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彼方の星のミソロギア  作者: このは
20th:結束せよ! 生き残りをかけた対話
83/114

83:残った神々

 ――――草原は、辺り一面が焼け野原になっていた。

 未だ燃え盛る草木に、立ち上る煙。それまでの雄大な光景などは見る影もない。

 ベート平原。その中央付近に、神の御座船は墜落した。そして、それから少し離れた場所に、ひとつ、ふたつ、クレーターが出来ていた。


「……ぅ……」


 クレーターの一つ、その中心に、レーヴ十神の一柱、ソフィアが倒れていた。

 ソフィアが目を覚ますと、緩慢な動きで立ち上がり、ゆらりゆらりと揺れるように歩いていく。クレーターから出てみると、見渡す限りの草原……だったものが広がっている。今やその場所は燃える草木の荒野である。

 もはやそこがどこなのかもわからぬ状況ではあるが、周囲に見える景色から、ソフィアは今いる場所を特定する。


「ここは……ベート平原か……」


 驚くほど様変わりしたベート平原だが、北方に見える学都ギーメル、西方の山々、東方の森林地帯など、その景色自体は変わっていない。異常なのはこの一帯だけだ。


「あれは……」


 空を飛んで辺りを見渡すと、同じようなクレーターが一つ。それと、大きな煙が上がっているもう一つ。

 一歩一歩、おぼつかない足取りで、ソフィアはクレーターへと向かう。足が鉛のように重く、思い通りに動かせなかった。

 何分経っただろうか。やっとの思いでクレーターの縁へとたどり着く。

 その淵には、ソフィアと同じようにクラウンが倒れていた。

 足を引きずりながら、ソフィアはクラウンの側に寄ろうとする。足を踏み外してバランスを崩し、クレーターを転げ落ちる。うまく力が入らない中、やっとのことで立ち上がると、ソフィアはクラウンに呼びかけた。


「クラウン。おい、クラウン」


 返事はない。だが生きているのは分かっている。ソフィアたちレーヴ十神は、死ねばその身体自体が崩壊し、砂のようになって消えるからだ。


「ん……あ、姉上……」


 クラウンはうわ言を述べている。それに対し、ソフィアは失笑を漏らす。この期に及んでシェキナーダのことしか考えていないこの神に、もはや呆れもしない。


「姉上!」


 クラウンは飛び起きる。ソフィアと比べ、目立った外傷もない。そのため力も有り余っているのだろう。

 ソフィアはそんなクラウンに対して声をかける。


「――――ようクラウン。お互いくたばってないようだな」


 クラウンはソフィアに顔を向ける。その眼光から感情は読み取れない。


「ソフィア様……私たちは……」

「聞いて喜べ。計画は失敗だ」


 自嘲的な笑みを込めて、ソフィアは言い放った。

 それを聞き、クラウンの眼光が少しだけ揺らいだ。おまけに言うと、言葉に詰まった様子を見せた。


「この半年近くあくせく働いて、その結果がこれだ。笑うだろ」


 ソフィアとクラウンはクレーターから這い上がる。

 そして、ソフィアは遠くで上がる煙を顎で差す。


「見な。あれが御座船だ」


 クラウンがソフィアの指した方角を見ると、そこには黒い煙を今も吐く御座船、その残骸が横たわっていた。


「……ひどい……」


 恐る恐る、満身創痍のその身体で、ソフィアとクラウンは御座船に寄る。近づくにつれて、その凄惨さがありありと実感できた。船体のいたる所には穴が空き、帆はビリビリに破れ、船首に至っては折れている。……いや、船首で済めばよかったかもしれない。御座船は船体そのものが真っ二つになっていた。

 次元さえ超えられる船を造ったつもりだった。だが現実はこれだ。未知なる場所へ旅立つ前に潰された。


「奴ら、その気になれば総てぶち壊せたんだ。いつでも。だがそれをしなかった。何故だと思う?」


 そうだ。悪魔はいとも簡単にこちらの計画を完膚なきまでに叩き潰した。いつでも、好きな時にそれができた。

 なら何故事ここに至るまで放置したのか。

 クラウンは答えない。それこそが答えだと言わんばかりだ。


「あざ笑っていたのさ、オレ達を」


 ソフィアは拳を握りしめる。その右手から灰色に光る神気を纏う体液が滴り落ちるのも厭わず。


「ソフィア様……」


 クラウンはただ、ソフィアの名を呼ぶのみだった。その白い眼光が表す感情は、ソフィアには読み解けない。

 ふと、ソフィアは自らを呼ぶ声が他にあることに気づき、御座船を見渡す。


「た……助けて……」

「ソ、フィア、様……」

「ん……?」


 すると、御座船の中から、信徒と思わしき人物の影が数人、姿を表した。

 既に神官服は焼け落ち、その影は裸同然。その顕になった肌も、火傷がおびただしい。腕も千切れ、潰れた足でどうにか歩いている状態だ。もはや助からない。ソフィアはそう直感した。


