさだけじゃなく、それを貫く強さがほしい。
「でも、守らないとっ!」
目覚ましよ、悪夢をさましてくれ。
その時、頭に声が響いた。
――――
<スキル:目覚まし>を使用しました。
実績(10000回)
『封印解除』が使えるようになりました。
――――
奪われそうになった金貨が光輝いた。彫りこまれた少女、その閉じていた目がぱっちりと開く。
僕はぽかんとしてしまった。
だって、ありえないもの。金貨の絵が弾けるように笑うなんて。
「あなたですか?」
コインの中から女の子は話し出す。
「わたしを目覚めさせてくれたのは!」
金貨が空中に飛び出す。そこから白く長い『足』が突き抜けて、ギデオンの顎を蹴っ飛ばしていた。
第2話は本日9時頃に投稿いたします。
【お願い】
『先が気になる』、『面白そう』と思って頂けましたら、ブックマーク、評価、感想をいただければ幸いです。
評価は広告下↓の【☆☆☆☆☆】からです。
応援を頂けると励みになります。