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彼方の星のミソロギア  作者: このは
2nd:降り注げ! 天照らす光の輝き
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8:太陽のτέρας-テラス-

「まったく、どこもかしこも獣だらけだ……」


 眼下で自身を見上げる獣達を見やって、天宮(あめみや)(てらす)は呟く。

 村も相当だったが、ここもひどいものだ。多分、この山中の獣という獣があの黒い紋様に侵されたのではないか。いや、もっと多く……

 塔の壁の近くにマリアとラザルを見つけた。どうやら彼らは無事辿り着けたようだ。他の村人たちは……きっと中にいるだろう。


 照はマリアに視線を送る。今できる笑顔とともに。

 そして、言葉を投げかける。

 なぜなら照は、彼女に呼ばれたのだから。


「マリアちゃん。あなたの想い、届いたよ。後は任せて」


 聞こえたかどうかはわからない。だがそんなことは小さなことだ。ただ言いたかった、それだけなのだから。

 体中に植物を生やした巨人がその左腕を振りかぶる。轟音と共に風圧が照の身体を煽った。

 迫る巨腕。

 照の背負った日輪が強い光を放つ。三対の薄い鏡の翅がその光を受け、闇の空を舞う推進力を産み出して、照の身体を踊らせる。

 巨人の腕が空を切り、風が煽る。

 その中で照は地上の獣達を見据え、数える。十や二十では足らない。もっと多く。

 それだけの数を一掃するには、今の力では足りない。

 だから。


(あめ)照らします皇大神(すめおおかみ)(のたま)はく――――」


 目を閉じ、深く息を吸う。

 息を吐くと共に言葉を紡ぐと、照の身体を炎が包み込んだ。

 なおも迫る豪腕。それは違うことなく照を屠ろうと放たれていた。風圧が炎を煽る。

 だが、炎に触れるより早く、その豪腕は消し飛んだ。

 巨人は狼狽し、一歩、二歩と後ろへ下がる。その足で獣達を踏み潰しながら。見つめる眼に、燃え盛る炎を映して。


 そして――その眼は捉えた。

 右腕、左腕。右足、左足。頭部から腹部にかけて。

 炎の中から姿を現した照の姿を。


「――――神衣(かむい)天照(あまてらす)巫ノ装(かんなぎのよそおい)!」


 白い貫頭衣の間から見える山吹色の衣、赤い帯、赤みがかった紫色の裳、陽の光を象った天冠。簡単にまとめられていた髪はその拘束を解き放ち、踊るようにたゆたう。

 巨人の瞳が、獣達の瞳が、人々の瞳が映していたのは、簡素な巫女装束だった以前とは打って変わった姿の照だった。


 これぞ神なる衣、天照(あまてらす)巫ノ装(かんなぎのよそおい)

 照が自らの権能を最大限引き出すための、天地(あめつち)照らす神の御霊、その姿。


「お、おぉ……何と神々しい……」

「あったかい光……」

「きれい……」


 照は自らの姿を見た人々の反応を聞いた。そのつもりはなかったのだが、どうもこの姿では様々な感覚が強化されるためか、あまり聞きたくない音まで拾ってしまう。

 その半ばステレオタイプな反応に苦笑しつつ、とやかく言っても仕方ないと照はそれらを考えないようにした。

 気を取り直して、照は眼下の敵性体を見やる。


「君たちに言ったってわからないだろうけど、教えてあげる」


 獣達は、巨人は、足を楔で打ち付けられたかのように、その場を動かない。ただ照を見上げるだけだった。

 その様は決して見とれているわけではない。ただ、目の前の脅威に為す術がないのだ。

 たとえその場から逃走を図ったとしても、その存在が獣達を逃すはずがない。


 裁きは下る。

 村の残りの獣達もろとも、全て。

 鳥も、狼も、猿も羊も。

 たとえ山を守護する巨人が相見えたとしても。

 一家眷属ことごとく、穢れに侵された獣共を許しはしない。


 天にそびえる太陽は、赤く燃える眼光で獣達を射抜く。


「神様怒らせると、怖いってことを――――!」


 照の背負った日輪がより一層強く輝き、その光が天を裂き、地を照らす!

 村を覆っていた暗雲は払われ、その向こうに隠れていた夕暮れ時の空が顔を見せる。

 一方で大地では今も各所を劫かす黒い幾何学的な破片達が今も漂っていたが、日輪の光を浴びてそれも消えつつあった。

 日輪の輝きはなおも激しく光を放ち、その表面からは絶え間なく炎が吹き出す。その炎は照の周囲を絶え間なく飛び交い、さらなる熱と光を周囲に撒き散らす。


「さあ――――清浄の時だ」


 ゆったりと、澄んだ気持ちで、流れに乗るように。

 ひとつひとつの言葉を、照は紡いでいく。


「人の子よ、獣の子よ、浮世にあまねく全ての祀ろわぬ者どもよ……天照らす神の名の下に命ずる!」


 日輪から吹き出す炎がいっそう激しさを増して、四方八方へと弧を描き、日輪へと戻っていく。

 戻った炎はより強い日輪の光を生み出す糧となって、さらなる熱と光を伴い外界へ飛び出していく。

 やがてその炎達は解放を求めて照の周囲を暴れ回るに至った。

 照を取り巻く紅き火焔は、この地を眩しく彩る光球になっていた。それは照の合図で爆発して、穢れし者達に清浄の光を降り注がせるだろう。


 ――――これが私の、本気の神威(かむい)


「我が陽の光を浴びよ!」


 雷轟のごとく鳴り響く音と共に、タガが外れた日輪よりの炎は波濤のように四方八方へと伝播していく。しかし炎が人々を焼くことはなく、波のうねりは無数の螺旋を描き、地を這う獣たちへと向かう!

