46:神魔大戦(4/12)~絶望の獣
「ッッッ――――境界の、神性ィィィ……!!」
遠方に構える天宮照を睨み付ける竜頭の魔人に対し、パトスは己が拳を振り上げる。
拳をいなし、反撃にと両の腕を鞭のように震わせる魔人。それを掻い潜り、魔人に一撃を見舞わんとするパトスの攻防が繰り広げられる。
竜頭の魔人の怒りに歪んだ顔がさらに歪む。
「怒りを顕にするのもいいが、眼前の敵を忘れてくれるなよ」
「ええい、邪魔だ、愚かなりし神ッ!」
魔人の蛇のような腕がパトスに絡みつき、パトスはそれを逆利用して竜人を宙に振り上げる)。
空中で静止した魔人はもう片方の腕を地中に忍ばせ、パトスの足元に食らいつく。
体勢が崩されたパトスに、竜人は背を向け、その突起を伸ばす。
「パトス様!」
「《守護光陣》展開! パトス様を守れぇ!」
神官達の身体に緑色の光の模様が滲み出る。それは加護が発動する前兆。
だが。
「うるさい、ハエ虫、ども。黙って、いろ!!」
神官達を睨め付けた魔人は、その腹の眼を瞬かせる。その眼は緑色に輝く。
すると神官達に現れた模様が消え去り、その光は消失する。
「ッ……加護が……!」
「ヤツの力か……!」
神官たちの加護は不発に終わり、魔人の突起は妨げられる事なくパトスに向かう。
だが、突如として地面が隆起してその攻撃を防いだ。
「ッ……!」
魔人が狼狽した一瞬の隙に、パトスは魔人の腕を振り払う。
パトスの鎧から覗かせる青い光が、魔人を凝視するかのように煌く。
そして、パトスは魔人を指差し言い放つ。
「読み通りだな。神威を防げば加護が、加護を防げば神威が使える。貴様はどちらか一方しか封印できない!」
魔人は黙りこくり、俯いたまま動かない。
「…………確かに、貴様の、言う通り。……だが」
沈黙の末、魔人はパトスの推察を肯定した。
しかしそれは、あくまで魔人の能力の一部に過ぎず……
「我が、『反情動』の、本領は、魔術を、封じるに、あらず!」
音だけがした。
魔人は動いていない。だが、風を切る音だけが聞こえる。
そして。
「後悔、するが、いい。我に、本気、出させた、ことを……!!」
気づかぬ内に、パトスは後方からの攻撃を受けていた。
脇腹を魔人の右腕で一噛み。鋼鉄の身体を貫いて、その奥に眠る高密度のコーザル体、神たる存在の力の源が漏れ出す。
パトスは振り向き様に一撃を食らわそうとするが、既に魔人は間合いの外にいた。
「ぐっ……何、だと……いつの間に……?」
「違う。動いて、いないのは、貴様だ」
「何――――
魔人の腕がパトスを打ち上げ、容赦ない乱打がパトスを襲う。
「神様っ……!」
それを見ていたカンマが声を上げるも、神官たちはパトスが追い立てられる光景に何の反応も示さなかった。
この様を見て、パトスは何が起きたのかを推察する。
出た結論は――――
「ッ、そうか。そういう能力か……!」
地面が隆起し、盾となって魔人の攻撃を阻む。
攻撃を間一髪で掻い潜りながらパトスは着地して、目の前の魔人を睨む。
なるほど、悪魔というものは搦め手がお好きらしい。
「神様、おれも――――
パトスに駆け寄るカンマ。だがパトスはそのカンマに待ったをかける。
手助けするとでも言いたいのだろう。だが。
「不要!」
「でも――――」
「要らぬ! 本来の力も使えぬ今の君は到底戦力になり得ない!」
「っ――――」
図星を突かれたのだろう。カンマはパトスに食い下がるのをやめた。
パトスは更に告げる。
「時を待て。この悪魔はこの私、"地と慈悲の神"パトスが斃してみせよう!
「……ありがとう、ウルトラな神様」
ウルトラとは一体……?
