70:ディエティーズ・アサルト(8/8)~ゼノンのパラドックス
シビアギボールに突きつけられた砲身から被帽を纏った弾丸が解き放たれ、被帽の崩壊と共に貫通力を強化した弾体があらわになる。そしてそれは空気の壁を打ち破る速度さえ遥かに超えて、シビアギボールの胸部を貫いた。
それはシビアギボールの装甲を撃ち抜くだけに留まらず、その周囲をも爆散せしめた。弾丸はシビアギボールの胴体を完膚なきまでに破壊し、その背後の氷柱郡を粉々に砕く。
遅れて爆発。
氷柱群の崩壊する怒号のような轟音の中で、静かにシビアギボールは倒れた。
「貴、様……なぜ……」
消え入りそうな声で、シビアギボールは問いただす。
「知りたいか?」
何故、というのはつまり、何をした、ということなのだろう。
であれば、答えるのはたやすい。
「ならばよし、冥土の土産というやつじゃ。教えてやろう」
アリスティアは重力の精霊を喚び出す。空気中の塵がより集まって、宙に一つの像を結んだ。
それは、アリスティアの姿だった。
シビアギボールはそれを見て何を思ったのやら、嗚咽混じりに言葉にならない声を漏らすのみ。
「質量を持った幻影じゃよ、あれは。お前の攻撃はそもそも当たってはおらん」
「……、ばかな……」
宙に浮かぶアリスティアの残像は霧散する。
一体どこからが幻影だったのか、と問いたげなシビアギボールの眼。
だがそれに答えてやることはない。こんなものは疑問を胸に抱きながら死んでいけばいい。
「中核を撃ち抜いた。程なくお主は死ぬだろうよ」
「――――」
実のところアリスティアは心臓を撃ち抜くだけのつもりだったのだが、思いの外威力が高すぎて胴体まるごと持っていった形になったのは、アリスティアの誤算だった。
だがまあ、そんなことは目の前のシビアギボールにはどうでもいいことで。
アリスティアは近くに刺さった巨大氷柱の破片に腰掛ける。思ったより冷たくて後悔したが、それは置いといて。
アリスティアはこの哀れな神の末路を見届けるつもりだった。
だが、ただ待つのも暇だ。何か話がしたい。
だから、語り始める。
「……もう一つ土産じゃ。昔話でも聞いていけ」
別に返答など期待してはいない。ただ暇つぶしに何か語りたいだけだった。
「――――昔々、中世ヨーロッパのとある国に、ある外科医がいた……」
アリスティアは、本来ならば己が知り得るはずもない、その物語を紡ぎ語る。
中世欧州。とある国のとある領地にて、ある外科医が働いていた。
その外科医は医者を名乗りつつ、でたらめな治療を施す畜生だった。現代で言うところのやぶ医者、というやつだ。
そうは言ってもさほど医療の発展していないこの時代、このようなものは少なくなかった。その時代においては、医者というものは資格など必要なく、名乗れば誰でもなれるものだったのだ。
「……何が、言いたい……?」
「黙っていろ、最後まで聞けんぞ」
シビアギボールの茶々入れを制しつつ、アリスティアは語り続ける。
「ようは医者というだけでその男は信用された。適当なことを言っておればいいのだからこれほど楽なものはない」
アリスティアはそう言うが、実際のところ、中世の医者は兼業で行ったり、公衆の面前でパフォーマンスをして客を呼ぶことも珍しくなかった。
どうしてこうなのかというと、過去に培われてきた医療技術が途絶してしまったから。そのため医療技術は東方に大きく遅れを取り、町にはやぶ医者が溢れることになるのである。
「男は生まれつき厄介な性質を持ち合わせておってな。つまるところ、血と人の苦しむ姿を見るのが好きな、それはそれは異常者じゃった」
だが、男は生まれつき身体が貧弱だった。惰弱だった。
殺しがしたい性分でありながら力がなかった。
故に選んだ。
医者という楽に殺しができる道を。
「……つまらん話だ」
「まあ、つまらぬ男の話というのは否定はせんよ」
アリスティアはどこか楽しげに、シビアギボールの横槍を受け止めた。
「さてそんな男じゃが、最期はまさにつまらぬよ。ただの暴力と略奪。食うに困った浮浪者に、刃物で刺され絶命した。多くの生命を愉悦とともに看取ってきた男は、憔悴とともにその生命を奪われた、というわけじゃな」
語り終わって、少しの沈黙。
その後、シビアギボールはただ一言、
「……下らぬ」
と漏らした。
アリスティアは失笑を漏らして、
「その通りじゃな」
と、シビアギボールの感想を肯定する。
ただこれまでの話であれば。
「実に下らぬ、唾棄すべき男の話じゃ。そこで止まっていればな」
一瞬の沈黙。その後シビアギボールが疑問符を浮かべる。
「……何が、言いたい……?」
