41:世界を見捨てた者たち
「我が神よ、剣に御身の加護を……!」
第一使徒がそう呟くと、鞘から抜かれた剣が仄かにオリーブ色の光を纏う。
その剣を振るい、第一使徒はマールに切迫する。
早い。だが、反応できない速度ではない。
しかしマールは一瞬だけだが躊躇した。人間同士で戦っている場合では――――
「マールさん!?」
「呆けんな!」
「っ……サーネス!」
実数励起したサーネスが尻尾を振るい、その剣閃を弾く。
弾かれた刃が翻っては、立て続けに猛攻が迫る。
「おい、この野郎マジだぜ! ビンビンに殺意感じやがる!」
「本気なのですか、第一使徒様!?」
「我らに対話の余地などない。無駄な労力だ」
もはや疑問の予知はない。
向こうはやる気だ。
やられないためにはどうすればいいか。そんなこと問うまでもない。
「っ、それなら……サーネスッ!」
「よし来た!」
光の渦が巻き起こり、その中でマールとサーネスは解け合う。
そして、光の渦を引き裂くようにしてマルサネスが現れる。
半人半獣のその姿を目の当たりにして、第一使徒は舌を打つ。
「マルサネス……貴様が代行官たる所以。汚れし精霊と交わるその卑しき身、ここで葬ってくれる!」
「アァ、ケンカ売ってんのかテメェ!? いいぜ乗ってやるよォ!」
マルサネスがその拳を振るい、第一使徒が剣の腹で拳を打ち払う。その攻防は何度か続く。
喉元を狙った剣閃が奔る。その切っ先は拳によって打ち上げられ、反撃にと紅い光を纏った掌打が放たれる。
深紅とオリーブ色の軌跡がぶつかり合い、混じり合う演舞。マルサネスの手数に対して第一使徒は一歩も引いていない。
たまらずルゥコはマールの名を呼ぶ。
「マールさん……!」
「マルサネスだ!」
「言ってる場合じゃ……っ!?」
魔力反応。周りに神官、それも五人。
ルゥコがその存在を察知するとほとんど同時に、方々からオリーブ色の光が放たれた。弓なりに描かれた軌跡が十本、ルゥコに飛来する。
ルゥコは背中に固定していた杖を手に取り、地面に向けて精霊との契約の言葉を発する。
「地霊の盾っ!」
声に呼応して土の壁がせり上がり、光の刃を遮った。光はガラスのように割れ、ルゥコの周囲に残滓を散らす。
ルゥコが辺りを見渡してみれば、周囲の木陰から神官服の男達がルゥコの様子を窺っているのがわかった。
「っ……囲まれてる……!」
各々の死角を補うような位置取り。どうやらこちらを逃がさないつもりらしいことは理解できる。
「なんだなんだぁ、テメェら端からやる気マンマンじゃねぇかよ!」
「その汚らわしい口を閉じろ、神霊もどきめ」
マルサネスの乱打をいなしつつ、第一使徒は吐き捨てる。
「そうかい、テメェらのやってることもだいぶ汚らわしいと思うがな!」
第一使徒の太刀筋を払いつつ、マルサネスは怒号を散らす。
今のところ二人の力は拮抗しているように見える。その戦いを傍目に見て、ルゥコは思う。
それほどまでの腕がありながら、どうして悪魔と戦おうとしない。どうして守ろうとしない。
どうして話し合おうともしない。
釈然としない思いが募る。
「マールさん、ここは一端退いて――――
ルゥコの呼び掛けをよそに、神官達がルゥコに迫る。
その様子を把握してか、マルサネスはルゥコに怒声を浴びせる。
「余裕作ってから言いやがれこのトンマ!」
……怒声という他ない言葉だった。
「なっ……マールさん!?」
「マールじゃねえ。俺様はマルサネス、マールでもサーネスでもなく、その両方でもある神霊だァ!」
「私それ初耳なんですけどぉぉぉ!?」
などとツッコんでいる間にも、神官達はルゥコに迫ってきていた。
各々が自らの神に祈りを捧げながら走る。
「神の剣をこの手に!」
言葉と共に神官達の手からメンタル体の励起光が溢れ出し、それは剣の姿を形成する。彼らの信仰する神シェキナーダがもたらす《神判の剣》。
五つの軌跡があちらこちらへと入り乱れながらルゥコに迫る。
速い。恐らくは仙術による肉体強化も併用しているのだろうが……
「炎霊の腕、風霊の鞭!」
ルゥコの傍らに燃えるトサカを持つ鶏のような精霊と、大きな襟を持つトカゲのような精霊が現れる。
間髪入れずに炎と風がルゥコの周囲に巻き起こった。
荒れ狂う炎と風は神官を三人ほど遠くへ投げ飛ばす。炎は螺旋を描きながら、風は巻き上がった草を刃にして神官達へ追撃する。
だが、二人残った……!
