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彼方の星のミソロギア  作者: このは
8th:邪悪の胎動! 虚界悪魔集結
36/114

36:それは過激なマルサネス

「テラス、今どこいる!?」


 エルタイルは手にした端末に向けて呼びかける。程なくして、天宮(あめみや)(てらす)からの応答があった。


「難民区、西の方!」


 西。今、エルタイル、カンマ、ルゥコの三人が向かっている方向、黒紋獣(スティグマ)の方向とは逆である。なんとも位置が悪い。

 この様子ではすぐの増援は見込めないだろう。


「反対側かよ、どれくらいかかる?」

「できるだけ急ぐ、それまで君たちで凌いで!」

「了解!」


 手短に連絡を済ませ、交信を終わらせようとしたが、その折に照は一言付け加えていった。


「特訓の成果、期待してるよ!」

「妙なプレッシャー!?」


 照はエルタイルに対して度々けっこうな無茶振りをするのだが、何もこんな時にまでしなくてもとエルタイルは思った。


「ね、照さん遅れるって言ったでしょ?」

「仕方ねえ、やるしかねえか……!」


 照抜きでも黒紋獣(スティグマ)相手ならどうにかなるか……とは思う。エルタイルだけなら相当不安だったが、カンマやルゥコがいるなら、まあいけるだろう。

 そんな事を考えている内に、前線が近づく。ルゥコが待機していた神官に声をかけ、神官もまたそれに答える。


「神官さん、私達はどこに行けば?」

「左手の方が手薄だ、そちらの応援を頼みたい! それから仙術使い、君は負傷者の手当てを!」

「うそ、おれ後方なの?」


 カンマが意外そうな声を発した。

 確かに、各々の駒をどのように配置するのが適切かを考えるなら、神官の判断は間違っていないとエルタイルは思った。

 ルゥコもそれは同じようで、カンマに告げる。


「癒し手が足りないんだよ! 戦闘は私達に任せてカンマ君は治療に専念して!」


 合点がいった、という表情のカンマ。そして親指を立て、


「り!」


 とだけ。


「お前もそれ言うのかよ!」


 ……カンマと照は似ている所がある、そう感じずにはいられないエルタイルであった。



   ・・・



 光を纏った刃が獣に突き立てられる。獣の爪が皮膚を割く。

 緑の閃光が獣を穿つ。獣の牙が肉を食い千切る。

 追い立てるものと抗うもの。その二つの勢力が争う戦場。神官達は理性無く暴れ回る黒き紋様を携えた獣に食らいつき離れない。

 しかし、その数的劣勢は誰の目にも歴然であった。

 耐えきれず、神官の一人がぼやく。呼応してもう一人。そしてもう一人。


「クソ、数が多すぎる……」

「さすがにメンタル体の消耗が堪えるな……!」

「使い切るなよ、こんな所で寝られちゃかなわん」


 遅い来る眠気を振り払い、神官は手にした獲物を振るう。

 メンタル体。人間が身に持つ元素の一つ。神官の加護、巫術士の巫術の源。人間の意識を司る身体。その欠如は人間の意識の昏迷をもたらすと言われている。

 本来ならば消耗に気を付けなければならないが、そんな事を言っている場合でもない。

 誰が言ったか"猫の手でも借りたい"、まさにそんな状況だ。……まあ、その猫一匹に至るまでが今や人間に牙を剥く獣なのだが。


「応援に来たぞ!」

「消耗が激しい人は下がって、回復に専念してください。敵は私達が!」


 彼らの後方から、エルタイルとルゥコが駆け寄ってくる。それから数人の神官達。

 訪れた増援に頬が思わず緩む。やっと休める……そう思うと気まで緩んでしまいそうになるが、それにはまだ早い。


「すまない、任せた……!」


 返事をして、エルタイル達は獣の前に立つ。鋭い眼光がエルタイル達を射抜く。どうやら獣達は彼らを標的と見做したようだ。

 唸り声が低く響く。今にも飛びかかってきそうな雰囲気だ。

 エルタイルとルゥコはそれぞれ構えを取った。


「エルタイル君、準備はいい?」

「万端!」


 小さく土煙が舞い、戦いの火蓋は切って落とされる。

 エルタイルに迫るは猿のような獣が数匹。しかしてその姿は刺々しく、禍々しく、さながら小鬼のようでもあった。

 これら獣を前にして、エルタイルは少し前までの自分を述懐する。

 前は逃げるのみだった。

 だが。


(――――悪魔や黒紋獣(スティグマ)の身体を構成する物質(マテリアル)は、この世界のそれを実数とするならば、"この世界と軸を違にするもの"、いわば虚数なんだ。剣も魔導も通じない理由がそこにある)


 エルタイルの脳裏に、照との特訓の記憶が過ぎる。

 爪を避け、瓦礫の投擲を避け、エルタイルは最適な攻撃目標を探る。

 以前の彼なら黒紋獣(スティグマ)に対してまともな攻撃手段を持ち合わせていなかったが、今は違う。

 そう……


(奴らに攻撃を通すには、同じように虚数の性質を持つものが必要になる。私達の武器はメンタル体やコーザル体による現象操作、つまり――――)


 加護や巫術――すなわち霊術。もしくは神威。それが奴らに対抗するための手段。

 標的を定め、右手の指先を向け、言霊を紡ぐ。


「まつろわぬ者よ、彼の者の灯火を受けよ――――!」


 指先から赤い閃光が放たれ、獣へと向かう!