「うむ、よくわからんが、任せておけ!」
・・・
パトスと竜頭の魔人が対峙するその北方で、天宮照と獣の悪魔クルーエルもまたお互いを睨んでいた。
「貴様……! はじめから、それが狙いだったな?」
クルーエルに相対する照の姿は、鎧を纏った女武者のよう。
――――神衣・天疎戦ノ装。照の魂の一部を荒御魂へと変換し、身体能力を底上げすると共に戦闘経験をその身に降ろす神威。
元来接近戦の得意でない照だが、この神威によって性質を一部反転させることで、接近戦を可能とするのである。
「そりゃそうさ。まともに戦う手段がないんじゃ話にならないからね」
手に持つ槍をくるくると回し、照は語る。
「君たちは私の神威を封じて得意げになってたみたいだけど、いくつか抜け穴があったことを忘れてたんじゃないかな。今まで本気を出して戦ったことすら無かったろうから」
悪魔は答えない。だが、その様子からは図星であることが見て取れた。
「神威を封じる能力……とは言っても、発動を封じるだけだ。それも一瞬だけ途切れることがあった。文字通り瞬き一つの時間だけど」
本来、分からなければ問題にもならない一瞬だろう。
だが分かった以上は対策を立てられるのは必定。それが針の穴に意図を通すような繊細さを要求されるようなものでも、穴がある以上――――
「なら簡単だ。その一瞬の隙に神威を発動させればいい! それも持続するやつをね! ついでに攻撃させてもらったよ」
「……境界の神性……!」
頭に直接伝わってくる声から憎悪を孕んだ感情が伝わってくる。
上等だ。その憎悪をぶつけてこい。
「さぁて行くよ第二ラウンド!」
赤と黒の閃光が交差する。
街の上空でいくつもの激突が起こり、衝撃が建造物を軋ませる。
打ち合う中で、照は小さな違和感を覚える。
(おかしい……さっきからまともに攻撃が入ってない……あいつは避けようともしてないのに……!)
あいつの攻撃のそれぞれが必殺だからか? だから私は及び腰になっているのか?
そう考えるも即座に照は否定する。
ちゃんと攻撃は受け止められている。当たらなければ恐れる必要はない。
じゃあ、何故。
何に怯えているのだろうか。
「クソ、何ビビってんだ私――――
獣が遠い場所で拳を振った。それは照には命中しないはずだったが――――
(マズいッ!)
本能的な危機感を覚え、身をよじる。
すると、いつの間にか照に肉薄していたクルーエルの拳が、照の顔のすぐ横を通り過ぎる。
暴力的な風に煽られ、照はバランスを崩す。
「な……何だ今の……!」
瞬間移動でもしたのか。いや、だとしたらどこかに魔力の乱れが起こるはず。だがそんな様子はない。
じゃあ何だこれは。まるで――――こちらの認識が狂ったとしか思えない。
「ほう。気付いたか」
不意にクルーエルが語り出す。
「これが奴……アシュタロスの"理"の真価だ。メンタル体を不活性化させ、あらゆるものの"認識"を阻害させる。神威を封じるなど副産物に過ぎん」
「ッ、何……だと……!?」
告げられた、恐るべき事実。
メンタル体は人間を含めた高度な魂を持つ生物の"認識"を司る元素だ。体内のメンタル体が尽きれば人間は認識不全に陥り休眠状態に入る。
聞いた限りでは、アシュタロスとやらの能力は魔力の源となる元素を不活性化させるものだ。
……つまり、メンタル体を封じることで認識不全を強制的に起こすことができるということなのだろう。
しかし何よりも驚くべきはその効果範囲だ。
一体どこまでがその能力の圏内なのか。
「我らも認識を改めよう。貴様は想定以上の驚異だ、境界の神性」
照の驚愕の表情を意にも介さないで、クルーエルは更に告げる。
「故に。我も全力で以て貴様を屠るとしよう!」
瞬間、獣が肉薄する。そのあまりの速度に、照の反応は一瞬遅れた。
メンタル体の強度故か、照に起こった認識不全はそれほど強くはない。せいぜい距離感がズレる程度だ。
だがそれが戦闘においてはどれだけ致命的かなど、語るまでもなく……
「フンッ!!」
「ぐッ……づああああっ!!」
獣の蹴りを槍の柄で受け、反動で後方へ吹っ飛ぶ。建物を何件も貫通しながらその勢いはなおも止まらない。
光輪の光度を上げ、何とか体勢を立て直すも、更に獣の攻撃は迫る。
照を打ち上げ、流線型へとその骨格を変化させた獣は照に突撃を繰り返す。
突撃する。槍で受け流す。
突撃する。槍で受け流す。
ただそれだけで、照の体力は大幅に削られていく。
「滅び去れ、境界の神性!」
「ッ……死ぬか、よォぉ!!」
槍の穂先が白炎を纏う。激しく噴き上げる炎が穂先を押し出し、音速を超えた剣閃を放つ!
衝撃波とそれが生む轟音を伴って、白い炎の軌跡が悪魔に迫る。
しかし、その切っ先が獣と交差することはなく。
「ッ、認識がブレた……! 防御に……!」
照は獣の突撃を受ける。槍で衝撃を逃がしはしたが、それでも受けきれない威力が照の身体にのしかかった。
地面に叩きつけられた照を中心にして、建物を巻き込んで巨大なクレーターがそこに穿たれた。
……槍で体重を支えながら、照は立ち上がる。
「うッ……かはッ……。くっそ……なんつー強さ……!」
獣は静かに宙に佇んでいる。照をその眼で見下ろして。
にわかに震える体を押さえつけて、それでも照の口からは弱音が漏れる。
「これさ、ムリなんじゃないの……?」
……だが、言葉とは裏腹に、負けない気持ちも確かにあった。




