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彼方の星のミソロギア  作者: このは
17th:虚界の真実! 魔族の女王との邂逅
72/114

72:魔族を統べる女王は語る

「オホン、妙な寄り道をしてしもうたが……案内しよう。ここが我が城、無限城(アイン・ソフ)じゃ」


 地下都市アインの大通りを抜けて、噴水広場を更に先に行くと、そこにあるのは何とも厳かな雰囲気のある城だった。

 厳か、とはいうが、ここだけ空気が違う、と言ったほうが正しい。いかにも魔族的、というか、纏う雰囲気が黒いのである。

 ……いや、それよりもまず気になるのは、


「アイン・ソフ……」


 その名前だった。


「かっこいいじゃろ、名前は妾が付けた」


 と、アリスティア曰く。

 天宮(あめみや)(てらす)ほか一行、これには思わず開いた口が塞がらない。未来視の影響か滅多なことでは驚かないカンマでさえ呆気にとられているようだった。


「照さん、この人って……」

「まあそういう時期ってあるよね」


 いわゆる中二病、というやつである。主に第二次性徴期の男子に表れるとされる諸症状には、やたら横文字を使いたがる、というものがある。一節によれば早く大人になりたいと背伸びをするも、感性が育ち切っていないために起こるアンバランスさが原因なのだとか、そうでないとか(天明書房より)。

 とまあ、どうでもいい解説は置いといて、当のアリスティアは、


「にゅあははは、あまりの凄さに呆気にとられて言葉も出んか」


 と、特に気にしてもいない様子だった。


「違うと思う……」


 確かに城の凄さはなんとなく分かったが、センスは凄いと言うより……いや。


「ま、無駄話は置いといて、移動するかの」


 アリスティアが指をぱちん、と鳴らすと、城門が低い音を立てて開いていく。

 え、すごいその指パッチンシステムいいな、と照は一瞬だけ思った。ほんの一瞬だけ。

 玄関ホールを歩いていると、二足歩行する犬頭の魔族がぱたぱたと階段を駆け下りてくるのが見えた。


「魔王様!」

「おう、モーフか。今帰ったぞ」


 アリスティアはモーフと呼ばれた魔族の頭を撫でようとするも、モーフはそれを拒否する。その速度たるや恐るべき速さだった。

 そして、主たるアリスティアに対して威嚇のポーズ。これに対してアリスティア爆笑。何というか、慕われてるのかいないのか。

 そのモーフだが、アリスティアの後ろにずらずらと並ぶ照たちの存在にようやく気付いたようだった。


「この者たちは……?」


 そこはかとなく警戒の匂いがするが、まあ、当然といえば当然か。


「客人じゃ。謁見の間へ……」


 と、言いかけてアリスティアは一瞬止まる。

 そして、顔をしかめながら言うのである。


「いや、その前に風呂に入らんかお主ら。さすがに汚いぞ」

「……風呂?」



   ・・・



「ということで、大浴場に放り出された私たちなのだけど……」


 放り出されたと言うか、何と言うか。

 どこからともなく現れた犬頭の執事たちに担がれて、地下に運ばれて、脱衣所で身ぐるみ剥がされて有無を言わさず大浴場へ放り投げられたわけだ。

 それにしてもこの大浴場、どことなく和風な気がする。気がするだけだけど。そもそも大浴場なんて世界にそんなにない? それはそう。


「まあいいんじゃない? 私はお風呂入りたかったし」

「……ですよね」


 照の傍らのルゥコは上の空な様子。それにその返答は噛み合ってない気がするのは気のせいだろうか。いや、完全に噛み合っていない。

 濃すぎる湯気のせいか、ルゥコの表情はうまく読み取れない。が、大方予想はついた。


「何か心配事でも?」


 ほんの少し、ルゥコは黙ったままだった。


「……なんだろう。私、時々思うんです。"こんなことしてていいのかな"って」

「…………」


 こんなこと、とはどんなことなのだろうか。

 言わずともルゥコは話してくれるだろう、と照は思い、黙っていることにした。


「私たちはこの世界を守るために来た。その私たちに、休んでる時間なんて赦されるのかな、って」


 そしてそれは、概ね予想通りの答えだった。

 何だろう。なんて言えば良いのか。

 人はずっと走り続けてはいられないし、休息も必要だ。でなければ道半ばで倒れてしまう。中には、そう、例えば休憩中の自衛官に罵声を浴びせかけるような輩もいるだろうけれど、そんなの一部の人間だけの話だ。

 それに何より、集中力が続かない。短期的には、人間の集中力は15分が限界だとか、45分だとか、そんな話がある。(少し脱線するが)テレビ番組のCMの間隔とか、学校の授業時間だとかはそれに従っているという話だ。

 要するに、休憩というのはあって然るべきものなのだ。休んではいけない、なんて考えは悪い考えだ。

 そんな悪い考えに支配されるのは、その時点で相当に疲れている。今すぐにでも休むべき人間の考えだ。


「……なるほど。カンマくんの言ってたとおりだ」

「かず……カンマ君が?」


 和馬、と言おうとして言い直したルゥコを見て、照は失笑を漏らす。

 実のところ、彼らがこの世界で名乗っている名が本名ではないことは最初から分かっていた。それに悪魔との戦いの最中、カンマとルゥコが交わした通信は照たちにも聞こえている。

