93:星の神語り(3/20)~拒絶VS叡智
巨大な岩の棘を縫って、風が高い声を上げる。その中で、およそ10メートルはあるであろう巨体がその身を起こす。
「ヌゥン!」
そして、何かを振り払うように両腕を振るった。悪魔リフューズの身体から青い光の粒が飛び散る。それはクラウンの神威の残滓だった。
クラウン最大の神威、平伏せよ、其は王の御前なりは一瞬だけ悪魔の動きを奪ったが、それだけに留まった。その事実にクラウンはいかなる感情を抱いたのか。
だがソフィアがその演算をする間もなく、悪魔は迫ってくる。
「今度はこちらから行くぞ」
その巨体に見合わず、リフューズは俊敏な動きでソフィアとの距離を詰めた。そして豪腕を振るう。まるで丸太のようなその右腕は、振るうだけで強烈な風圧を生み出す。だがその動きはさすがに巨体である。その先端の速度はともかく、根本の速度は相応に遅い。であれば、避けることは難しくなかった。
問題はその後。避けた後に襲いかかってくる風圧である。これに巻き込まれ、ソフィアとクラウンは吹き飛ばされた。
「ハアッ!」
宙に浮いたソフィアとクラウンに、リフューズはその杖のような左腕を向ける。すると左腕の先端に宝飾品のように付いていた珠が開き、その瞳をソフィアたちに向ける。宝飾品かと思われた珠は眼だったのだ。
リフューズの左腕、その先端の目玉から涙が流れ落ち、それはやがて高圧の水流となりソフィアとクラウンにその牙を剥く。ソフィアとクラウンはそれを回避するも、高圧水流がその後方の岩の棘を切り裂き落とすのを傍目に確認した。
「クラウン、挟み撃ちだ!」
「承知!」
悪魔に激突する二神。その二つの刃を受け止めるリフューズ。ソフィアが向かった右腕の手の平に開かれた眼がソフィアをその視線で射抜き、左腕の眼はクラウンを睥睨する。
そして、激突の衝撃が跳ね返される。
「ぐはっ……!」
「こっ……!」
跳ね返された衝撃をその身に受け、吹き飛ばされる二神。その二神に対し、天から怪光線の嵐が降り注ぐ。この戦場にはもう一体の悪魔、カイトゥールが存在することを忘れてはならない。
舌打ちして、風の刃を天に向け放つソフィア。対してクラウンは剣先から炎を発し、炎の剣でカイトゥールの顔たちをいざ斬らんと天に昇る。
だがそれを、悪魔リフューズが間に割って入る。クラウンの炎の剣はリフューズの右腕によって止められ、その勢いを失った。
そればかりか、再び衝撃がクラウンを襲う。
「無駄だ」
「まだだ!」
クラウンは距離を取り、代わりにソフィアが切迫し再び攻撃を始める。複数の風の刃がリフューズに向かうも、全て跳ね返されてソフィアへ向かう。それをクラウンの炎が打ち消す。
再び高圧水流が放たれ、それは剣を振るうように薙ぎ払われる。岩の棘を切り倒しながらソフィアとクラウンに迫るウォーターカッターを、ソフィアは暴風を呼んで散らす。その動けなくなった隙を狙い、悪魔カイトゥールはソフィアに100あまりもの顔を殺到させる。その顔の全てでソフィアを食らい尽くそうというのだ。
「燃え盛る水!」
クラウンは黒い液体を霧のように噴射した。それは瞬く間に燃え広がり、ソフィアに群がるカイトゥールの顔へと向かう。危険を察知したカイトゥールの肉片たちは散り、再び姿を隠した。
「ソフィア様!」
「クラウン。助かったぜ」
素直に礼を言うソフィアに対して、クラウンは少々意外に思った。これまで何を言えど聞かず響かずであったあのソフィアが……などと思わずにはいられない。
だが今はそんな事を気にしている場合ではない。クラウンは諭すように言葉を放つ。
「ソフィア様。闇雲に攻撃しているのでは埒が明きません」
「ああ、オレもそう思う。ヤツの能力の弱点を探らねえとな」
ソフィアは手に持つ二刀を握り直してそう言った。
「弱点……あると思いますか?」
「へっ。なければクソゲーだな」