「お、お助け、を――――」

「っ、信者ども……」


 それは、紛うことなきソフィアの信徒だった。顔も姿形も、もはや誰なのかすら判別がつかなかった。刻まれた聖印だけが、その者たちがソフィアの信徒である証明だった。

 信徒たちは倒れる。その衝撃で、かろうじて形を保っていた足も崩れ落ちる。

 それでもなお、信徒たちは手を伸ばす。もう助からないのに、助けを求めて神にすがるのだ。


「……まだ、生きていたのか」


 だが、ソフィアが発したのはそのただ一言のみだった。

 その言葉は、信徒たちには聞こえなかったようだ。未だ手を伸ばし続ける信徒たち。だが次第にその力も尽き、やがて一人、また一人と動かなくなっていった。

 ソフィアは動かない。ただその信徒たちを見つめるだけだった。


「ソフィア様……」


 クラウンの声。ソフィアにはその意味するところがわかっていた。先程から近付いてくる気配が四つあったからだ。

 その四つとは、あいつら以外に考えられない。

 アメミヤ・テラスとその一行だ。

 だが、ソフィアは振り返らない。


「――――半年前、悪魔たちはやってきた。空を埋め尽くす暗雲と、世界を虚数化する黒い雨と共に」


 不意に、ソフィアは語り始める。自分でも、それがなぜかはわからない。


「最初はオレたちも戦った。だが戦いは長引き、膠着するのが目に見えていた。だから方針を変えた」


 その戦いでクルーエルとかいう悪魔と戦い、敗北を喫したシビアギボールは消耗し、アメミヤ・テラスたちに倒されるほどまで弱体化した。

 破壊神の敗北。方針を変えなければならなくなったのはその影響もある。


境界(マージナル)から死者の魂を集め、その魂にオレたちの権能の一部を与え、それを縁として奴らの魂を吸い上げる計画を立てた。

 その魂と信者たちの魂、精霊たちの魂を使って、こことは違う遥か彼方に、新しい世界を作るためのオレの計画……」


 それが転世者(ヴィジター)計画、そして御座船だった。

 だが、それももう過去の話。


「すべて、すべて水の泡だ」


 ソフィアの声に、隠しきれない怒気がこもる。


「それもこれも、お前のせいだ、境界(マージナル)の神性……!」


 振り返り、言い放つ。

 見ればそこには、アメミヤ・テラスをはじめ、エルタイルとかいう魔導士の少年、カンマとかいう未来視の少年、そしてルゥコとかいう精霊使い(シャーマン)の少女がいた。


「あぁそうだ! お前たちがオレらを四柱も殺してくれたお陰でなァ!」

「なっ……」


 言葉とともに無意識の内に神気が漏れ出ていたようで、彼らはその雰囲気に圧倒されたようだった。

 だがそんなことにも負けじとエルタイルが言い返す。


「何言ってやがる、てめぇらからけしかけておいて!」


 エルタイルの言うことは正しかった。パトスとハミルは別として、確かに、シビアギボールとサン・ビュナスを唆したのはソフィアその神である。それを棚に上げての発言は、彼らにとっていい気分ではなかっただろう。

 だがそんな事知ったことか、とソフィアは思った。

 怒りだ。怒りしかない。

 もうこのむしゃくしゃした思いは、誰かにぶつけねば収まらない。

 そこにいたのだ、悪く思うな。

 ソフィアはアメミヤ・テラスたちに向けて、筋の通らない怒りを向けた。


「エルくん」

「でもよ、テラス……!」


 なおも正論で説き伏せようとするエルタイルを、アメミヤ・テラスは制した。

 そして、こう述べるのだ。


「……話し合うつもりは無いんだね?」

「ハッ。今更何を話し合うんだよ。協力してくださいって頼み込むつもりかァ?」

「そうだと言ったら?」


 あまりにも予想通りの解答に、ソフィアは失笑を漏らした。


「ふざけるなよアメミヤ・テラス! その気がねえのは重々承知だろうが!」


 ソフィアのこの返答を聞き、アメミヤ・テラスはため息を一つ。その横では、カンマとルゥコが口々に反応を示す。方や呆然、方や憤慨、である。


「な、なんて言い分……」

「噂には聞いてたけど、ここまで自分勝手だなんて思わなかった!」


 カンマは頭を抱え、ルゥコは肩を狭めて怒っている。

 そんな二人を横目に、アメミヤ・テラスは至って冷静である。他の三人が言いたいことを言っているお陰で、かの神は落ち着いていられるのだろう。

 アメミヤ・テラスはクラウンを見やる。


「そっちの方は?」


 クラウンは何も答えない。沈黙したままだ。


「……何も言わず、か」

「止めるなよクラウン。オレは今最高に苛ついてるんだ。少しくらい発散させろよな!」


 あまりにも身勝手な言い草だ。それは自分でもわかっている。だが今までもそうしてきたのだ。だからこれは何も変わらない。変わらないのだ。


「そっちがその気なら……」


 アメミヤ・テラスは日輪と鏡の翅を展開し、浮かび上がる。

 そして、三人に呼びかける。


「エルくん、ルゥコちゃん、あとカンマくん!」

「おう!」

「戦闘だね……!」


 エルタイルとルゥコが戦闘態勢に入るも――――


「手出しは無用だ、私だけでやる!」


 その一言で脱力した。


「って、おい!」

「天宮さん!?」


 二人がずっこける中で、カンマは一人、分かったような顔をしている。いや、実際に分かっているのか。

 どうあれ、舐めた対応だ。満身創痍なら一人で十分とでも思ったか。


「……だろうと思ってた」

「悪いね」


 ソフィアは風を操って空へと舞い上がり、アメミヤ・テラスとその高度を合わせる。向き合って、その灰色の眼光でもって睨みつける。

 お互いに構えをとって、戦いの火蓋が切られるのを今か今かと待つ。

 その火蓋を切るのは、他者ではない。己と敵以外に存在しない。

 そう、それはもう間もなくやってくる。


「はっ。ナメてくれるなァ、アメミヤ・テラス『くん』!」

「お前……いい加減その『くん』付けやめろ!」


 その会話を皮切りに、二人の戦いは始まった。



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