43:神魔大戦(1/12)~魔獣大進撃
1/12ってあるだろう?
嫌な予感がした人。それは正しい。
とどのつまり、ここから長いってことなんだ。
ヘレニク王国は王都ヘール。その上空を覆う暗雲の中。
そこに悪魔達の通ってきた"門"……黒点は在って、今また三体の悪魔がそれを通じて姿を表した。
悪魔。その名をアシュタロス、クルーエル、リリス。
今、三体の悪魔は王都ヘールに逗留しているという"境界の神性"……天宮照を葬らんとこの場へ来た。
「さて、ここまで来たはいいけど、どうするつもり?」
眼下に王都を見下ろして、黒き紋様を持つ女・リリスは言う。
その問いかけに、山羊の頭を持つ二足歩行の獣・クルーエルはその瞳のギラつきを以て返答とする。
……そう。答えは唯一つ。
「決まっている。街ごと、壊す」
竜の頭を持つ魔人・アシュタロスが放つ鼻息混じりの声に、クルーエルは鼻で笑う。
「短絡的だな。だが挨拶代わりとしては丁度いい」
確かに短絡的ではある。だが、己が答えも同じであった。
もちろんそれで済むと思ってはいない。口で言う通り、ほんの挨拶だ。
「この一撃で終わってくれるなよ、境界の神性」
拳を振りかぶる。筋肉が伸縮し、膨張する。ただそれだけで周囲に風が起こった。そしてクルーエルは彼方に光る街の灯り目掛けて落下する。
音の壁を破り、クルーエルの拳は放たれる。
轟音。衝撃と共に放たれる一撃は雲を散らし、一瞬ながら黒点が姿を表す。
「……!」
響く怒号と共に街は木っ端微塵に吹き飛ぶ……そのはずだったが、突如現れた不可視の障壁によって阻まれた。
もたらされた衝撃が脳を揺らし、纏った暗雲が散る。痺れと微かな痛みが視界に黒い染みを作り出す、そんな視界の悪い最中、クルーエルは自らを阻んだ存在を見る。
――――天宮照、その存在を。
「現れたな、境界の神性……!」
・・・
――――時は少し遡る。
建物の屋根の上、照は風を受けながら縁に足をかける。人気のなくなった路地を見渡しながら、カンマに語りかける。
「カンマくん、どう? ルゥコちゃんたちは間に合いそう?」
「残念だけど。しばらくはおれ達で持ちこたえるしかないね」
カンマは首を横に振った。
照が知りたかったのは悪魔襲来にルゥコ達が間に合うかどうかだった。カンマの返答はまさに「ルゥコとマールは間に合わない」ことを意味している。これは戦力的には大きなディスアドバンテージだ。
そうは言っても仕方がない。カンマが悪魔の襲来を予知したのも先刻のことだ。
もっと早くに悪魔の襲撃時刻が分かっていれば対処も違っただろうが……いや、贅沢は言ってられない。結局、今持ち得る手札で戦うしかないのだ。
「……悪魔達が来る正確な時間を計ろう。私が1ずつ数えるから、カンマくんは未来視に集中。悪魔が来た時の数を教えて」
カンマが頷くのを確認すると、照は数を数え始めた。
1、2、3、4、5…………
カンマが声を発したのは程なくしてのことだった。
「……355!」
なるほど。つまり6分弱か。
もうそこまで来ているのかと若干焦りはしたが、心の準備をするには十分といえる猶予だろう。
「エルくん、住民の避難は?」
「8割方終わった!」
「了解。神官さん達には半分こっちに来てもらって。もう半分は住民の護りに!」
人的被害を避けるため、王都の住民は現在照達のいる区画から遠く離れた場所や地下街に避難させている。それが粗方終わっているのは、心配事が一つ減るというものだ。
それから雑多な指示をいくつかして、時間はあっという間に過ぎる。
「あと1分……」
誰が呟いたか、その言葉で、場の緊張が一気に高まった。
照は鏡の翅を広げ、街の上空へと舞い上がる。
そして、祝詞を紡ぐ。
「……高天原に神留坐す神漏岐神漏美の命以ちて――――
照の声色が静かに広がる。
引き絞られた弓がキリキリと弦を鳴らすかのような緊張。
時は刻一刻と流れ――――
「来るッ!」
暗雲が割れ、黒い衝撃が降る。
「天道包みし日輪の守護よ、祀ろわぬ者を拒め!」
不可視の障壁と黒い衝撃がぶつかり合い、周囲の空気を燃やす!
