96:星の神語り(6/20)~生き残るために
爆炎に呑まれ消滅していくカイトゥールを、悪魔リフューズはただ呆然と眺めていた。それは自らの力を利用されたことに対してなのか、それとも同胞であるカイトゥールを倒されたことに対してなのか、あるいはその両方か。
ともかく、リフューズは今ただ棒立ちでいる。その四つの腕をだらんと下げて。
「バカな……カイトゥール……」
悪魔の泡混じりの声が小さく響く。悪魔にとってこの出来事がもたらした衝撃はいかほどのものか。
「まさか、我の力を逆に利用したというのか……」
榴弾モードの誘導砲をリフューズに晒し、榴弾と力場を接触させ、その爆発を利用し悪魔カイトゥールを葬る。それがカンマの唱えた作戦だった。そして今、その作戦は綺麗すぎるほどに決まったのである。その恐ろしさを理解できたのは、カンマの作戦に嵌められたリフューズ以外にはソフィアしかいなかった。
カンマの未来視に戦慄すら覚えながら、呆然とするリフューズの背後を取るソフィア。リフューズの背中に触れ、そのまま神威を叩き込む。
「――――無限なる知恵の矢、我に」
無数の矢がリフューズの内部に押し寄せる。それらは悪魔が内包する世界に入り込んでいく。圧縮された空気が解き放たれ、内部からの大爆発を引き起こす。その爆発は悪魔の内部に留まらず、その体表、体中の穴という穴から爆風が漏れ出てくる。やがてそれは空中に根を張り枝を伸ばし、赤と黒が入り交じる木のように成長する。
無限なる知恵の矢、我に。風の矢を無数に生み出し放ち、一点に収束した空気を破裂させ、敵を内部から崩壊させる神威である。この超大規模の攻撃は、悪魔に対して必殺の一撃となるだろう。
「ぐおおおおおぉぉぉ……!」
悪魔リフューズは苦悶の叫びを上げる。燃え盛る身体を振り、自らの内から溢れ出る爆風を抑え込もうとしているかのようだ。
それを見て、ソフィアは吐き捨てるように言う。
「よそ見してるからだ、阿呆が」
そして、再びの大爆発。光と熱が辺りに飛び散る。爆炎に煽られ、ソフィアとクラウンの身体は踊る。だが体勢を崩すまでには至らない。
爆発は収まり、辺りに爆煙が立ち込める。その中心をソフィアとクラウンは注視する。さすがに生きてはいまいが、万が一ということもある。
爆煙が晴れる――――
「ソフィア様……」
「ああ……」
悪魔リフューズ、未だ健在。
しかも四本の腕もまだ生きている。
「…………貴様ら……!」
「しつけえやつだぜ……!」
リフューズはソフィアとクラウンを、顔の双眸と四つの腕の眼で睨めつける。射抜くような視線だ。それでソフィアとクラウンが怯むことはまず無いが、それでも威圧的な何かを感じずにはいられない。
「許さぬ……許さぬぞ……! 我が力をかい潜るばかりか、逆に利用して我が同胞を殺めるなど……!」
四つの腕と体と、声を震わせるリフューズ。
そして、咆哮を上げる。
「絶対に許さぬぞ!!」
その音圧が空気を大きく震わせ、その振動がソフィアとクラウンにも伝わってくる。そして……怒りに狂えるリフューズは、その四つの腕をソフィアとクラウンに向けた。
右腕は炎。左腕は水と氷。下腹部の腕は地。背中の腕は風。リフューズのそれぞれの腕は、四つのエレメントに対応する。そのそれぞれで以て、最適な攻撃を繰り出せるのだ。
そして今、リフューズの腕のエレメントはその全てが解放された。炎、水、地、風、全ての入り混じったその攻撃は、まさに嵐の如く。
右腕の眼から溢れ出した炎は腕を覆い、左腕の眼から溢れ出した涙は逆巻く竜のように成る。下腹部の腕が叩き割った地面は瓦礫となり宙を舞い、その全てを風が巻き込み舞い上げていく。それはまさしく属性災害。
その攻撃が放たれれば、ソフィアとクラウンは必死。
だが――――
「平伏せよ、其は王の御前なり!」
その必殺の攻撃が放たれることはない。クラウン最大の神威によってリフューズの力は奪われた。行き場を失った嵐は霧散し、瓦礫は地に落ちる。
身動きの取れぬまま、リフューズは呟く。
「ッ……何、だと――――」
「今です、ソフィア様!」
今、リフューズの"眼"は全て、前方に向けられている。ということは、後方からの攻撃が反射されることはない。これは、怒りに身を任せたリフューズ唯一にして最大の隙!
いつの間にやら、ソフィアは悪魔リフューズの背後に回っていた。そして、太刀を振り上げ――――
「うおぉぉあああぁぁぁぁ!!」
大きく振り下ろした!
