49:神魔大戦(7/12)~三極一点集中作戦
カンマは述懐する。過去の情景を。
天宮照は宿の自室にカンマたちを呼び出し、突然こんな提案をした。
「技名?」
「そう。正確には行動パターンとか色々決めとこうと思ってさ」
なんとも漫画とかゲームっぽいなと思うカンマであったが、照の意図は未来視によりすぐ理解できた。
しかし未来視を持たないルゥコにはその意図は伝わらなかったようである。それもそのはず、ルゥコは漫画やゲームにさほど詳しくない、有り体に言えばオタクではない。はずだ。
「うーん……でも技名言いながら戦うって……」
だからルゥコの反応は至極当然とも言えた。まあそんな彼女も、巫術を行使する際に精霊と決めた合言葉を口にしているはずだが。どうにも無自覚らしいので、カンマはその点には黙っておいた。
そんな様子を見て、照は彼女?自身の意図を話し始めた。
「いやいや、これが結構大事よ。例えばカンマくんが未来を視たとする。それを一々伝えてたら時間がかかるでしょ。それを短縮しようって話」
「ああ、そういう」
ようは圧縮言語である。特定の行動と言葉を紐付けして共有し、情報伝達を円滑化しよう、という狙いがそこにある。
カンマが"視た"照の考えによると、カンマを司令塔として未来視に集中させ、照達は前線に立ち、カンマの司令に従う……ということだった。
それが悪魔に通じるかは未知数だったが……
「うまく使えばカンマくんの未来視をより有効活用できるよ」
にやりと照は笑った。
――――そして今。カンマはエルタイルが映し出した二つの画面を注視している。その見据える先は、照とルゥコの未来。
「悪魔の能力が届かない場所まで下がって、エルの魔導を使って照さん達の未来を観測可能にする。そうすればおれの指示が届く……」
どんな能力にも効果の届く範囲がある。そのはずなのだが、ちゃんと未来が"視える"ようになるまでかなりの距離を移動したように思う。
それでも一度視えるようになってしまえばこっちのもので……
「効果てき面だったよ、照さん」
実際、こちらの余地を伝えた途端に照と獣の悪魔の戦いは、その情勢を大きく照に傾かせたのだ。
しかしそれも一時だけの話で――――
「でも……より酷い未来になるなんて思わなかった……!」
「まさか変身しやがるなんてな……!」
エルタイルが呻くように言う。
より悪い未来に変化するということは、カンマにとっては予想もつかない出来事だった。今までになかったことだから。
その未来を視た時には既に遅く……
……とにかく今は、作戦を変える必要がある。
「照さん。そいつは受け流すだけに集中! 倒しやすいやつから倒そう!」
「了解。作戦はある?」
戦いの轟音の中で照が答える。もちろんあるが、これが作戦といえるものなのか。いや、やるしかない……!
「みんなで集中攻撃! 狙いはルゥコちゃん達の相手、黒い模様の女!」
・・・
王都ヘール南東部。悪魔リリスとマルサネス達が対峙する。
マルサネスがフクロウ面の魔女に食らいつく。赤い閃光を纏って放たれたその牙のような鋭い一撃は、そのベクトルを捻じ曲げられる。
着地し、右足の踵を軸に身を翻し、マルサネスは魔女を睨む。
「ちッ……何度やっても弾き飛ばされる!」
おまけに実際の感触と認識との間に齟齬を感じる。メンタル体不活性による認識阻害……どの悪魔かは知らないが、その能力の影響範囲は恐るべきものだ。
だがそんなの関係ない。どれだけズレているかは感覚で分かった。ならば当てに行くのは難しくない!
「だったら、これならどうだッ!」
飛び上がり、リリスに切迫する。
魔力を伴った攻撃を放てばその瞬間から跳ね飛ばされる。そうでなくても奴に近づくのは不可能。
ならば、ギリギリまで溜めて、一気に放つ!
捻じ曲げられ軌道が変化するその瞬間、マルサネスは拳を突き出し、纏わせた赤い光を撃ち出す。
「うらあッ!」
「…………!」
血のような弾がリリスに向かい――――それはリリスの肩を穿った!
小さな爆発が起こり、悪魔は仰け反る。
「っし、読みが当たった! こいつの能力は自分に近すぎると効果がねえんだ!」
そうと分かれば畳み掛けるのみ!
マルサネスは更なる一撃をと赤い光を四つの拳に纏わせる。
突然、リリスが笑い出す。
「――――フッ……。アハハハハ! いいわ。いいわよアナタ。さあ、次を頂戴。あるんでしょう?」
「うるせえ! 気持ち悪いんだよてめえはッ!」
マルサネスが拳に纏った赤い光を同時に撃ち出し、光弾同士を激突させると、それらは破裂してリリスの身に赤い散弾をぶちまける。
マルサネスの放つ赤熱光弾、それを範囲攻撃に応用した赤熱炸裂弾!