 なので本名を隠すのは今更というものなのだが、それはまあ、どうでもいいことだったので指摘していなかった。


「別に言い直さなくてもいいのに。ま、それはともかく、カンマくん言ってたよ。けっこう参っちゃってるみたいだ、って」


 ルゥコは黙ったまま、こちらの表情を伺っている。ただ、照がルゥコの表情を読み取れないように、ルゥコも同じだろうことは予想できたが。


「きっとカンマくんには視えてるんだと思う。ルゥコちゃんの未来」


 そして、それは"良い"未来ではない。

 未来がどのように視えているのかはカンマ本人にしか及びのつかないことだが、少なくとも、その未来が闇に閉ざされているのは明白だった。


「その未来をいいものにしようと、あの子は頑張ってる」

「……そんなことされても、困るよ」


 湯気に隠れて表情は見えない。ただ、俯いているのはわかる。


「どうして?」

「だって、私には何も返せないから」


 照は唸る。

 唸って、少し考えた後で、手で水鉄砲を作り、ルゥコの顔にばしゃりとお湯をかけた。


「わっ……何するんですか!」

「いや、考えすぎる頭にちょっとした制裁」

「む……ならこっちだって!」


 ルゥコは照に詰め寄り、その頭を引っ掴んでお湯の中に突っ込む。


「んぷっ……ぶはぁっ。やったなこの!」

「天宮さんだって!」 


 という、すったもんだがあって。


「……ルゥコちゃん何その頭。貞子みたい」

「天宮さんこそ伽椰子みたいになってる」


 いつしかそのやり取りは笑いに変わっていた。貞子と伽椰子の笑い声。傍から見れば不気味であるが、そこは気にしない。

 そして、一瞬の沈黙。


「……返さなくても、いいんじゃないかな」


 ルゥコは眉を吊り上げた。


「あの子は自分が見たくないものを見ないために頑張ってる。それは究極、自分のためなんだよ」


 だから、ルゥコが何か返す必要というのはないのだと思う。きっとカンマもそう言うだろう。

 そう言われてもルゥコは納得がいかないようだったので、更に付け加える。


「んー……どうしてもって言うなら、そうだね。今は保留、でいいんじゃない?」

「保留、ですか……?」

「そ。別にすぐ返さなくちゃいけないわけじゃないんだ。全て片付けてから、ゆっくり考えればいいんだよ」


 ここまで言ってもまだ納得の行かない様子のルゥコ。いやはや、なんと頑固なものか。

 今は後回しでも良いのだというのを分かってくれればそれでいいのだが。


「そんなものですか……?」

「うん。だから、まずはこの戦いを生き残ることを考えよう。ね」

「……そう、ですね」


 結局、納得したのかしていないのか、照にはルゥコの心境は測りかねた。



 ところで、一方、男湯。


「……解せない」

「何が?」

「テラスだよ。あいつ男だろ。なんで女湯行ってんだ」

「……えーと、どこから突っ込めばいいのか……」



   ・・・



 謁見の間に移動する照たち。

 アリスティアは自分の体格からはずいぶん大きい玉座に腰掛け、足を組む。体はちんちくりんだが、手慣れたその様子からは王の威厳らしさを感じた。


「さて、それでは何から話そうかの。お主ら、何か聞きたいことはあるか?」


 と言われても、すぐ思いつくものではない。なので、


「……じゃあ、改めて自己紹介から」


 と、時間稼ぎがてら言ってみる。


「今更だな……」

「ん、妾はお主らの名は知っとるんじゃが、まあ良い、気が済むならそれで」


 アリスティアは手を組み、"聞く"姿勢に入る。アリスティアからすれば、これが単なる時間稼ぎなことは分かっているだろうが、ちゃんと聞く姿勢を見せてくれるのはありがたい。


「じゃあ……私は照。太陽神、天照大御神の分け御霊、天宮(あめみや)(てらす)。以後お見知りおきを、魔王様」

「エルタイル・フレアストールだ」

鹿神(しかがみ)和馬(かずま)。カンマって呼んでくれ」

雨堤(あめつづみ)笠子(りゅうこ)です。こっちではルゥコで通ってます」


 照たちが口々に自己紹介を済ませると、アリスティアは体勢を直す。


「うむ。では改めて妾も名乗ろう。魔族の長、先王テールロットの子、アリスティア・エラトマレティじゃ。よろしく頼むぞ、異郷の使徒たち」


 アリスティアの声色が真剣なものになる。


「して、聞き直そう。何か聞きたいことはあるか? 我が千里眼(クリアボイアンス)で分かる範囲でよければ答えよう」


 ……まいった。時間稼ぎしても全然浮かんでこない。

 いや、浮かんでこないわけではなかった。むしろその逆で、


「聞きたいこと、って言われてもな。色々ありすぎてな……」


 そう、そういうことだった。

 しかし何もない、では話にならない。なんとかしてひねり出さなければ。……そう、例えばみんなが一番知りたがっているであろうことを……


「――――じゃあ、私から」

「何じゃ?」

「私たちの敵、虚界悪魔(ディアボロス)について、どこまで知っているのか教えて欲しい。奴らは一体何なのか、その目的は何なのか」


 言葉にしてみれば、それは意外と簡単に出てきた。

 ただ、その回答が問題だったらしい。アリスティアはしばらく押し黙っている。

 やっとのことで口を開いたかと思えば、迂遠な物言いをし始める。


「……その話をするためには、まずはこの世界の成り立ちから話さねばならんな。少し長い授業になる。心して聞くのだぞ」


 ――――そして、アリスティアは語り始めた。



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