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彼方の星のミソロギア  作者: このは
3rd:決意の時! 幼き子と交わす誓い
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9:浸蝕される世界のこと

 黒い紋様の獣の襲撃から、幾ばくかの時が過ぎた。

 静寂を取り戻した高台からは久しぶりの夕暮れを見ることができたが、村の住民にとってはそれどころの話ではない。

 皆が皆、ようやく訪れたわずかな平穏に胸をなで下ろしている、といった様子だった。


 そして今、塔の一角。天宮(あめみや)(てらす)はマリアの手引きを受けて、村の長と思しき人物に引き合わされていた。

 こういう時は、だいたい決まって長い話というものだ。

 村を救ってくれたお礼に始まり、現状の話、それから今後について……大雑把ではあるが、そんなところだろう。

 実際、そのように話は進んだ。


「私達とて状況の全てを把握できているわけではありませんが……」


 そう前置きする村長だが、それは致し方ないと照は考える。辺境の村に流れ着く情報なんてたかが知れている。せいぜい町から持ち帰ってきた情報くらいのものだろう。

 照は黙って肯いた。その後、村長はテーブルの上で組んだ両手を見つめ、事のあらましを話し始めた。

 曰く――――


「そもそもの発端は数ヶ月前、北の彼方、ウァレンティノス帝国の上空に、巨大な黒点が現れたことだと聞いております」


 帝国は突如現れた黒点の調査に乗り出したが、成果が出るより早く、黒点から異形の悪魔が現れた、とのことだった。


「異形の悪魔……やはり黒い紋様の獣とは別なんですね」

「……その悪魔はたった一体で帝国を滅ぼした後、黒点を広げ、帝国跡地に黒い樹を植え付けた……そう考えられています」


 黒い紋様の獣と、異形の悪魔。その関係。考えうるのは、その悪魔が獣達の親玉だということ。話に出てきた"黒い樹"が悪魔の本拠地であることは間違いないだろう。

 しかし、ひとつ引っかかる点がある。


「考えられている?」

「帝国が滅ぼされたのは間違いがないでしょう。……それを伝える者が、誰一人存在しなかったのですから」

「っ……誰一人として残さず、殺されたと……!?」

「そう考えるのが妥当でしょうな。そして、『樹』こそありませんが、同様のことは世界各地で起こっています。テラス様も聞き及んでいらっしゃるでしょうが……」


 その通りだった。

 世界に現れた黒点は、数えて十。

 照はそのように聞いていた。


「十の黒点から現れた悪魔達は、瞬く間に数多くの国を滅ぼしました。そこに住んでいた者は皆殺され、獣達は黒い紋様に侵され、難を逃れた集落までをも襲い初めました。今や世界のどこにも安心できる場所など無いのです……」


 言い終えた後、村長は立ち上がった。


「こちらへ。悪魔達による世界侵略の証……己が眼で理解したほうが早いでしょう」

「…………」


 照は言われるがまま、塔の螺旋階段を村長の後を追いかけ登る。

 そうして屋上へと出てみれば、日の沈みかけた茜色の空が頭上に見える。そこは相変わらず台風の目のようだった。


「……思ったとおりですな。今ならば見える。テラス様、あちらを」


 村長の指すままに北を見れば、わずかに差し込んだ光が地上を照らす様が見れた。視界の黒く淀んだ世界の中で、遠くにぽつぽつと照明の灯りのような、そんな光が見える。

 だがそんな文明の匂いのする光景よりも先に、その遥か遠くにある異様なモノを、照は目にしてしまった。


「何、あれ……!?」

「あれが、私達が『虚無の樹』と呼ぶものです」

「樹……? あれが樹だって……?」


 彼方に霞んで見える、暗雲に覆われた空から地面に向かって伸びた黒く巨大な幹。

 地に突き刺さるほどに伸びた、幾百幾千もの枝。

 地表を覆い尽くすかのように幹を取り囲む、黒い葉のようなものたち。

 それは樹とは言えない造形だった。だったのだが……なるほど、逆さまにしてみれば、確かに樹に見えるかもしれない。

 だが、しかし、何より異様だったのは樹の佇まいだった。霞んではいるが、それは明らかに――――


「まるで"何もない"みたいだ……」


 照には何となくわかる。

 これは山の中で見た、あの黒い染みと同じものだ。

 世界を侵食する黒い染み。物質の全てを否定するかのようなその黒さ。

 地表に向かって枝を伸ばしたその"樹"は、さながら世界に入れられた亀裂だった。


「ヴァレンティノス帝国は海の向こうの大陸にあった国でした。本来ならば巨大な何かが現れたとしても、見ることは叶いますまい」

「向こうの大陸って……どんだけよ……」


 あまりの壮大さだ。顎が外れそうになる。

 途方もないスケールの大きさに頭痛さえ覚え、照は右手でこめかみを押さえた。

 あの巨大な"樹"こそが攻略すべきラストダンジョン。最終目標。

 だというのに、なんとかできそうな気がしない。


 ああもう。何だってこう「滅びかけの世界を救え」なんてこと、あんな投げやりに言えるんだよあいつらは。こんなの誰だって逃げたくなるだろ。

 せいぜい世界を脅かす魔王を倒すとか、そんなレベルだと思ってたのに。ゲームで言うなら、最初の村、初期レベルの魔法もロクに使えない状態で、攻撃の通らない高レベルのザコ敵が現れるようなものだ。さらに強いボスが十体。

 言ってしまえば、初見殺しかつ理不尽難易度のクソゲーを残機無しノーコンテニューでやらせるようなものだ。


 理不尽を理不尽でラッピングしたかのような無茶振りに対し、文句が洪水のように照の脳内で暴れ回る。

 一々ぼやいても始まらないが、ぼやきたくなるのは仕方がなかった。「帰りたい」という気持ちも湧いてくるというものだ。

 問題は帰る手段が無いことだが。


「テラス様。貴方はこの世界を救う救世主……そう仰られたそうですな?」

「……あ、まあ、一応はね……?」


 内心投げ出しそうになったことはとりあえず黙っておこう、そう思った照であった。


「今や人間はその殆どが殺され、国と呼べるのはここより少し北、ヘレニク王国のみとなりました。神が遣わしたとされる異界からの来訪者も、彼らに対抗できず散っていったと聞いております。そしてこの期に及んで神は現れない」

「…………」

「もはや我らを救う神など居ないと、皆が思っておりました」


 そこに照が来たのだという。


「だから"神様"ね……」


 思わず失笑が漏れる。

 しかしすぐに照は真剣な表情を作って、村長に応えた。

 どうせ帰れはしないのだ。ならば。


「やれるだけのことはやってみるつもりです。ですが今は……」


 そうだ。

 今は、この村のことだ――――


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