それはリリスの能力をすり抜け、その身体を蜂の巣にする……はずだった。
だが。
「――――ッ!?」
マルサネスの放った赤い光弾の嵐はリリスの体表に触れる直前、捻じ曲がって地面に降り注いだ。
何故だ。奴の力は奴の周囲には働かないのではないのか。
マルサネスが訝しむのを見たのか見ていないのか、リリスは独りでに語り始める。
「痛みは快楽。快楽は誘惑。誘惑は縄縛。即ち私の痛みは私の力。アナタは私の力が及ばない"範囲"があると考えていたようだけど、ハズレよ、それ」
鋭い頭痛とともに、吐き気がマルサネスを襲う。
「ッ……目眩……!?」
それも先程のものとは比べ物にならないほど強い。今までのは本気でなかったとでも言うのか。
「さっきのは当たってあげたのよ。結構気持ちよかったわよ」
「てめえ……!」
黒い波動がマルサネスを吹き飛ばす。
地に落ち、瓦礫のベッドに寝そべる。身体のバネを利用して起き上がると、マルサネスは血を吐く。
「んッ……吐き出す言葉が一々気持ち悪いなァおい……!」
どうやら口の中を切ったらしく、喋る度に小さな痛みを感じる。だが戦闘状態にあるせいか、その痛みはすぐに感じなくなった。
不意に、マルサネスは自身を呼ぶ声を聞く。
「マールさん!」
マルサネスの下に駆け寄ったその声の主は、共にこの場に来ていた精霊使い、ルゥコだった。
今はマルサネスだ、と訂正したくなったが、何度言っても変わらんだろうと思ったのでやめた。
「なんだ! 巫術使えねえなら下がってろ!」
「カンマ君から! 作戦があるって――――」
「作戦だァ?」
――――ルゥコの口から伝えられた"作戦"に、口元を釣り上げる。
「……いいぜ。乗ってやる! ついてこいよルゥコ!」
「はい!」
マルサネスは跳躍する。
飛び交う黒い弾丸を掻い潜り、再びリリスに接近して、殴りかかる。
「何度も何度も……懲りないわね貴方も!」
マルサネスはリリスの歪曲場に囚われ、弾かれる。
だが。
リリスの目の前に、黄金のリンゴが一つ。
不意に投げ入れられた異物に、リリスは怪訝な表情を浮かべた。
「……何、これ」
「へっ。魔力を持たねえもんなら捻じ曲げらんねえだろ――――置いたぜ、ルゥコ!」
視界の隅で、ルゥコが青い光をにわかに纏う姿が見える。
そして……起動の言葉を口にする。
「起きて、量子果実!」
言葉とともに、リンゴと入れ替わるようにルゥコがリリスの傍に出現する。
「ッ、そんなことをしたところで――――」
それが魔力を伴う攻撃ならば弾かれるだろう。
だがルゥコが行ったのは攻撃ではない。
ただ触っただけだ。
しかし、それこそが狙いだった。
量子果実は魂の情報と質料果の置換を行う能力である。その媒介となる質料果を作成する条件。
それはルゥコが"その手で触れる"こと。
つまり――――
「取ったよ、マールさん!」
「よし来たァ!」
「一体何をしようって――――
リリスはルゥコに向けて無数の黒い刃を放つ。だがこの瞬間移動のような能力を持つルゥコに、考えなしの攻撃が有効打になるはずもなく……
「量子果実!」
「っ……また別の場所に……何それ、どこの神の権能よ!? 境界の神性って一柱じゃなかったの!?」
リリスは困惑の表情を浮かべる。どうやら悪魔にとってそれは"知らない"能力だったようだ。
「準備は整ったぜ、やっちまえッ!」
「やあああああっ!!」
ルゥコは手に持ったリンゴを天高く放り投げた。
そして、そこに居ない何者かに向かって声を張り上げる。
「カンマ君!」
ルゥコの耳に取り付けた通信機の向こうで声がする。
「五時の方向! 照さん!」
「我が陽の光を浴びよ、炮火連天!」
「ルゥコちゃん!」
カンマの声に応じて、ルゥコはマルサネスに向けてハンドサインを送った。それに応えて、マルサネスは攻撃態勢に入る。
「消し飛べえぇッ!!」
マルサネスの四本の腕から、赤と紫の波動が放たれて、入り乱れて一つの束になる。
だがそれはリリスに向かうことはなく。
「どこを狙って――――
遠方から光の矢の雨と炎の津波が押し寄せる。カンマと照の攻撃だ。そしてそれらの向かう先は!
「起きて――――量子果実!」
光の矢の雨と炎の津波、そして赤と紫の波動。それらが交わる場所に、黄金のリンゴがひとつ舞う。
……そして、それぞれの光が交叉する瞬間。
リンゴと入れ替わりになって、リリスが現れた。
「ッ――――――」
爆音が轟き、衝撃波が撒き散らされる。その余波で建物が軋み、ひび割れ、やがて崩壊する。
……土煙が立ち込める。
ルゥコもマールも、土煙の中にいるであろう悪魔を、固唾を飲んで見つめる。
その末に――――
「ッ…………クソ……くそったれ……!!」
悪魔はまだ生きていた。
「ッ……仕留めきれなかった……!」
「嘘でしょ……?」
悪魔は眼下の二人を睨めつけ、唸る。
「ウゥゥゥゥ……斯様な者共にここまでしてやられるなんて……! 恥だわ。ああ恥ずかしい……!」
顔をぐしゃぐしゃに歪ませ、悪魔は唸る。
「よくも……よくもよくもよくもよくもよくも! 私にこんな姿を晒させたなァ!!」
リリスの上空の暗雲が吸い込まれていく。
やがて発光と共にリリスの身体は変化して――――
「もういい。お前たち全員、食い潰してやる……!」
黒い巨大なフクロウが、そこにいた。




