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彼方の星のミソロギア  作者: このは
14th:交渉せよ! ラメドの森の精霊たち
61/114

61:創造られた精霊

 夜が明けて、天宮(あめみや)(てらす)とその一行はアルセイスの集落を後にしていた。

 行き先はマールの言っていたアルセイスの遺跡。この魔力の励起光に満ちた森の中を進んでいけば見つかるとの話だったが……


「話はわかったけど……その遺跡ってのは本当にこっちでいいのか? 地図には何も書かれてねえけど……」

「うん。マールさんの話によれば森の励起光に注意して進んでいけば見つかるはずだ、って」


 今の所、それらしいものは何も見当たらない。手がかりの励起光にしても、


「励起光ねえ……」


 辺り一面のゲーミング葉っぱに囲まれていれば手がかりも何も無い、と思う。探そうにもどう探せばいいのやらだ。

 となれば他に遺跡らしいものを探すしか無い。石柱とか、石畳とか、そういった人工物があれば近くに何かあることになる。

 ……と、照が言いかけたその時。


「いや、探す必要ないよ」


 カンマのこの一言。理由は容易に想像できた。


「カンマ君、"視た"の?」

「うん、見つけた。ついてきて」


 想像するに、カンマはずっと未来視で自分の進む道をシミュレートしていたのだろう。頭の中で、森の中を虱潰しに歩いていたのだ。未来視があるとはいえ気が遠くなるような思考だったが、他人がその苦労を推し量れるものでもないなと照は感じた。

 カンマの指示通りに照たちは歩く。

 木々の葉の緑光が深くなるにつけ、木彫りの像や木でできた柱やらといったものが散見されるようになっていく。どれも経年による劣化が見えない。魔力によるものなのか、それとも優れた防腐剤でもあるのか。どちらにせよ、アルセイスという種族は石をあまり使わない文化だったらしい。そういえばあの集落も木造の建築がほとんどだった……。

 それはともかく、しばらく歩くと、照達は大きな木造のピラミッドの前に出た。


「ここ?」

「うん、ここだ」


 ……これほどの大きさならば空から飛べば視認できたのではないかと思いもするが、それは後の祭りというものだった。


「なんかマヤのピラミッドみたいだよね」


 ルゥコが呟く。……確かに、マヤのピラミッドに似ている。材質や建築方法など細かな違いはあれど、目の前にそびえる威容はまさにそれだった。


「マヤのピラミッドね……チチェン・イッツァが有名だね。ククルカン、アステカで言うケツァルコアトルを祀る神殿だよ」

「へー……」

「いいよね、中南米。遺跡巡りしてみたいよね」

「あーわかる。人身御供を捧げてたとかいうダークさ好き」

「おやカンマくん行けるクチか」

「過去は未来と違ってもの言わないからね」


 カンマの言葉に妙な実感がこもっている気がした。なるほど、未来が見える分、過去に興味が湧くのも不思議ではないかもしれない。といっても、カンマの場合知識自体は前から持っていたものだろうけど。

 ところで中南米~南米のマヤ、アステカ、インカといった文明には生贄を捧げていたという文化があった。それは信仰上の理由だったり、もしかしたら口減らしだったりかもしれないが、とにかくそういう風習があったのだ。

 ただ、一口に生贄といっても色々ある。アステカではトシュカトルと呼ばれる祭りが行われていたが、その祭りでは生贄に選ばれた者はテスカトリポカ神の化身として、この世のすべてを手に入れたと言っていいほどの高待遇を受ける。そして祭りによって定められた日に生贄となる。またアステカは戦争によって得た捕虜を生贄とすることもあった。中には生贄確保のために戦争を行うこともあったのだ。

 ……ともあれ、彼らにとって人身御供という文化は重要な意味を持ち、また人身御供に選ばれるということは名誉でもあったのだとか。

 まあ、本当のところはどうだったのかなど知る由もないし、自分が生贄に選ばれるのは絶対にノーサンキューだとも照は思う。

 と、そんなこんなで行われるアステカ談義を、他の二人は如何様な目で見ているのか。ちらりと照は横目で見る。


「……こいつらなんの話してんの?」

「ただのオタク話だよ」

「……? よくわからん……」


 まあ。なんか。やれやれ、といった感じだ。


「二人とも、そんなことより!」


 催促するように手を叩くルゥコ。その音に、照は正気を引き戻される。


「っと、そうだったね。行こっか」


 照の言葉を合図に、一行は神殿の階段を上り始めた。上を見上げると、気が滅入りそうな階段がずらりと並ぶ。遠目に見ただけでは分からなかったが、階段の段数は百の大台に乗ろうかといったところだった。これは余談だがこのピラミッドには釘打ちの跡がなかった。

 ため息が出そうになるのをこらえて、黙々と一歩一歩足を進めていく。モモアゲしたら早く登れないかな、なんて余計なことを考えたり。そんなことはさておき。


「っ……意外と……キッツ……」


 この長い階梯の中腹ほどで、エルタイルが最初に音を上げた。見れば息は絶え絶え、汗だくだくのもう少しで死にそうな勢いだった。階段を登るのは慣れていないのだろうか。


「おいおいへばるの早いぞエルくん。そんなんじゃうちの神社の敷居は跨げないぞ」

「うっせぇ……お前んちとか知るか……!」


 こんな時でもツッコミは忘れない。その意気や良し。……というのはともかく、エルタイルもこの調子だし、少し休憩すべきか。そう思ってカンマとルゥコを見ると、二人は頷いてその場に止まった。

