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彼方の星のミソロギア  作者: このは
15th:襲う挟撃! 降臨せし二柱の神
66/114

66:ディエティーズ・アサルト(4/8)~太陽神決戦譚

 ヌン雪原は雪化粧の氷柱郡。白銀の世界で、紅い閃光が迸る。

 羽衣纏う金色の鎧サン・ビュナスと天宮(あめみや)(てらす)の戦いは続く。

 炎の弾丸が飛び交う。弾き飛ばされ地面に着弾した火の弾が周囲の雪を一瞬にして昇華させ、爆発を起こす。

 照の周囲を衛星のように廻る6本の剣。照が飛び上がると追従するかのように剣は照を追いかける。

 一進一退、プラマイゼロの攻防。互いに攻めきれない膠着が続く。


「ええい、ちょこまかと逃げるな、羽虫!」


 その膠着を破ろうと、先に動いたのはサン・ビュナスだった。

 サン・ビュナスが操り人形を操るように指を動かすと、虚空から炎の鎖が現れ、照の周囲に張り巡らされる。


「ッ……!」


 これでは動けない。炎の鎖に振れた瞬間に鎖は照を雁字搦めにするだろう。かといって、このまま止まっても同じことだ。

 身動きを封じられた照。そこに6本の銅剣が迫る。


「串刺しになれ!」


 炎の鎖を掻い潜り、銅剣は照の肌を切り裂かんと飛ぶ。


「炎環よ、我が身を守る盾となれ!」


 照の周囲を日輪から放たれたプラズマ流が覆う。プラズマ流は銅剣の接触を拒むかのように弾き飛ばす。

 炎の弾丸を1発飛ばす。それは炎の鎖を1本だけ断ち切ってかき消えた。

 だが、それで十分だった。

 炎の鎖をくぐり抜ける。そして照はサン・ビュナスに両手の指先を向け、照準する。


「まつろわぬ者よ、我が輝きを受けよ!」


 照の日輪より放たれるは凝縮された炎。その炎はサン・ビュナスへと走る。対するサン・ビュナス、余裕を持った様子だ。

 ニヤリと笑うようにサン・ビュナスの眼光が鈍く光る。サン・ビュナスは右手を照の炎に向けてかざし、一言だけ呟く。


陽光の終焉(ソフ・シャメッシュ)


 照の放った光はサン・ビュナスを焼かず、その手前で消え去る。

 あり得ない消え方だった。まるで、熱量そのものが消え去ったかのような……


「やっぱり防御されるか……!」


 だが、目の前の現象を解析している余裕は照にはなかった。

 追尾してきた銅剣を振り払うように照は飛ぶ。


「照、準備できたぜ。いつでも撃てる!」

「エルくん!」


 自らを追いかける銅剣を振り払いながら、照はエルタイルからの通信を聞いた。

 準備ができた。その言葉の意味を照は理解していた。


「そういつまでも……飛び回るなよ小蝿!」


 サン・ビュナスの日輪から炎の渦が撒き散らされる。計16本の渦は空を漂う照に向かい、絡みつく。

 銅剣と炎の渦は、どこまでも執拗にてらすを追い回す。


「ああもう、あのカミサマ切れると言葉遣い汚いな! 前はあんなんじゃなかった気がするんだけど!」


 そのしつこさに思わず声が出てしまった。

 ただ、そうしていても状況が変わるわけではない。何か手を打たなければならなかった。


「照、どうする?」


 そこにエルタイルの通信。

 照は――――


「君はそのまま待機だ!」


 エルタイルに待機を命じた。

 その指令にエルタイルは疑問符で投げ返す。


「へ、なんで!?」

「君のその攻撃は一度しか通じない! 一回撃てばそれ以降は警戒されるからだ! 今の君は敵さんの眼中にない、その優位性を忘れるな!」


 それは至極当然の話だ。

 こと戦いにおいて、一人の存在が注意を払える人数は限られている。その人数というか許容量(キャパシティ)には個人差があるが、とにかく限界というものはある。そしてその警戒度というものは、強い相手に多く割り振られるものなのだ。

 反面、弱いものは警戒されない。力の差が大きいのならば特に。

 ただし、それは弱いものが逆転の一手を持っていない場合の話だ。弱いものが切り札を持っていると知られれば、その前提は瓦解する。


「じゃあどうするんだよ!?」


 どうするか、だって?