光と振動の合間に照が見たのは獣の姿。
類人猿のような剛健さを持つ腕、獰猛な獣の脚、山羊のような頭からこちらを睨む四つの目と、大きな角から深淵を覗き込むような不気味な眼。
その姿は正しく悪魔と言わざるを得なかった。
悪魔は目という目をぎょろぎょろと動かした後、それらを照に向けて、呟く。
「現れたな、境界の神性……!」
「っ……手荒い歓迎どうも、悪魔さん……!」
……戦いというものは試合ではない。始まりの合図など無い。
故に、その立ち上がりはとてもシームレスだった。
あるいはお互い交わした言葉が始まりの合図か。
どちらにせよそれを皮切りに戦いは始まった。
獣の拳が二つ三つと照に向かい飛ぶ。鏡の翅を動かして、照はそれを巧みに避ける。
左の腕で放たれた掌打は下へと潜り、続く右の拳は振り下ろすようにして撃たれ、照は身を回転させて避ける。そこに左腕の肘が飛ぶが、照は宙返りをしてひらり、ひらり。
連撃の後に生まれた隙を見逃さず、照は神威による一撃を放とうとする。
だが――――
「祀ろわぬ者よ、我が輝きを受けよ!」
何も起こらない。
「なっ、神威が出ない……!?」
不発に終わった攻撃に、照は違和感を覚えるも……
「照さん、上!」
「っ……!」
上方からの衝撃波。
照は身を捻って避けるが、そこに獣の腕が迫ってきていた。
避けきれないと直感し、受け身の姿勢を取るが、獣の打撃の軌道上に光の矢が数発割り込んできた。
軌道を逸らされ、拳は踊る。
ちらと横目で見ると、カンマが矢を放ったようだった。
「カンマくん……!」
それから上空を見ると、竜頭の魔人が空に立っていた。その腹に据えた眼には青色の光を滲んでいる。
先程の攻撃はこいつのものかと考え、そして思案する。
神威を封じているのはどちらの悪魔か。それともまだ見ぬもう一体の悪魔か。
「避けた、意外、すばしっこい」
「一体ずつ来てよ……!」
照のぼやきを余所に、なおも獣の拳は迫る。
縦横無尽に吹き荒れる拳の嵐。それらを抜け、両手十指を獣に向ける。
「光炮一閃・紅時雨!」
しかし、神威は発動しない。
この感覚は"打ち消されている"のではない。発動そのものを"封じられている"と言っていいだろう。
「まただ……! 神威が封じられている……?」
考えられるのは、魔術の行使に必要な元素の不活性化。
だがそれを広範囲で行えるものなのか。……いや、相手は悪魔だ。「それくらいできて当然」と考えておくべきだろう。
「テラス!」
「出てくるな、君は下がってろ!」
エルタイルが交信で呼びかけてきたが、照はそれを一蹴した。照の神官となったところで、今の彼では到底戦力にならない。
照は獣の乱舞と魔人の蛇のような腕の絡み付くような攻撃を巧みに避ける。一瞬の隙を見出し、カンマにハンドサインを送る。
それを確認したカンマは、機械の弓を構え、緑光の矢をつがえ、悪魔二体が一直線に重なる瞬間を捉えて――――放つ!
「いっけえええ!!」
だが。
獣の眼が細くなり、口元がつり上がった。
「リリス!」
突如、フクロウのような顔の女が姿を表し、カンマの放った矢を受けた。
カンマが放った矢は女の胸を貫き、突き抜けようとするものの、女はその矢を両手で掴んで引き留める。
「か……かばった……?」
「仲間意識でもあるってのか……!?」
うなだれる女。だがその口元は愉悦に歪む。
「ふ……うふふふふ……。良い、良い痛みね、とても良い」
照達は固唾を飲む。気味の悪さが背筋に悪寒を走らせる。
女は眼を上ずらせて恍惚に呟く。
「痛いのは、気持ちいい……ああ、抑えきれない。私もう、溢れそう……!」
突然、周囲の景色が歪んだ気がした。
ぐにゃり、ぐにゃりと世界が歪む。天地さえ曖昧になりそうな感覚だった。
「ッ……眩暈が……!」
「んだ、これ……魔力が乱れる……!」
その瞬間を違わず、獣の悪魔は照にその鉄槌を振り下ろす。
照は回避行動に移るも、ぐにゃりと歪んだ視界の中でそれは困難だった。
拳は掠る。だが、それだけでもたらされた衝撃は照を地面へと叩きつける。
抉られる地面。倒壊する建物。止めきれない衝撃が放射状に走る。瓦礫が舞い、土煙が立ち昇る。
「照さん!?」
「テラスッ!?」
ゆらり、ゆらりと照は立ち上がる。呼吸は正常、ダメージも少ない。だが今の一撃が与えた衝撃は、肉体にではなく精神に響いた。
悪態をつく。
「くそっ……煽られただけでこれか……。こりゃ直撃したら上半身と下半身が泣き別れだな……!」
不安定な平衡感覚。立つことさえ労力を消費する中で、その見据える先に三体の悪魔。
カンマの見たという未来が、今では現実のものに思えた。
……そう。
絶対的な死が、彼らの目の前に立っていた。