冗談交じりのソフィアの言葉。クラウンはそれを聞いてまだ余裕があるのだなと率直に思った。
しかし、冗談というものは時と場合を考えていってほしいものだ。
「こんな時にそんな冗談を……」
「言っている場合ではないぞ、偽性神」
身を潜めていたカイトゥールが、再びその牙を剥いた。
地上から、あるいは上空、その両方から矢弾の如く注がれる怪光線。既に見る影もない列巌山が粉々に砕かれていく。
「ッ……!」
「我もいることを忘れるな」
上下左右、前後も含めた三次元的な攻撃。避けるのは至難の業だったが、生憎とカイトゥールの肉片の位置は発する"圧"で丸わかりだ。技の出どころがわかればソフィアとクラウンにとって攻撃を回避することは難しいことではない。
ただ、このように密度の高い攻撃を繰り返されれば、こちらが攻撃に移れない。それがソフィアたちにとっては問題だった。
そして、目の前にいるウミグモの悪魔にも対応を迫られる。
「ちっ……めんどくせえやつらだ……!」
何とも舌打ちの多い日だ。ソフィアは自分でそう思う。こうもこちらの行動を抑えられてはまともに戦えない。
「ソフィア様、顔の悪魔は私が! 貴方は奴の弱点を!」
「言われなくても!」
ソフィアの返答を確認すると、クラウンは地へと向かう。そして、炎の霧をばら撒いていく。それを阻止しようと悪魔リフューズが動くが、ソフィアは先回りしてリフューズを受け止める。それはほんの一瞬だけの出来事だったが、ほんの一瞬止められれば御の字である。
瞬く間に、地表は炎の海と化していた。荒れ狂う炎の渦に堪えきれなくなったのか、カイトゥールの108の顔は上空へと逃げていく。
それを見て、ソフィアは再びリフューズへと接近する。
「残像聖霊!」
ソフィアはリフューズへと斬りかかる。それと同時に風の刃が上空からリフューズに降り注ぐ。それは全く別方向からの同時攻撃。だが、先程ソフィアとクラウンの同時攻撃が示したように、反射されて終わる。
「何度やっても同じこと!」
間髪入れず、ソフィアが風の刃を飛ばす。同じように弾き返されるかと思われたそれはしかし、リフューズの身体を素通りした。
「何……」
「はああっ!」
ソフィアはリフューズの背後に回っていた。そして二刀を振るう。だが、それは悪魔の胴体に触れる直前に力場に弾かれる。何度目かの吹っ飛び。ソフィアは体勢を整え、次に来る攻撃に備える。
「ちっ……これでもだめか」
「何をするかと思えば」
残像聖霊。風を纏い、光の反射と屈折を駆使して残像を生み出す神威だ。照の不知火とは違い、残像が本体の行動と連動することはない上に、残像の行動はソフィアの意のままに操れる。その神威により、リフューズの不意を突けば反射はされないと考えたのだが、どうやら違うようだ。
リフューズは右腕をソフィアに向け、かざす。リフューズの右手の指先に火が灯り、それは肥大化してリフューズの右腕に纏わりつく巨大な炎となる。
そして、大げさな振りと共に、炎は放たれた。
「くっ……!」
ソフィアに向け投げ込まれた遠大なる炎の柱は、ソフィアの身体を物理的な衝撃を伴って焼いていく。だが、ソフィアもそれで終わるような神ではない。風の膜を纏って、ダメージを最小限に抑えていた。
炎の中から抜け出たソフィアは、なおも攻撃を続ける。
「ならば、こいつでどうだ! 風の矢!」
ソフィアの周囲の空気が圧縮され、高圧の気流となっていく。一つ一つ生み出されていくその気流はまさに不可視の矢。
無数の風の矢がリフューズめがけて飛ぶ。その尽くが跳ね返されていく。
「ム……」
だが、一瞬だけ。ほんの一瞬だけであった。風の矢が跳ね返されずリフューズの足の一本に当たったのを、ソフィアは見逃さない。
ソフィアはその一瞬の出来事を映像として再生する。見つけろ。その一瞬は今までと何が違う? 何が奴の弱点だ?