 そんなの決まっている。


「私が隙を作る! 確実に仕留められる一発を撃ち込もう!」


 それが現状の最適解だった。


「……了解!」

「あと、もう一つ」


 照はエルタイルにあることを伝える。

 照の意図を掴むのに時間がかかったのか、エルタイルの返事には少々のラグが。


「……わかった!」


 それ以降、照は返事を返すことはなかった。エルタイルからの通信もなかった。


「さて、どうするかな」


 襲いかかる22本の腕を避け続ける。立ち止まる暇など無い。思案に割く脳の容量が惜しい。何より反撃できない。


「とにかく、このままじゃ埒が明かない……」


 照は先程の自分の攻撃がかき消されたことを思い返す。弾き飛ばしたとかそういう話ではない。あれは飲み込まれたという表現が正しい。

 ならばと照は考える。今のままでは不利だと。

 その上、隙を作るならば接近しなければならない。


「やるのは久しぶりで不安だけど……やるしかないか……!」


 振り返り、自らを追う6本の銅剣と16本の炎の触手を睨む。


光炮一閃(こうぼういっせん)――朱孔雀(あけくじゃく)!」


 翼を仰ぐようにして照は計20発の炎の弾丸を放つ。そのそれぞれが銅剣と炎の腕に衝突し、爆発を起こす。

 煙の中から槍が白炎を撒き散らしながらサン・ビュナスに向かう。


「何を無駄なことを! 陽熱の終焉(ソフ・ヘマー)!」


 サン・ビュナスの羽衣が動き、槍を包むようにして受け止める。槍は羽衣に飲み込まれるようにして消える。


「また後ろを取るつもりか、アメミヤ・テラス! その手は食わん――――


 サン・ビュナスは右手を突き出しながら振り返る。そこに照が槍を振りかぶり、迫る。

 だがサン・ビュナスが見たモノは、今までサン・ビュナスが見てきたものとは違う、異質な照の姿。白い髪、白い衣、氷の槍。雪化粧のような姿を纏った照だった。


「――――」

「はああああああっ!」


 照の一閃。照の変化に一瞬だけサン・ビュナスが動揺したのだろうか、浅いが一撃が入った。

 距離を取ろうとするサン・ビュナス。だが照は引き離すまいと食らいつく。宙に氷の橋を作り、滑りながらサン・ビュナスへと向かう。仕方無しにサン・ビュナスは6本の銅剣を呼び戻し、照の振るう槍にあてがう。


「貴様、何だその姿は……!?」

「私の魂を荒御魂へと変質させたのさ。今の私は水と氷の神、セオリツヒメだ」


 セオリツヒメ。古事記や日本書紀にはその名が現れず、大祓祝詞(おおはらえののりと)にその名を表す神。本来は水の神だが、太陽という極高温の神の荒御魂であるならば、絶対零度の氷の神こそが()()()()()

 それが、荒魂变化の神威。


「分からぬことを!」

「分からなくていいよ。どうせお前には関係のない話だからね」



   ・・・



 二つの戦線から離れた場所で、エルタイルはバックパックから筒上の物体を取り出して佇む。


起動(ローンチ)、《アストラル・レールガン》……」


 筒上の物体が展開し、永い砲身を持つ大口径の砲銃となる。エルタイルはその銃床を肩に当て、グリップを握る。砲身に刻まれた魔導構文(コーデックス)のおかげか、見た目ほどの重さは感じない。

