44:神魔大戦(2/12)~それは山を動かすがごとく
「さて、どうするかな……」
空にそびえる悪魔たちを見据えて、天宮照は呟く。
恐らく既に敵の能力は発動していて、彼らはその術中にある。
対策を練らなければならない。
「神威が封じられてる以上、私は攻撃できない……翅が消えてないのを見るに、既に発動したものは消せないみたいだけど……」
どうあれ攻め手はカンマに任せることになるだろう。エルタイルは戦力としては期待できない。
戦力として計上できない一人と、半人前が二人。つまり、実質一対三だ。
「こりゃ思ったより厳しいな……」
口に出しても意味のないぼやきと分かっていても、やはり出てしまう。
「……とにかく今は、時間稼ぎだ……!」
耳に装着した通信機のスイッチを入れる。
これは事前にエルタイルに用意させたものだ。通信機があれば自分達は情報戦において優位に立てる。そのことは神官達も理解していたようで、この提案は彼らを見習ってのものだった。
「カンマくん、飛べる?」
「ごめん、無理。地上に誘い込んでもらえれば一体引き受けれるけど!」
無茶なことを聞いたとは思う。だが相手はこちらの理の一切を無視する悪魔だ。常識に収まっていては到底勝ち目はない。
カンマは飛べないというが、それならそれでやりようはある。
方針は決まった。
「わかった、私が引き付けるよ。弓で援護お願い。エルくんは離れて、ルゥコちゃん達が戻ってきたら教えて!」
「了解だ!」
悪魔達に注意を向ける。どうやら奴らはこちらの動きを待つつもりらしい。余裕のつもりか。
だが実際、絶望的なまでの力の差があることは確かだ。照達はその大きな溝を埋めるところから初めなければならない。
……そう。今やらねばならないのは、耐えること。
「さて、耐久戦始めますか……!」
照は背負った光輪から光を放ち、鏡の翅に力を与え、宙へと舞い上がる。
再び眼前に見えた照を認識すると、獣の悪魔が持つ目という目が照を見据える。
その次の瞬間には、まるで大砲でも撃たれたかのような爆音とともに獣は切迫し、その拳を振るわんとしていた。
紙一重。獣の一撃を避けた照はその手首を掴み、地面に向けてその力を逸らす。
ただそれだけの行動が、照には酷い重労働のように感じられた。
「ッ……なん、っつう……!」
風圧に耐えるだけで精一杯。恐るべき膂力。当たれば必死の一撃一撃が、照の脳に電撃を走らせる。
だが当然ながら、敵は一体だけではない。
気配。上方から竜頭の魔人が肉薄する。
照は宙返りしてその突進を避け、そのままの勢いで踵落としを繰り出す。
そこで照は視認した。竜頭の魔神の背中の四本の突起物がピクリと動くのを。
まずい。そう思う間もなく……
「やれ、リリス!」
「命令されるのは気分が悪いわね……でも!」
フクロウ顔の魔女がカンマの矢がつけた傷口を手で弄くり回す。その度に恍惚の表情と声が漏れる。
その行為自体が気色悪いものではあったし、悪寒を覚えもした。だがそれ以上に……
「ああ……いいわ、気持ちいい。もっと、感じていたい……!」
またも来た気持ち悪い感覚。それとともに平衡感覚が失われ……
照と魔人は接触し、魔人の突起が照を向く。
今の一撃が効いている様子はない。
「照さん!」
通信機の向こうからカンマの声がする。視界の片隅でカンマが機械の弓を構えているのを確認して、照は応答する。
「撃つな! 魔力を乱す呪詛だ、無駄撃ちになる!」
そうだ。これは恐らくあのフクロウ顔の魔女が展開する魔力を乱す領域。放出系の魔力は乱されて消えるだろう。
「じゃあ――――
「このままこいつを引きずり下ろすッ……!」
照が見据えるは竜頭の悪魔。背負った光輪がさらなる光を放つ。
逆に考えろ。これは好機。ダメージ覚悟で行くしかない!
突起が伸びて照の体を掠り、血が吹き出す。それでも照は勢いを落とさず、寧ろ光はさらに照を押し出して、竜頭の魔人の背に一撃を与える。
「落ちろ、トカゲ頭ぁぁ!」
流星が落ち、土埃と共に瓦礫が舞う!
そして、天に舞い戻る一条の光。
土煙が晴れると、そこには赤い棘に貫かれた魔人の姿があった。
「カンマくん!」
「やって、くれた、境界の神性……!」
さしたるダメージの素振りも見せずに、魔人は立ち上がる。そして宙へ浮かぼうとした時、首筋に向かう緑色の刃を魔人は確認した。
魔人は蛇のような腕で以てその刃を受け止める。
「お前の相手は、おれだ!」
カンマが声を張り上げた。
これに対して竜頭の魔人は唸る。
「邪魔を、するな、人間!」
・・・
王都ヘールの上空で、照と悪魔は対峙する。
獣の悪魔の瞳が照を見据えて放つ音は、とても聞くに堪えるものではない。だが、それの意味するところは確かに伝わってくる。
「愚かな。分断したところで我らに勝てると?」
「そうやって余裕ぶっこいて、あとで大損しても知らないよ」
冷や汗をかきながら、照は言葉を返す。
「あり得ぬことだ、それは!」
獣が咆哮を上げる。ただそれだけで衝撃が空気を伝播する。瓦礫が砕け、建造物は圧壊する。
恐るべき音圧に気圧されるその刹那、獣の膝が照の眼前に迫る!
