42:嵐が来る
黒い森に怒号が鳴り響く。
鈍く、低い音。それは肉を切り裂く音ではなかった。
……刃はマルサネスとルゥコを貫き通ることはなく――――
第一使徒は地に伏せた。
「な……んだ、今のは……?」
倒れ伏した第一使徒の背後から姿を覗かせたのは、一瞬前までルゥコの傍らにいたはずのマルサネスだった。
「あっけねえ幕切れだな、第一使徒さんよォ」
「何故、貴様が私の後ろに――――
何が起こったのかを理解する間も無く、第一使徒は意識を手放していく。
崖縁に手を掛けたその指が一本、また一本と外れていく中で、第一使徒は問いかける。
……それに答えたのはマルサネスではなかった。
「――――量子果実。これが私の能力。どこぞの嫉妬深い神様の、貞節を象徴する果実」
ゆっくりと立ち上がりながらルゥコが語る。
マルサネスがルゥコを見る。ゆらりと立ち昇る青い魔力の励起光に気付いたのだろう。
……量子果実。その手に触れたものの"存在情報"を保存して、現在の任意の情報と"入れ換える"力。
保存した情報は黄金の林檎を象った"質料"として現れる。
その情報を呼び出すことで、瞬間移動のようなことができたり、傷や病気を「受ける前」の状態に戻すことができるのが、この力である。……ただし、量子果実の発動に使う魔力だけは置換できないが。
混濁した意識の中の第一使徒に対して、ルゥコは更に突きつける。
「あなたの敗因は、私がいたことだよ。第一使徒さん」
「っ…………」
何かを言う間も無く、第一使徒は気絶する。
そして彼の存在の敗北は、他の信徒達に衝撃を与えたようだ。
「で、第一使徒様が倒された……!?」
「う、狼狽えるな。我々だけでも――――
混乱の色を滲ませた彼らに対して威嚇するように、マルサネスは地面を踏み鳴らす。
銃弾が放たれたかのような音がして、その直後にマルサネスが啖呵を切る。
「あぁ? やるってなら付き合ってやるぜ。だがその場合……分かってるよなァ?」
彼らの表情に浮かぶ色が、あっという間に恐怖へと変わった。
「ひっ……」
「失せな雑魚共。てめぇらに用はねえよ」
「ひ……ひえぇぇぇ……!」
身を翻し、脱兎の如く逃げ出していく神官達。つまづき、地面を舐めながら、マルサネス達から遠ざかっていく。
その無様な姿を見て、マルサネスはため息を吐いた。
ふとマルサネスのその体が光り出して、引き剥がされるように二つに分離する。ひとつの光はマールの姿に、もうひとつの光はサーネスに。
マールはルゥコに向き直り、目配せした。
「……さて。どうしましょうか、この人。とりあえず拘束して王都に――――
そんな時である。
天宮照から持たされた端末から振動と音。
それは誰か――恐らく照達――からの着信を示していた。
「もしもし、ルゥコちゃん?」
端末を通話状態にして耳に当てると、カンマの声が聞こえた。
何やら切羽詰まった様子に聞こえるが――――
「カンマ君、何――――
「今すぐ戻ってきてほしい! 全力で、急いで!」
「え、ちょ……何があったの!?」
いきなりで理解できない。
だが、緊急事態だと言うことはわかる。
そしてこの世界においてその状況にふさわしい存在といえば――――
「……来る」
「っ、それって――――
決まっている。
奴らだ。
「悪魔だ。奴らがもうすぐ、王都に来る!」




