6:魔獣狩り
火の手が上がった村の中を、マリアとラザルが山へと向かい駆けていく。それを横目に見ながら、天宮照は獣達と対峙していた。
既に村人の多くは逃げ出している。その内の何人かは照が助けた。だが獣達に見つからずに逃げおおせられるという保証はない。村人を守るためには、照が多くの獣を引きつける必要がある。
襲いかかる獣達の牙や爪を避けながら、思考を巡らせる。村を襲う獣達一体一体はさほど強くはないが、その数は多かった。少しばかり力の節約を考えたほうがいい。
それに、試したいこともある。こんな言い方をしては何だが、この襲撃はそれを確かめるにはいい機会だった。
「貰ってきた力、使ってみますか……!」
照は誰に対してでもなく呟いた。理由は特になかった。気分と言ってもいい。
右手を空にかざして、意識を集中させる。目には見えない、身体と重なり合って存在する何かが、掌に集まってくるのを感じる。
獣の攻撃から身を躱しながら、照は起動の言葉を放り出す。
「クリエイションスモーク、展開!」
言葉に反応して、右腕に刻まれた何らかの文字列が紫色の光を放つ。そこから紫色の煙が吹き出し、渦を巻いて寄り集まる。
煙に手を入れて、道具の種別を唱える。それがこのギフト"アイテムクリエイション"の発動手順だった。
獣の猛攻を巧みに避けつつ、照は今必要とされるものを考える。今何が欲しいか。そんなものは決まってる。
複数の獣が照に切迫する。左右から猪、ワンテンポ遅れて山羊。
「コンディションセット、ウェポン!」
一歩後ろに下がる。左右からの猪たちはぶつかり合い、軽く宙を踊り、地鳴りと共に地に落ちる。
私は振り返りざまに煙の中に右手を突っ込んで、私はその力を起動させた。
「起動、アイテムクリエイション!」
言葉を合図にして、紫色の煙が赤く変色する。直後、右手に何かが触れる感覚。照はそれを掴み取り、引き抜く勢いで迫る山羊に叩きつけようと振るう!
振るった。
そのはずだった、のだが――――
ぱきん。
軽く、乾いた音が小さく鳴る。ああ、それは紅葉に染まる秋の森の中を歩く時、足元から耳を包むように聞こえてくるあの小気味いい音のような――――
じゃない!
「……は? はああぁぁぁっ!?」
手元を見れば、握っていたのは棒きれ。
そう、ただの棒きれだ。空を切るだけで折れるほどに脆いそれは、跳ね返って照の顔に当たった。ちょっとした痛みがあった。
古式ゆかしいゲームでは、はじまりの村で装備できるものといえば、棒きれとなべのフタであるが……
(いや、何の縛りプレイだよ!?)
しかも最悪なことに、今のでアイテムクリエイションに使う魔力を全て持ってかれた。照は頭の中に不細工なカエルの顔を思い浮かべる。英語圏のスラングに曰く、通称フィールズバッドマン、悲しいカエルである。
……当然、こんな棒きれではまともに攻撃できるわけもない。山羊の頭突きに照は突き飛ばされ、地面を転げる。
間髪入れずに照が聞いたのは、獣達が飛びかかる音、音、音。それぞれ違う高さの音たちだった。体格の違う獣の地面を蹴る音たちだった。
咳き込んでうまく声が出せない。だが出せなければおしまいだ。無理にでも、出せ!
「っ……祓いたまえ、清めたまえ!」
獣達の牙が身体を穿つその寸前、照はやっとの思いで声を絞り出した。
すると、照の身体が獣達との接触を拒むかのように、それらを弾き飛ばす。その隙に照は飛び起き、体勢を立て直す。
それからは獣達も照も、睨み合ったままじりじりと距離を取るのみ。お互い様子を伺うばかりだった。
「はぁ。いや参ったなこりゃ。確かにこりゃハズレスキルだ……」
今は見えない何者かに悪態をつく。
もらってきたモノが使い物にならない以上、武器はその場その場で調達して戦うしかなかった。
武器……武器だ。できれば長物がいい。リーチの長さはアドバンテージにつながる。どこかに角材とか、鉄の棒とか、そういったものが。……チェーンソーが一番欲しいと思うのは、これもいきもののサガか。
……そう考えて、照はすぐに「あんまり重いのはだめだ」と考え直した。
獣達と睨み合いつつ辺りを見回すと、少し離れた家屋の近くに、斧が転がっているのが見えた。
「あそこに行ければ……!」
もう力を無駄遣いすることはできない。そもそも、照がこれだけ動けているのも自らの力で補助してのことだ。余計な技を使っている余裕などそもそも無いのだ。
棒きれを放り投げ、照は思案する。
一発。火の弾一発だ。それで道を作る。その隙に滑り込んで、斧を取る。そうすればまだ戦えるはず。
そうと決まれば!
駆け出した照に反応して、獣達が殺到する。迫る前方の軍勢に、照は右手の人差し指を向け、火の弾を放った。
火の弾は一直線に雑多な兵隊どもを貫き穿ち、熱と風をばら撒きながら直進する。それの通った後には、二つに割れた炎の海が現れていた。
熱と光の中をひた走る。そして、照の右手は村人の残した得物を掴み取った!
「村人さん、ごめんね……借りるよっ!」
猿が炎の海を飛び超えてきた。照は手に持った斧を振りかぶり、地を駆け突進する黒い紋様の猿めがけて振り下ろす。
鈍く重い一撃は猿の頭蓋を砕き、脳天を真っ二つに裂く。
そのはずだった――――
「っ……!?」
結論から言おう。効かなかった。
……いや、効かなかったと言うことすらおこがましいかも知れない。
だってこんなの、あまりにもおかしい。
猿の頭を叩き割るはずの斧の刃が、その対象をすり抜けて地面を穿ったなんてこと。
照はとっさに空いた左手で火の弾を撃ち出す。光の軌跡が猿を貫き、血しぶきとともに炎の海へ猿もろとも消えていく。
「何、ってこと……!」
こちらからの攻撃はすり抜ける。
向こうからの攻撃はこちらに届く。
……だから、こう推理するしかなかった。
「物理攻撃効かないのかよっ……」
この黒い紋様が浮かんだ獣達には、こちらから触れることはできず、向こうからは干渉できる。わかることといえば現状これくらい。
恐らく肉弾戦は不可能。熱も光も効きはしないだろう。ではこいつらには何が有効なのか。
「私の"力"は通じている、ってのは確かだけど……」
……足りない。あまりにも。この化け物たちを相手にするには、決定的なまでに情報が足りない。
確かにこんな獣達が世界中にいたのでは、世界がああなるのも無理はない。こんなの初見殺しにも程がある。
照にとって何より腹立たしいのは、「やつら」はこれを知っていたはずだということ。
知っていて話さなかった。
「ッ……くそったれ……!」
この笑えないような状況に、照は渇いた笑みをこぼすしかなかった。