 この武器こそ、エルタイルの切り札、星辰誘導(アストラル・レール)(ガン)。アストラル・ボードとともに学術院(ギーメル)から送られてきた新兵装である。

 二柱の神は自分を警戒していない。それがエルタイルの持つアドバンテージ。

 そのアドバンテージを利用し、確実な一撃を与えれば、勝てる……。


「ああ……わかってる。オレの一撃で全部決まる……」


 緊張で汗が滲み出す。手が滑る。服で手汗を拭い、レールガンのスコープを覗き込む。


起動(ローンチ)、《アストラル・プロジェクション》。対象設定、描画レンジ、周波数レート設定、全てクリア……!」


 宙に浮かんだ黄色い光のパネルには、カンマとルゥコが鎧武者と戦う姿が映し出されている。だが明らかに劣勢。

 スコープの向こうでは照とサン・ビュナスの戦いが展開されている。白い姿の照がサン・ビュナスに食らいつく。


「あんまり時間はねえぞ、テラス……!」



   ・・・



 照はサン・ビュナスに猛攻を仕掛ける。サン・ビュナスも負けじと攻撃をいなし続け、反撃にと銅剣を飛ばす。


「はあっ!」


 照が槍を振るうと、宙に氷柱が出現し、銅剣に向けて飛ぶ。銅剣は氷柱によって撃ち落とされるも、サン・ビュナスの日輪からの光を受けて再度動き出す。

 照はサン・ビュナスに追いつき、手に持った槍を振るう。

 照の頭上と真下から銅剣が互い違いに飛ぶ。照は後ろに下がって銅剣を避ける。

 再び両者の距離が開く。

 氷の橋を滑る照。追うように銅剣が飛ぶ。


「しつこいね。何度同じ技を使うつもり?」

「神を舐めるな、"もどき"如きが!」


 サン・ビュナスの羽衣がサン・ビュナスの手に吸い付き、剣となる。照に向かい飛ぶサン・ビュナス。


「ようやくその気になったね。でも遅い」


 サン・ビュナスの剣と照の槍がぶつかり合う。絡みつき、離れる。絡みつき、離れる。その攻防を数度繰り返す。

 何度目かの斬り合い。照とサン・ビュナスはお互いに距離を取り、お互いの隙を伺う。だが……


「私の下準備はもう終わってる」

「何……?」


 サン・ビュナスの周囲には幾重もの氷のレールが張り巡らされていた。気付けば氷に囲まれている。


「まさか、このために――――」


 このために、わざわざ氷のレールを造り続けていたのか。

 サン・ビュナスがそれを理解した時には、全てが遅かった。


「氷山砕き。呑まれろ、彼方の星(ファルステラ)の神性!」


 氷のレールが一斉に割れ、その破片がサン・ビュナスに殺到する。

 単一分子にまで研ぎ澄まされた氷の破片たちが、サン・ビュナスの鎧を切り刻んでいく。

 それは白い嵐。あらゆるものを飲み込む刃の蜂球。


「うおおおおおッ……! 舐めるなよ、境界(マージナル)の神性!」


 サン・ビュナスの日輪が強く輝き、炎が溢れ出る。照の氷とサン・ビュナスの炎がぶつかり合い、一瞬にして昇華した氷の数々が大爆発を起こす。

 一瞬にして膨張した空気が周囲に放射状に広がる。その速度は音を超え、強烈な爆裂音と共に衝撃波となって伝播する。

 雪煙が舞い上がり、氷柱郡が倒れる。この急激な変化に、一時的ではあるが、サン・ビュナスの視界は白く塗りつぶされた。

 ――――それが、仇となった。


「たああああああッ!」

「くぁっ……!」


 爆発の中でサン・ビュナスに接近していた照。振るう槍に手応えがあった。

 煙の中から尾を引いて墜落するサン・ビュナス。地面に激突したのを確認して、照はエルタイルに合図を送る。


「エルくん!」

「おう!」


 そして、自らも手に持った槍を敵性の神へと放つ。


天壌武穹(てんじょうむきゅう)水砲一閃(すいほういっせん)!」


 雪の結晶のような槍が、放出される水の勢いに乗って飛ぶ。

 だがその向かう先は、サン・ビュナスではなかった。

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