 一本。二本。三本。四本。五本。六本――――

 数え切れぬほどの火柱がそこかしこに上がる。巨人に向かったうねり達もまた、幾重にも重なった螺旋の塔を夕暮れの空に向かって伸ばしていた。

 照が少し意識を傾けると、火柱達はまた一段と燃え上がり、その媒介となった黒い紋様の獣達の身体を弄ぶ。巨人もまた例外ではない。

 程なくして、全ての獣と巨人は消し炭となって消えた。


 ……張り詰めていた気をほぐすように、照は大きめに息をひとつ。


「フゥゥゥゥ…………」


 地が無数の熱き間欠泉を吹き出して、天を衝く光の柱が立ち並ぶ中、空には抗うもの全てを焼き払う灼炎を放つ、三対の翅持つ人のような姿。其が背負うは日輪。

 見つめる人々。

 暗雲立ち込める世界の中で、まるで台風の目のように、その一帯だけが普段と変わらぬ空模様を描き出している。


 見る人によっては、それは地獄に見えるのかもしれない。だがことこの場においては、そう見るものなど誰もいなかった。

 まるで光の鉄槌を下し、悪魔を滅ぼす天使を描いた宗教画。

 それを証明するかのように、火柱と入れ替わりに、地表の人間たちは沸き立った。


「す、凄い……!」

「裁きだ……、裁きの炎だ……!」


 塔の中からの声。


「神様……」

「ああ、なんてこと。神は私達を救ってくださった……!」

「いたんだ。この世に神は本当にいたんだ!」


 外へ出て、光の主を仰ぎ見る人の声。

 照はそれらの声を聞き、その可笑しさに失笑を漏らす。


 苦笑いと一緒に小さく息を吐いて、照は背中の日輪の光と鏡の翅を細かく動かす。

 ゆっくりと地面に近づきながら、神威を解いて地面に降り立つ。

 私の周りに人だかりができるのには、そんなに時間がかからなかった。

 否。人だかりと言うには少し異様だった。

 彼らは照の所へ駆け寄った挙げ句、膝をついて拝み始めたのだ。その光景は照にとって気持ち悪く感じられるものだった。

 いや、誰も手が出せない獣達を一掃した光の主、なんて言えばそうなってもおかしくはなかったのだが。


「えぇーっと……そういうのはいいから。やめて。やめてください」


 言葉があまり上手く出てこなかった。

 なにせ普段の照は神社で働く巫女であり……いや一部の人間はその素性を知っているのだが……とにかくそんな崇められるようなことには慣れていないのだ。

 困惑と疲労でどうすればいいのかわからないので、照はとりあえず笑ってみせた。

 特に意味はないただの気まぐれだが、先ほどの神威の名を思い出そうとする。気まぐれというか、まぎらわしというか。

 ――――炮火連天(ほうかれんてん)。それはそう名付けられていた。


 神威。自らの「権能」を振るう神の御業。

 己に向けられた信仰心を糧に行使する、世界の法則に対する絶対的決定権。

 それを使うことのできる照は。


「テラス様……」

「テラスお姉ちゃん……」

「……マリアちゃん、ラザルくん」


 ゆっくりと二人が歩いてきた。この世界で照が最初に救けた二人だ。

 ……マリアの声が何やら熱っぽいことが少し気になりはしたが、照はそこには触れないことにした。


「嗚呼、あなたはやっぱり……」

「……そうだね。いい加減周りも落ち着いたみたいだし、まずはちゃんとした自己紹介しないとね」


 まだ安心はできないが、何はともあれ、これでようやく話もできるというものだ。

 それに……この世界で戦うための地盤作りもしなければならない。

 本当はそこまでする気はなかったのだが……どうやら、全力でやらなければこの脅威とまともに戦うことすらできないらしい。

 この際仕方のないことだ。照は自分に言い聞かせる。


「えっと、どう言えば良いんだろうね」


 一呼吸置いて、照は言葉を紡ぐ。

 神威。神性なる威光、威厳、威風、権威、その類。

 これを扱うものを、人はこう呼ぶ。


「私は天宮照。日ノ本の民が総氏神にして皇御祖(すめみおや)天照大御神(あまてらすおおみかみ)の分け御霊。つまり……」


 そう。


 ――――私は、"神様"だ。


 

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