「男の魂はそこで止まらなかったんじゃよ。未だ満たされぬ欲望と衝動。それは死しても消えることはなかった。わかるか破壊神? その魂は流れ着いたのじゃよ、ここに」
地面に転がり消滅を待つだけのシビアギボールに、アリスティアは汚物を見るような視線を向ける。
「もうわかるじゃろ、妾の言わんとすることが」
「…………!」
物言わぬ破壊神の、その眼光が少しだけ揺れた。
今やその体は崩壊が進み、残っているのは頭部のみ。やがてその頭部からも光が消えていく。
そんなシビアギボールに、尚もアリスティアは語りかける。
「……まぁそういうことじゃ。良かったのう、死ぬ前に己の真理を知れて。……って、もう聞こえてはおらんか」
満たされぬ殺戮への欲求と渇望。世界を渡り歩いても尚飢えた魂は、記憶を失う代償を払い神となり力を得た。
そして、同じことを繰り返す。今度は得た力を思うがままに使って。
そのあまりにも愚かな男の末路は、より大きな力に屈するという、ありきたりな結末。
塵となり、風に吹かれて消えたその破壊神の、残滓を見つめてアリスティアは、ぽつりと呟く。
「……"飛んでいる矢は止まっている"。強すぎる感情は、逆にどこにも行けぬ。難儀なことじゃ、本当に」
・・・
天宮照が目を覚ますと、傍らにエルタイルとルゥコがいた。
「ん……あれ……私、一体……」
「テラス!」
「天宮さん!」
「エルくん、ルゥコちゃん……って、そうだ、アイツらは……!?」
状況がうまく飲み込めない。カミサマ達はどうなったのか。姿が見当たらないけれど、カンマたちが倒したのか。
エルタイルたちが説明に困っていると、少し離れたところから声がした。
「奴らなら妾が斃したぞ、異郷の神よ」
声の主は角を持つ少女だった。その佇まいからは確かな自信が感じられる。それに、この潜在する魔力。倒した、という言葉も嘘ではあるまい。
「……あなたは?」
「妾は魔族の女王、アリスティア・エラトマレティじゃ。よろしく頼むぞ、異郷の神、アメミヤ・テラス」
なるほど、魔族の女王と来たか。このちんちくりんな見た目からは想像もつかないが、カミサマを倒したということもあり、信用するしかなさそうだ。
それより……
「……のじゃロリ女王……」
照にとっては口調のほうが気になって、思わず呟いてしまった。
言ってすぐ、失言だったと後悔した。
「何いってんだこいつ」
エルタイルが即座にツッコむ。当のアリスティアはと言うと、少しだけ笑って、
「はは、何を言ってるのかはわからんが、元気そうで何よりじゃな」
と、気にしていない様子。
いやはや助かった、と照は思う。というのも、これは勝手なイメージなのだが、魔族の王というと、自分の機嫌を損ねたら手下でも容赦なく殺すとかそういう印象があったからだ。
……そんなイメージを抱くこと自体が失礼な気もするが。
「っと、少年よ、お主のおかげで勝てた。礼を言うぞ」
アリスティアはエルタイルに手を差し出す。
対してエルタイルは逡巡した様子。
「あ……それは、その……あのレールガン作ったのオレじゃねえし……」
「ははは謙遜するな小僧っ子め」
なんていうやり取りをぼんやりと見ていて、ふと、照は自分たちの役目を思い出した。
とんだ寄り道になってしまったが、これは結果的に近道になったのではないか。そう思うと神々に感謝する気すらしてくるが、それはともかく。
……女王様の名前、なんだっけ?
「えっと、女王様……アリス……アリ……アリスちゃん!」
「アリスちゃん!?」
……さっきからこの態度は怒られても仕方ない、と照自身も思った。
でも仕方ないじゃん! 長い名前覚えるのむつかしいんだし!
とかいう言い訳を心の中でする。
「にゅあははは、アリスちゃんとは新鮮な響きじゃな!」
「いいの!?」
幸いこの魔族の女王はおおらかで助かる。
「して、何だアメミヤ・テラスよ」
そうだ、本題に入らなければ。
照たちの目的は、目の前にあると言って過言ではないのだから。
「私のことは照で。それより、私たちはあなた方魔族に話があるんです」
「そうじゃな。そろそろその話をしようかの。じゃがその話をここでするのも何じゃな。そこでじゃ」
魔族の女王は人差し指を立て、それを地面に当てる。
すると、大きな黄白色の光の箱が地面からせり上がってきた。舞い上がる雪煙に少しむせる。
形を見るに、エレベーター……のようなものだろうか。それがどこに繋がっているのかは、容易に想像がつく。
「お主らを我が国、地下都市アインへ案内しようではないか」
「地下都市アインに……!?」
それは、照たちの目的地でもあった。