何が――――
「見えたぜ、僅かな糸のほつれ! クラウン!」
「ここに!」
ソフィアがクラウンの名を呼ぶと、クラウンがソフィアの傍らに現れた。
「眼だ。奴の腕の眼。アレが睨む方向のモノが"拒絶"される。両の腕で二方向、厄介だぜこれは」
思い返せば、いつもそうだった。最初に風の刃を浴びせた時も、クラウンと共に挟み撃ちを仕掛けた時も、リフューズの背後を取った時でさえ、最後には悪魔の両腕の眼と目が合っていた。
つまり、悪魔リフューズの能力は"眼"を起点として発動する。おそらく、"眼"が瞬きする瞬間、あるいは三方向以上からの攻撃であれば……
「ならば……」
「ああ」
クラウンの言葉に、ソフィアは頷く。これで攻略法は決まった。
「よそ見している場合か」
悪魔カイトゥールの肉片たちが殺到する。
だが、今はこいつにかまっている暇などない!
「るせぇ、黙ってろ! 荒ぶる風!」
「グゥゥ……!」
巨大な竜巻がカイトゥールの肉片たちを吹き飛ばしていく。予想通り、一つ一つの質量はそれほど大したものではない。
問題はこちらだ。
「ソフィア様!」
「行くぞ!」
ソフィアの掛け声に合わせて、二神は再び挟撃の構えを取る。
「風の矢!」
「灼熱の蛇!」
そして、二柱の神はそれぞれの神威を放つ。かたや高圧の不可視の矢。かたや炎の蛇。
無数の風の矢と炎の蛇がリフューズを襲う。案の定、それらは反射され、次に来る風の矢と炎の蛇を相殺するが、その飽和攻撃は勢いが衰えることはない。
その間に、ソフィアとクラウンは眼の死角を縫って、悪魔リフューズに接近していた。
「今だ、もらったぜ!」
「何――――」
だが、寸でのところでリフューズは回避した。
「……残念だったな」
「そいつはどうかな」
「何……」
「避けたってことは、そういうことだぜ」
リフューズが回避したのは、ソフィアにより生み出された残像だった。本物のソフィアとクラウンは、今まさにリフューズの腕を切り裂いた!
地に落ち、煙となって消えゆくリフューズの両腕。二神の斬撃は、リフューズの肉体に内包する世界の奥底にまで響いていた。
「な……何、だと……!?」
「これで"拒絶"も使えねえだろ、悪魔さんよォ!」
だがソフィアのいきり立つような口調とは裏腹に、リフューズは静かな態度を見せる。
時が静止したような静寂。
その中で、リフューズは不敵な笑みを浮かべる。それは次第に高笑いへと変わっていった。
「フフ……フハハハ……グワハハハハハハ!!」
この高笑いを聞いて、ソフィアとクラウンは身震いをする。
「……ソフィア様」
「ちっ。悪い予感が当たっちまったな」
ひとしきり笑ったと思えば、悪魔リフューズは一言呟いた。
……その、忌まわしき言葉を。
「――――虚界解凍」
リフューズの肉体から黒煙が吹き出し、辺り一帯を覆い尽くす。ソフィアたちは宙へと逃れ、ただ黒煙に隠れたリフューズの様子を注視する。
高鳴る鼓動。揺らぐ呼吸。そして、悪魔たちの下卑た視線。
煙が晴れ、姿が見える――――
「これは……」
「アホ見てえなデカさだな、おい……!」
黒煙の中から姿を表したのは、更に巨大化し、ゆうに20メートルはあるであろうその巨体。腕は再生し、さらに二本の腕が、下腹部と背中から生えている。これが、虚界悪魔リフューズの解凍形態。
虚界解凍。その存在は知っていた。知ってはいたが、思いたくなかったのである。
今戦っている相手が、解凍すらしていない状態であることを。
「知れ、神々よ。お前たちに待つのは死である」




