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彼方の星のミソロギア  作者: このは
23th:死を超えろ! 襲い来る悪魔たち
98/114

98:星の神語り(8/20)~黄金の果実

 通信機越しに、あるいは直接聞こえてくるルゥコの声は、天宮(あめみや)(てらす)にとって救いの声にも思えた。思わず笑顔が浮かび上がるが、目の前のアリスティアは照に暇を与えない。


「ルゥコちゃん!?」


 アリスティアの爪を振り払う照。だがアリスティアの猛追は止まらない。剣戟を重ねながら、照はルゥコの言葉を待つ。


「みんなおかしいんです! 味方同士で戦い初めて……」


 ルゥコの声がくぐもって聞こえる。その言葉尻が消え入りそうだった。だが、その先の言葉を想像するのはあまりにも容易かった。

 ――――エルタイル君やカンマ君も。

 照は降り掛かってくる爪を払いながら、ルゥコに問いかける。


「ルゥコちゃんは平気なの!?」

「はい!」


 何故。その理由は、先程悪魔が説明してくれた。今、照たちの直上で、味方同士の戦いを下卑た笑みで見下ろしている悪魔が。

 『反信頼(アンチトラスト)』、その理は対象者の霊感によってそのかかり具合が異なる。

 つまり……


「そうか。ルゥコちゃんは霊感が強いから……ッ!」

「余所見をするな!」


 再び切り結ぶ照とアリスティア。アリスティアは照に考える暇すら与えない。だがこのまま戦えもしない。照とアリスティアが本気で戦ったら、どちらかが死ぬしかない。そのことは地下都市アインでの戦いでわかっていた。


「天宮さん!」


 ルゥコが声を上げる。照にはそれに答える余裕もない。


「くそっ……どうすれば……!」


 襲いかかる爪を払って、躱して、払って、躱して。反撃のできない戦いが続く。鳥の精霊の背に乗って佇むルゥコは、その光景を見て何を思うか。

 ……いや、ルゥコが見ているのは照とアリスティアの戦いではなかった。

 その向こう。今なお宙に漂う2隻の(ふね)


「……あの悪魔を倒せばいいんですよね?」


 不意に、ルゥコが呟いた。その声が通信機を介して照に伝わる。


「そうだけど、なにか考えが?」


 照は聞き返す。その最中、少し意外に思った。今までルゥコは自己主張が弱めの引っ込み思案な性格、悪く言えば流されやすい性格だと思っていたから、自分からこういうことを言う子には思えなかった。

 だが今、ルゥコは自らの考えを言おうとしている。それが意外だったのだ。……というのは、すこし失礼に当たるだろうか。

 そんな思案はともかく、ルゥコは照の問いかけに頷いてみせた。


「あります。……少し突飛だけど」


 爪を振り払い、アリスティアを蹴り飛ばす。そうして生じた僅かな隙を縫って、ルゥコを見やる。

 その顔には確かに不安もあった。だが、それに負けないくらいの確信があった。

 照はわずかに笑みを浮かべ、そして言った。


「……そう。じゃあ任せた!」

「はい!」


 ルゥコは力強く答えた。



   ・・・



 照とアリスティアが激しく斬り合う光景を尻目に、ルゥコは白い翼の精霊を羽ばたかせる。高く、空高く。目指すは蝿のような悪魔、ラスト。……ではなく、そのさらに上空の(ふね)

 震える身体を力で抑え込んで、ルゥコは強く拳を握る。2番艦へと辿り着き、その艦体に触れる。

 これで仕込みは一つ完了。あとは……


「照さんが任せてくれた。私は任された。だからやるんだ。みんなのために……」


 ルゥコは悪魔ラストの眼前に躍り出る。そして、ラストを睨めつけて、叫んだ。


「やるんだ! 炎霊の腕(ブラキオラス)!」


 精霊に合言葉を告げると、燃える鶏冠(とさか)の鶏のような精霊が姿を現して、炎を吐いた。その炎はルゥコの右腕に巻き付いて、ルゥコの意のままに操れるようになる。その炎をまとった腕で、ルゥコは遠く離れた悪魔ラストを殴るようにして突き出した。すると右腕が纏った炎が堰を切ったように飛び出し、ラストめがけて飛んでいく。