 階段に腰掛け、今まで登ってきた道を眺める。かなりの急勾配で段差があり、それをだいたい四、五十段くらい登ったか。こうしてみると結構高いところまで登ったなと言う気になる。


「照さんとこの神社って、階段長い?」

「うん。昔ながらのとこだから踊り場もないよ」

「あ、それは……」


 などと会話をしながら、照は自らの実家……東京郊外の天道神社のことを思い出す。そういえばあれからもう二ヶ月は経つ。それだけの時間が経てば、色々と考える。部屋の修理は終わっただろうか、弟たちは元気だろうか――――


「……伏せて、みんな!」


 突然カンマが声を張り上げる。かと思えばその直後に雷鳴。同時に遺跡の頂上に稲妻が落ちる。


「っ……!」


 衝撃と怒号。爆発で木片が飛び散る。

 遺跡が振動する。雷轟とともに現れた何者かを歓迎し、拍手するかのように。

 遺跡の頂上の神殿から煙が立ち上る。その煙の中、静かにたゆたう影が一つあった。


「あれは……!?」


 それに最初に気付いたのはエルタイル。指差す方向を視ると、煙の合間から銀色の肌を持つ人型が姿を表した。

 その人型は腕が六本あった。炎、水、風、土、光と闇。一つ一つに異なる属性(エレメント)を宿すその手が、照たちを見定めるように動く。


「精霊……」


 そこに現れた人型の魔力は、強いメンタル体の反応を示していた。それこそかの者が精霊である証左。

 精霊は口に手を当て、クスクスと笑う。


「ホホ、我らの眠りを妨げる不届き者がいるようじゃの」


 精霊は手招きする。登ってこい、と言わんばかりの仕草だ。

 照は三人に目配せする。三人、特にエルタイルはもっと休憩したかっただろうが、こうなっては仕方ない。

 残りの階段を一気に上り、頂上の神殿にて呼吸を整える。精霊はその様子を愉快そうに眺めていた。一体何が楽しいのかわからなかったが、待ってくれると言うなら助かる。


「あなたがこの遺跡の主……ってことでいいの?」


 全員の呼吸がひとまず落ち着いたことを確認すると、照は精霊に尋ねた。


「如何にも。我がこの遺跡に眠る精霊達の主。人工精霊アーティファ」


 精霊……アーティファは照の問いに肯定で答えた。

 いや、しかし。


「人工精霊……」


 その響きは聞き慣れない。精霊に人工も何もあるのだろうか。いや、そう名乗っているのだからあるのだろう。そういうことにしておく。


「然様。この森に住む……何と言ったかな。アル……そう、アルセイス。彼奴らの探究の一環として産み出されたのが我らだ」

「探究?」


 聞くだけ無駄だと思いながら、照は聞いてみる。

 ……ああ、本当に無駄だ。どうせ答えなんて決まってるのだから。


「先ほど人身御供がどうのと言っておったろう、それさ。真なる神アイオーンの御許に行くために、人同士の魂を結合させることで魂を昇華させようとしたのだよ」

「……悪趣味な」


 その言葉には二つの意味があった。

 一つはアルセイスの所業に対する意味。もう一つはこの精霊が盗み聞きをしていたことに対する意味。どちらも悪趣味極まりない。特に後者が気に入らない。

 しかしアーティファは言葉に秘められた皮肉を意にも介さない。


「おうとも、悪趣味さ。その悪趣味を重ねて今のあ奴らがいるのだよ。そして我ら人工精霊は失敗作ということだな」


 自らを失敗作と言い、彼らは成功作だと言う。その心境はいかなるものか。この遺跡も長年放置されていたようだし、察するところがある。


「我ら、とか言う割には他の精霊の姿が見えないけど?」

「警戒しておるのだよ。信の置けぬものに姿を晒す者たちではない故。眠りを妨げられて気も立っておる。もしかしたら牙を剥くやもしれぬぞ?」


 脅すようなアーティファの言葉。


「おい、待てよ。オレたちは――――

「まあ待て、みなまで言うものでもなかろう。お主らの用向きは存じておる。悪魔たちのこと……であろう? なるほど、アルセイスに助力を乞いに来たが、断られた……といったところか」


 食い下がろうとしたエルタイルを制しての言。

 その推察は当たっていた。


「だったら話は早い。おれ達に協力してくれないか?」

「ならぬ」


 即答だった。


「っ……どうして……?」

「知れたこと。勝算が無いからだ」


 アーティファが述べた理由は、あまりにも単純だった。

 それはそうだろう。勝ちの見えぬ戦いに身を置くなど正気ではない。例え死が待つのみとしても、その死を受け入れる方が心は平穏だ。


「であれば、我らはそれを選ぶ」


 もしかしたら、最後まで足掻く人間なんて一握りかもしれない。目前に回避できない死が迫ってきたのなら、死の恐怖なんて消えてしまうものなのかもしれない。


「だとしても――――

「エルくん」


 照はエルタイルを制する。


「……確かに、心はそちらの方が楽かもしれない」


 だけど、それでもあがく命をこそ美しく尊いと思う。

 そういう魂こそ救われるべきだと信じている。


「この世界の人々はまだ諦めてない。だから――――


 力を貸して欲しい。

 その言葉を照は飲み込んだ。

 悪魔に対して確たる勝算を示せない以上、それを言うのは傲慢だと感じたから。


「……フム。我らはアルセイスとは違う故。そこまで言うならば」


 アーティファの腕の内の一本、炎の腕が、エルタイルを指差す。


「我に証明してみせよ、この世界の人間よ」


 皆がエルタイルを見る。

 肝心のエルタイルは、


「――――え、オレ?」


 などと素っ頓狂な声を上げるのだった。


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