ソフィアが悪魔リフューズを両断する。その太刀筋が閃光のように光り、天へと昇るかのようだった。
「ア……ア……」
断末魔、そして爆散。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」
巨大な火柱を上げて、悪魔のその巨体は崩れ去る。その火柱は暗雲を裂き、僅かの間ではあるがペイラ列巌山に光を取り戻した。
――――こうして、悪魔リフューズはここに倒された。
・・・
立ち上る火柱を遠くから眺め、艦にいる勇士たちは沸き立つ。
「や、やったのか……?」
「あ……悪魔を倒した……!」
「やったぞ!」
「おおおおおおおお!」
そんな彼らを傍目に見ながら、天宮照たちは火柱の先の虚無の樹を見据えていた。
「これで一難去ったね……」
「でも、また一難だ」
……そう、まだ彼らの戦いは始まったばかりなのだ。悪魔を全員倒し、虚無の樹を焼き払うまで、勇士たちには息をつく暇もない。
それを分かっているのか、悪魔撃退を示す火柱には目もくれず、照たちから離れた場所で、船員たちが慌ただしく作業をしている。
「クライブ監督官、艦の復旧作業完了いたしました!」
「観測班から報告! 神々、悪魔撃退に成功せり!」
「仙術使いより報告します! 負傷者の八割の処置完了! みなすぐに戦線に復帰できるとのこと!」
それぞれの報告を聞いて、クライブ監督官は呟く。
「準備は整ったか……」
艦の墜落より30分。少しばかり時間はかかったが、これで再び虚無の樹を目指すことができる。
2番艦、3番艦からも同様の報告。
それを確認すると、クライブの傍らのマールが言う。
「いけますね、監督官」
その言葉に頷き、クライブは号令を発する。
「総員、配置に付け! 現時刻をもって本艦隊は再び離陸する! 虚無の樹へと進路を取れ!」
「了解! 離陸シークエンスに入ります!」
……だが、そううまく事が運ぶことはないのが世の常である。
その報せは、観測班よりもたらされた。
「後方より黒紋獣の群れを確認!」
クライブが南方を見ると、暗雲の中に黒い影の集合体がちらつくのが分かった。それは言うまでもない。黒紋獣だ。奴らは追ってきたのだ。
……否、それだけではない。四方八方から黒紋獣はやってくる。こちらは飛行型ではない黒紋獣たちだった。
「ムゥ……こんな時に……!」
クライブは唸った。離陸直前を狙われればひとたまりもない。だが、何故今なのだ。今になって奴らは現れ――――
そこまで考えて、クライブは結論に至った。
黒紋獣は悪魔の影響により生まれた獣たちとはいえ、悪魔の眷属というわけではない。となれば、本質的に悪魔を恐れるのだろう。そう、今までは悪魔の存在により黒紋獣たちは身を潜めていたのだ。
それが悪魔の存在が消えたことにより活性化した。故に今はこうして艦にいる人間を襲いに来ているというわけだ。
まさに一難去ってまた一難……とやらだ。
クライブは焦りからか、艦の状況を鑑みずに指揮を執る。それは誰の目から見ても失策に思えた。
「誘導砲、発射用意!」
「ダメです、砲身のクールダウンにあと200秒かかります!」
「ならば全速力で振り切れ!」
「無茶言わんでくださいよ! 浮遊場の安定まで60秒、そこから最高速まで80秒! どう考えても追いつかれます!」
「戦闘員を配置につかせろ! 精霊たちと共に艦を守れ!」
「それもとっくにやってます! 下手な指示出しするくらいなら黙っててくれますか!」
緊張と焦燥がその場を支配する中で、苛ついた船員がクライブに荒れた言葉を投げかける。船員にクライブへの尊敬の念が無いわけではないが、少なくとも今この瞬間だけはクライブの言葉が鬱陶しく思えたのだ。
これに対しクライブ、感情的な言葉を返す。
「何だと、貴様監督官に向かって――――」
「言ってる場合ではないでしょう、クライブ監督官!」
それを言葉で諌めたのはマールだった。
クライブがマールの顔を見れば、その顔もまた焦燥の色が伺えた。だがそれを必死に隠そうとしてもいた。
そうだった。今この場において、指揮官が焦りを見せてはそれが他の全員に伝わる。そうなれば指揮系統どころか全体のパフォーマンスがガタ落ちする。
「だがこの状況、どうすればいいのだ……!」
口惜しげに呟くクライブ。ここまで来て打つ手なしとは。
今、3隻の艦に黒紋獣たちが接触するかに思えた。
思わず甲板の後方にいるカンマを見る。
その顔はとても落ち着き払っていた。カンマだけではない、照も、エルタイルも、ルゥコもだ。
「問題ない、とでも言うのか……?」
艦体をすり抜けて、黒紋獣が艦の中へと侵入しようとするその間際。
突如、その黒紋獣が見えない何かによって切り刻まれた。
その個体だけではない。艦に接触しようとしていた黒紋獣たち全てが、風の刃によって切り裂かれたのである。
驚いて周囲を見回すと、艦の上方にソフィアの姿が。2番艦と3番艦の方にはクラウンが、その神威で以て黒紋獣の動きを封じている。
「――――大変そうだな」
艦に響き渡るソフィアの声。拡声の神威を使って、その声は3隻の艦全てに響いていた。
「っ……ソフィア様、クラウン様」
「私達が手を貸しましょう」
遠くから聞こえてくるクラウンの声。
「ですが、お二方は……」
「おいおい見くびるなよ。黒紋獣くらいどうってことないぜ」
「今は何よりも、あなた方が虚無の樹へたどり着くのが先決です」
沈黙。答えあぐねるクライブと、俯いたままのマール。
不意にマールは顔を上げ、全艦に指令を下す。
「……虚無の樹へ向けて全速前進! 後方は神々が受け持ちます!」
「マール代行官!?」
クライブはマールの指令に耳を疑った。確か作戦では、対悪魔の戦力を全力を上げてカバーするはずだ。ここで神々を切り捨てるようなことなど……いや、現状を鑑みればそうする他ないか……?
このマールの決断に対し、異を唱えられるものなどいなかった。神々もまた、満足げに頷く。
「そう。それでいい」
「私達のことはお気になさらず。生き残るために、あなた方は進みなさい」
「……ありがとうございます、両神よ。ご武運を」
マールを一瞥して、ソフィアとクラウンは黒紋獣たちに向かっていく。
船はそんな両神を背にして、虚無の樹を目指して空を往くのだった。