 ルゥコの放った炎がラストを襲う。舐めるように、ではない。強い炎は高い圧力を生み出す。その炎はラストの身を殴るように圧迫する。

 だがラストは意にも介さない。


「人間、死にたいみたいだね!」


 ルゥコの炎を振り払うと、ラストは光の羽を出してルゥコに突撃する。その勢いたるや怪鳥の如く。

 だが、ルゥコはその攻撃を読んでいた。

 先の攻撃は、ラストの意識をルゥコに向けさせることが目的だったのだから。

 攻撃が来るとわかっていれば、後はどうすれば良いのか簡単にわかる。たとえそれが、悪魔であろうとも。


羽の身体(プテロン・ソーマ)!」


 ルゥコはその突撃に際し、その合言葉を放った。すると、ルゥコの身体が軽くなる。そしてルゥコは白い翼の精霊から飛び降りた。

 ラストの突撃を、羽が舞うようにひらりと躱す。……否、躱したのではない。ラストの突撃は当たらなかったのだ。

 ラストの巨体による突撃は、強力な風圧をもたらす。光の羽にも同じことが言える。その風圧に晒されたルゥコは、その羽のような重さによって自然と宙を舞ったに過ぎない。もちろんそれは身体への負担がかなり大きいが、攻撃を食らうよりはましである。

 そして、対になる巫術の合言葉を、ルゥコは唱える。


鉛の身体(モリュブドス・ソーマ)!」


 身体を鉛のように重くして、ラストめがけ落下するルゥコ。これに対し、ラストは怪訝な素振りを見せる。こちらの考えを読んでいるのか。だが、もうこれは賭けだ。やるしかない。

 結局、ラストは避けるが、すれ違いざまにルゥコの右手はラストの体に触れた。

 これで条件は整った。


「よし……後は……!」


 ルゥコは巫術を解いて、再び白い翼の精霊に乗ると、上空に鎮座する(ふね)を睨む。今やそれは2番艦と3番艦の撃ち合いではない。船の中での内乱の様相を呈していた。

 そんな(ふね)の仲間たちを思うと、少し気が重い。こんなことで終わるなんて、悔しいと思う。

 今から自分がすることを考えて、体中に怖気が走る。まさかこんなことを自分がすることになろうとは、思いもしなかった。

 でも。だからこそ。


「機関部は……あそこ。あそこを壊せば!」


 だからこその賭けなのだ。


「落とせ! 金剛の矢(アダマス・ヴェロス)!!」


 その合言葉とともに、全身にダイヤモンドの毛を持つ蜘蛛のような精霊が姿を表した。蜘蛛がその腹部を後ろ足で蹴ると、ダイヤモンドの毛が宙に舞い散る。ルゥコはそれを同じく呼び出した風の精霊によって一定の方向へ向け、放つ。

 ルゥコの放ったダイヤモンドの矢の雨は宙に浮かぶ2番艦へ向かう。ダイヤモンドの矢が命中した2番艦は機関部を損傷し、爆発を起こす。そして、船体が地に傾いた。

 これを見て、下方でアリスティアと戦う照は驚きのあまり声を上げる。


「なっ――――ルゥコちゃん!?」

「何をするかと思えば……そんなことか人間!」

「いいんです、これで!」


 そう、これでいいのだ。

 ルゥコの狙いこそ、(ふね)を落とすことだったのだから。

 ――――もしもの時は、(ふね)を落とすんだ。

 それは、悪魔の世界に入る前にカンマがルゥコに告げた言葉だ。あの時は意味がよくわからなかったが、今ならわかる。

 カンマがそう言ったということは、こうすることで未来が変わるということだ!

 そうなると気がかりなのは船員たちだが、それにも考えがある。


「精霊たちよ、お願い!」

「おうよ、任された!」

「ホホ。まあ仕方あるまい」


 景気よく答えるサーネスと、渋々答えるアーティファ。この2体の精霊を中心にして、精霊たちが2番艦へと向かっていく。

 精霊たちの手によって船から掬い出される船員たち。2番艦の乗員140名、全て回収された。中には同士討ちによる負傷者、重傷者までいるが、そちらは治療を受ければなんとかなる。問題はその後。もう動かないものがその中に含まれていたことだ。