「ッ……!」
宙返りして攻撃を避け、獣と距離を取る。
そうだ。離れろ。一撃でも喰らったらそこでしまいだ。逃げながらでも考えろ。神威を封じられた今取れる戦法を……!
「背中を向けるか! 逃亡するか! 神が聞いて呆れるな!」
獣は拳で空を衝く。そこに発生する衝撃波が照に向かう。
左へ右へ、照は稲妻のような軌道を描いて避ける。挑発に耳を貸す暇もない。
獣は空中で一回転し、尻尾で空を切る。するとその軌道から、特大の衝撃波が波涛のごとく押し寄せる。
「ふん!」
見えざる破壊の波を避ける間に、またも獣が接近する。
焦燥が照の顔面に張り付いて落ちない。視界は歪み、狭まる。
「くっ…………!」
斜め上から振り下ろされる蹴りを間一髪で避け、再びの逃避行。
「そうやって逃げるだけか、境界の神性! いいぞ、逃げろ! 逃がさぬがな!」
照が残した光の軌跡を獣は追う。獣が通る度に建造物は軋みを上げ、地面はひび割れ、それはまるで戦闘機が発生させるソニックブームのようだった。
照は眼下で過ぎていく地面を見る。紅い煙が漏れ出す亀裂……獣がそこを通るその時。
「起動、アイテムクリエイション!」
亀裂が紅く光り、炎の棘が飛び出す――――
「っハァ……させないわよォ……!」
棘が歪む。照の平衡感覚が一瞬失われる。
歪んだ棘をへし折るように獣が突進を繰り出し、猛追は続く。
「ッ、またこの感覚……けど! 二発目!」
獣の爪が照を捉えようとするその瞬間。
獣の右方の建物から炎の棘が飛び出し、獣を串刺しにする。
動きは止まり、獣の身体から炎が吹き出す。
だが。
それは効き目があるようには見えず。
「……なるほど。"仕込み"か」
崩れていく棘、獣が貫かれた穴から煙が出ている。
しかし、獣はものともしていない。
「……効果なしかよ……!」
悪い冗談のようだが、正直のところ、照はこんな予感はしていた。……当たってほしくない予感だったが。
「我らにこの程度の"規模"の攻撃が効くと思われるとは、見くびられたものだ」
獣に穿たれた穴が黒い霧を吹き出しながら塞がっていく。
再生能力……いや違う。その類いのものではない。では何だ……?
その答えは目の前の獣、そのものよりもたらされた。
「いい機会だ、教えてやろう。我らは虚界悪魔、虚数領域に生まれし者」
唾を一飲み。呼吸を一拍。悪魔はただ当たり前の事実を告げる。
「――――それ即ち。世界そのものなり」
「ッ…………、世界、そのもの…………!?」
理解できないという思いと、理解したくないという思いが胸で早鐘を打つ。
意味が分からない。いや、飲み込めない。
だってそれが本当なら――――
「我らに傷を付けたくば、それなりの"規模"の攻撃をせよ。でなければそれは、山を蹴り上げようとするが如き行いである」
私達は、残り九の世界を滅ぼさねばならないことになる。
それがどんなに遠くて無謀か。
悪魔は山だ。巨大な山。
人に山は動かせない。
その手に持ったスコップで、いったいどれだけ土を掬えば山を崩せる?
ほとんどの者は、悪魔と戦うステージにすら立てないのだ。
悪魔と戦う資格を持つものは、そう。
例えば――――
「このように行うのだ!!」
獣が腕を振り上げる。
一瞬の静寂。
だがその後に、衝撃が街を奔り、近隣の山へと至り、そして山は砕け散る。
ただの一撃で、そびえる山は土と岩となぎ倒された木々の集合体となった。
「なッ――――!?」
マテリアの時もそうだった。
こいつらがもたらす災害の規模は、もはや一個の生命体が持っていていいものではない。
人間が生き永らえているのは彼らにその気が無いからで、そもそも世界を滅ぼす力を悪魔は持っているのだ。
再び突きつけられた事実に、照は驚愕の表情を隠せない。
そんな照に悪魔は言い放つ。
「――――そういえば名乗っていなかったな。我が名はクルーエル。『反勇壮』の理を有する悪魔である。絶望するがいい、境界の神性よ」
……そして、やっとのことで照は一言だけ漏らした。
「っ……まじかよ……!!」
【補足】
虚界悪魔は世界そのもの、ということですが、言ってしまえば「べらぼうに体力が多い」ってことです。
ダメージレベルが100や200の所に10万くらいのHP持った敵が出てくる、みたいな。そんな感じ。