「っ……数が多い……!」
さすがに多勢に無勢……というほどでもないが、この神官達も素人ではない。吹っ飛ばした人達もまだ立ち上がってくるだろう。
残った神官二人が間合いに到達し、その刃を振るう!
肉薄するオリーブ色の弧。
「水霊の刃!」
ルゥコが声を放つと、水の刃がルゥコの杖の両端に形成される。
バトンのように杖を回しながら、ルゥコは二つの剣戟を水の刃で受けた。
神官達の攻撃はそこで終わらない。刃はその向きを変え、杖の上を滑ってルゥコの両手に襲いかかる!
この攻撃に対してルゥコは――――
「はっ!」
杖を握る手をあえて放し、手首を軸にして杖を回して刃を振り払った。
そしてすぐさま杖を握り直し、身を回しながら距離を取る。
「異世界二年、高校留年、スポーツ万能の笠子ちゃんを舐めないでよね!」
杖を薙刀のようにして構え、にらみ合いを続けながらマルサネスへとにじり寄る。
「マールさん!」
「なんかお前痛いやつだな!」
「羞恥心にクリティカル!?」
……カンマのノリをちょっと真似してみたのだが、その、後悔したのは言うまでもない。
そうこうしている間に、マルサネスは自身に向かう刃を受け止め、第一使徒の腹に膝を入れる。
「……!」
衝撃に第一使徒は宙に浮き、一瞬無防備になった空隙を縫って、マルサネスの回し蹴りが第一使徒を吹き飛ばした。
そしてマルサネスはルゥコの傍らに飛び移り、ルゥコを抱えて跳ぶ。
「えぇ、ちょ……マールさん!?」
「街に戻るぞ。奴らもさすがに街中で手出しはしねえはずだ!」
「は、はい……えぇと……」
ルゥコはマルサネスの意見には賛成である。
ではあるのだが、その、なんというか……
などとまあ、ルゥコにとっては少し恥ずかしいような、ような……
「あぁ、抱え方か? 悪いな、少し我慢してくれ」
木から木へと飛び移りながらマルサネスは言った。
……そう、これはいわゆる「お姫様抱っこ」というやつだ。滅多にある経験ではない(もやしのカンマにはそういうのは期待できないし)。
まあ、女性にされるのも何だが。というか男前すぎるのだが。いや、サーネス成分が入っているのだから当然といえば当然なのだが。
「……マールさん、素敵……」
思わず言葉が漏れたが、マルサネスは困惑を示した。
「……あー。そーいうのはテラス様からしか受け付けてねーんだわ。すまん」
「天宮さんならいいんだ……」
……どういうことなのだろう。
ルゥコはあまり深く考えないことにした。
「逃さん」
ルゥコは後方からメンタル体の魔力が増幅するのを感じた。マルサネスもそれに気付いたようだが……
反応するには、少しだけ遅かった。
「――――我が神の名の下に告ぐ。"平伏せよ、其は王の御前なり"」
周囲の景色が一瞬セピア調に染まったかと思えば、すぐに元通りになる。
何ら異常は感じない。
そう思った矢先――――
「がっ……!」
「っ……!」
その加護は、敵対する者の力を刹那の時のみ奪う、シェキナーダの『王』の権能がもたらすもの。かの神の前では、いかなるものも平伏しなければならない。
第一使徒の呪言が放たれたのはマルサネスが別の木へと飛び移る最中のことであった。
足を踏み外し、マルサネスとルゥコは地に落ちる。
「消え去れ、異端者共」
第一使徒の剣が一層強く輝く。オリーブ色の光が天の雲をも衝くかのようであった。
「っ――――
閃光が奔る。
木々が薙ぎ倒される。
続いて地鳴り。そして土煙。
その中でマルサネスは身を捻らせて剣閃を避けるが、僅かに避け損ねた。
「クソ、食らっちまった……!」
マルサネスは舌打ちする。
右足の腱と左脚のふくらはぎが持っていかれた。動けないほどではないが機動力は落ちたはずだ。
それに加えて落下のダメージもある。ルゥコをかばったせいか右の両腕もイカれていた。
ルゥコもまた動けない。先の加護の影響がまだ残っているのか、体が痺れている。
「仕留め損ねたか。だがそこまでだ」
第一使徒はマルサネスに歩み寄り、剣を振り上げる。
「ちっ……」
「……マールさん」
この危機的状況の中、ルゥコは静かにマルサネスを見つめる。
マルサネスも目線を返す。
第一使徒が掲げた剣を振り下ろさんとした時、ルゥコの手から黄金に輝く林檎がこぼれ落ちた。
それを気に留める間もなく、第一使徒は刃を突き立てる――――