「っ――――」


 悔しい気持ちとやりきれない思いを振り切って、ルゥコは黄金の果実を投げた。その向かう先は、たった今ルゥコが攻撃した二番艦の船首の真下。

 その行為の意味をつかめず、悪魔ラストは立ち止まる。

 だが、それこそが穴。決定的な隙だった。


「何をする気だ……!?」

「っ――――そうか、量子果実(クリュソミリア)で落ちる(ふね)の下に移動させれば……!」


 悪魔は狙いを理解したのか、ルゥコに狙いを定め再び突撃する。

 だが時既に遅し。悪魔ラストはルゥコがその力を発動するに足る隙を、既に十分与えてしまっている。

 艦首から地に落ちていく2番艦、その予想墜落地点にリンゴは落ちた。


「下敷きになれ、悪魔! 量子果実(クリュソミリア)!」


 瞬間、船は処刑場跡に墜落し、爆炎を上げる。

 その直前、艦体の真下に落ちたリンゴが光を放ち、悪魔の魂、その情報を置換したのをルゥコは見逃さない。

 結果として、悪魔は艦体の下敷きとなった。

 伝わる熱と圧を放つ爆風。そして立ち込める黒煙。

 その中で、悪魔ラストは(ふね)の瓦礫を退けて吠える。


「おお……おおおおおお!! 何ということだ。この僕が、この僕がしてやられるなんてえぇぇ――――!!」

「っ、まだ生きてるの……?」


 (ふね)の墜落を受けてもなお、悪魔ラストは生きていた。

 だが――――


「往生際が……悪いんだよ!」


 縦に走る一閃。隙を見た照がラストの背後を取っていた。

 悪魔ラストは照に切り裂かれ、巨大な火柱を上げて爆散する。

 それを見て、ルゥコは胸をなで下ろした。


「っ――――あれ、妾は一体……」


 悪魔ラストの『反信頼(アンチトラスト)』の効力が消えたのを確認したのは、それから程なくして、アリスティアが正気に戻ったのを見てのことである。


「魔王様。よかったぁ~……」

「……テラス。その……」


 疲れが決壊したダムのように溢れ出る照。

 申し訳無さそうに照を見るアリスティア。

 お互い顔を見合わせて、冷や汗を一筋。


「あー……覚えてたりとか、する?」

「う、うむ。ばっちりな……」

「…………」

「…………」


 気まずい沈黙。

 それを振り払うかのように、ルゥコは二人の間に入る。


「ま、まあ悪魔は倒したんだし、細かいこと言いっこなしで、どうです!?」

「そ、そうじゃな……」


 三人は墜落した2番艦を見やる。そして精霊たちにより救出された船員たちを。負傷者は半数ほど、うち重傷者は20名、死傷者は4、5名……といったところか。今頃彼らも正気に戻っているだろうが……。


「…………しかし、ひどいもんじゃの」

「船の残りは3番艦だけか……」


 宙に佇みながら、アリスティアと照は呟く。アリスティアは死傷者を見つめ、照は(ふね)を見つめながら。


「……いや、(ふね)に関しては心配いらんじゃろ」

「え……?」


 アリスティアの言葉に対し、疑問を投げかける照。そんな照には答えず、ルゥコを見やり、アリスティアは言う。


「ルゥコ、できるか?」

「はい、魔王様」


 ルゥコは頷いて、両の手の指を合わせて呟いた。


「――――量子果実(クリュソミリア)


 すると、完全な状態の2番艦が、たった今まで黒煙を撒き散らしていた艦体に代わって現れた。

 量子果実(クリュソミリア)、その無生物への応用である。

 それを見て、照は目を見張った。


「すご……こんなことできるようになったんだ」

「魔王様のお陰ですよ」


 決戦までの準備期間中、ルゥコはアリスティアの助言に従い、量子果実(クリュソミリア)の無生物への拡張を試みていた。その成果が、今ここで現れたのだ。……とはいえ、さすがにこの規模の魂の置換を行うのはそれなりに負担がかかる。

 それに、既にその生命を散らしてしまったものの魂を呼び戻すことはできない。今回の死傷者に関して言えば、質料果(ヒュレー)を取得している暇すらなかった。そもそもの話、何百人もの質料果(ヒュレー)を持っているなど現実的では無いので、どうしようもなかった。そう考えるしかなかった。


「さあ、体勢を立て直すぞ。悪魔は残り3体。くれぐれも油断せぬようにな」


 アリスティアの言葉に、照は皮肉とともに相槌を打った。


「そうだね。今度は裏切らないようにするよ」

「……それを言うなそれを」


 アリスティアはしかめっ面をして返すだけだった。


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