36:帰りの挨拶
「うぅ、またここに来ることになるとは思わなかった……」
ロゼッタはどんよりした表情で、屋敷を見上げる。
ここは――母の実家。
シャリリア領に来た際に挨拶へ来て、門前払いをされた場所だ。まさか帰りにも来ることになるとは、思わなかった。
「挨拶に来ましたっていう振りだけ、少しの辛抱だ」
「うん……。付き合ってくれてありがとうねルイ」
「婚約者だからな」
ルイスリーズは苦笑しつつ、シャリリア伯爵家の門を叩いた。
***
魔石を加工して作られた匠のシャンデリアの照らす室内で、ロゼッタは緊張で固まっていた。
せっかくのふわふわのソファも、テーブルの上に並んだ美味しいケーキも、窓の外から見える美しい景色さえも、ロゼッタは何一つ楽しむことができないでいる。
というのも――応接室に通されてしまったからだ。
「どういうこと? 遠征前に来たときは門前払いだったのに……なんで今更迎え入れてくれるの? 意味がわからない……あっ、もしかして闇属性の孫は殺しておいた方がいいっていう結論になって、招き入れられたとか? ルイ、私たち逃げないとやばいかもしれない」
「落ち着け」
呼吸を忘れる勢いで喋るロゼッタに、ルイスリーズは果実水を勧める。まずは喉を潤し、その激しい思い込みをなんとかしろと思っているようだ。
「いくら伯爵が闇属性を忌避してるからと言って、そんなことをするわけがない。というか、手練れの暗殺者数人を集めたくらいでは、私とロゼッタを殺すことは不可能だ」
だから冷静になれと、ルイスリーズに諭されてしまった。
「でも私、魔法は強いけど物理は弱いよ……」
ナイフが飛んできたら、刺さる自信がある。
ロゼッタがそう告げると、ルイスリーズはやれやれと肩をすくめた。
「私が守るから、いい子で座っていてくれ」
「……うん」
ぽんと頭を撫でられて、ロゼッタは縮こまる。別にドキドキしたわけではなくて、たんに触れられたから落ち着かないだけだ。
しばらく待っていると、ノックの音が響いた。
「――どうぞ」
ルイスリーズが返事をすると、年老いた男性が顔を出した。どうやら、シャリリア伯爵本人のようだ。
(この人が、私のおじいちゃん……ってこと?)
シャリリア伯爵は膝をつき、ルイスリーズとロゼッタへ敬意を示した。
「私はシャリリア伯爵の当主、ハウエル・シャリリアと申します。先日は門前払いをするという無礼、大変申し訳ございませんでした」
「――!」
素直に謝罪の言葉を口にした祖父――ハウエルに、ロゼッタは目を瞬かせた。
(だって、母方の祖父は闇属性を酷く嫌ってるはず……だよね?)
口をきくどころか、姿を見るのも嫌なのでは……と、ロゼッタは思う。それは、自分のことを見てひどく取り乱した母を覚えているからよくわかる。
ロゼッタの祖父、ハウエル・シャリリア。
落ち着いたダークブラウンのジャケットに身を包み、顎髭を生やした男性だ。
もう六〇歳になることだろうに、がっしりした体つきで、鍛えているのだということがわかる。
ルイスリーズは驚いているロゼッタを気にせずに、「理由はあるのか?」とハウエルに問いかけた。
すると、ハウエルは「何から話せばいいのか」と困った表情を見せた。冷たさがまったくないその様子を見て、ロゼッタも耳を傾ける。
「いやはや……自分でもどうして、ここまで闇属性を危険視していたかわからないんですよ。今はそうですね、頭にかかっていた靄が晴れた――というような感覚があります」
しかし言葉ではどうとでも言えると、ハウエルは力なく首を振る。
「我が伯爵家では、代々闇属性を忌避してまいりました。この世からいなくなればいいとすら、思っていたくらいです。ただ、どうしてそう強く思っていたのかと問われてしまうと――明確な理由はありません。闇属性はあってはならないものだと、そう自分の中に刻まれているような気がしています」
「……なるほど」
ハウエルの言葉を聞いて、ルイスリーズは口元に手を当てて考える。
おそらく、ロゼッタとルイスリーズの出した結論は同じだろう。それは、泉の森にいた光の妖精が関わっていた可能性が大いに高い。
(それに、ノワールの話では……光の妖精が大地の力を自分に取り込んでいたから、この地は不作だと言ってた)
――つまり。
シャリリア伯爵領は光の妖精に大地のパワーを吸い取られていて不作で、さらに闇属性を嫌う暗示のようなものをかけていた――ということになる。
それも、ずっと昔から。
まとめると、怒りが込み上げて仕方がない。
これでは全員が、光の妖精の被害者ではないか。
「大切な孫娘に、私はなんと酷い仕打ちを……謝っても許されるものではないとわかっているが……本当にすまなかった、ロゼッタ……」
力なく床に崩れるハウエルを見て、ロゼッタは慌ててソファから立つ。ハウエルだって、光の妖精の被害者なのに。
ロゼッタはハウエルの前へ行くと、そっと手を差し伸べた。
「おじいちゃん」
「――! こんな私でも、おじいちゃんと呼んでくれるのか!?」
「きっと、悪い何かがいて……おじいちゃんをおかしくさせていたんだよ。今はもう、大丈夫なんでしょ?」
「あ、ああ……」
ハウエルはロゼッタの問いに力強く頷いて、ぎゅっとロゼッタの手を握った。
「温かいな……」
見ると、ハウエルの瞳からは大粒の涙がこぼれていた。きっと、何年――いや、何十年もの時間を光の妖精のせいで台無しにされているはずだ。
ロゼッタが同じ立場にいたら、悔やんでも悔やみきれないだろう。
「これからは……おじい様と、それからお母様も一緒に、みんなで楽しく過ごすことができたら嬉しいです」
そう言ってロゼッタが微笑むと、ハウエルは「ああ」と何度も返事をした。
「ありがとう、ありがとう……ロゼッタ」