 狙い過たず、炎の弾丸は獣の脳天を穿ち、血飛沫を上げて獣は力なく倒れた。


「っし……!」


 確かな手応えを感じ、エルタイルは拳をぐっと握りしめた。もう自分は戦える。その実感があった。

 だが、それが油断になったのだろうか。背後に迫る瓦礫に気付くのが一瞬遅れた。


「エルタイル君!」

「っ――――!」


 エルタイルが反応するより前に、見えない刃が瓦礫を細切れにした。恐らくはルゥコの巫術だ。瓦礫を投げた猿は既にその場から動いている。

 エルタイルとルゥコは背中を合わせ、互いの標的を睨め付けながら、声を掛け合う。


「大丈夫!?」

「すまねえ、助かった!」

「なんの、先輩みたいなもんだからね!」

「先輩風吹かせてんな!」

「これでも陸上部のエースだったんだよ私!」

「よくわかんねえがすげえな!」


 眼前に獣が迫る。エルタイルとルゥコは互いを庇い合うようにして獣と踊る。

 色とりどりの光が舞い散り、獣の血が雨を降らす。その黒い血はエルタイル達の身体をすりぬけて。けれど生き物のものとは思えないほど冷たくて。地表を冷やす血溜まりが、空気の熱を奪って彼らの息を白くさせる。

 もうどれくらい経っただろうか。エルタイル達の息は既に上がっていた。一体一体はさほど苦労するものでもない。だが数が多ければ持久戦になるのは明白だった。


「っ……さすがに数が多いな……!」


 エルタイルは思わずぼやく。聞けばこの規模の襲撃は珍しくないという。これでは兵力の摩耗が激しく、ジリ貧になるのもやむなしだ。

 だからといって敵が手加減してくれるわけもなく。


「疲れたなら休んでていいよ」

「冗談、まだいけるって!」

「その意気!」


 軽口を叩き合いながら、エルタイルとルゥコは獣と対峙する。子鬼のような猿、大型の蟲、巨人のような姿もある。……これは余談になるが、エルタイル達がこういった存在をまるごと引っくるめて獣と呼ぶことに照達は口を揃えて驚くのだ。「いやそれ魔物(モンスター)だから!」と。

 そんな余談はさておき、エルタイルは獣の攻撃を避け続ける。種子の弾丸、指向性を持つ雄叫び、爪や牙。一つ一つを避ける度に、獣達に炎の弾丸を打ち込んでいく。

 その最中。

 足がもつれた。


「しまっ――――


 倒れかけたエルタイルに拳を振り上げるは、黒い結晶を身に纏った森の賢人。その巨腕は今にも彼を圧し潰さんと振り下ろされる!

 エルタイルは目を背けんとするが、それを理性で拒んだ。諦めないために。


「彼の者の輝きを――――


 しかし、エルタイルがその状況を切り開く前に。


「我が輝きを受けよ、火龍天晴(がりょうてんせい)!」


 何者かの声と共に横から爆炎が奔り、森の賢人を熱と衝撃で吹き飛ばした。

 その声の主と、攻撃をした何者かをエルタイルは知っている。


「っ……テラス、お前タイミング見計らってたな!?」

「うそ、ばれてた?」


 建物の上からひょっこりと顔を出す照に、エルタイルは抗議する。こんな時に何茶目っ気出してんだとツッコミの一つも入れたくなる。

 まあ……やり出すときりがないのだが。


「バレバレだバカ野郎!」

「うーむ……次はもっと自然にやらなきゃだね……」


 なにせ本人この調子である。正直一回誰かに怒られろと思わなくもない。まあ今の所自分以外にそういうことをしていないのが救いか……などとエルタイルは考えて、「むしろ俺にしかこういう扱いしてないんじゃないか?」と思ってしまった。

 しかしそれは今考えることでもなく。ルゥコもこれこの通り。


「天宮さん、今はそれより!」

「だね!」


 轟音と、咆哮。羽撃きの起こす風が土煙を起こす。

 アストラル体の励起によって光る街灯が、町に巨大な影を描き出す。

 空を見上げれば黒い紋様を携えた翼竜が、戦場にて舞う戦士たちを品定めでもするかのように見回していた。


「っ……ワイバーンか……!」

「話の途中だけど――――

「戦闘中だバカ!」


 その姿は誰がどう見ても、今回の襲撃における一番の大物だと理解できるものだった。


「……今回はアレがボス、ってわけか。行くよみんな――――

「いえ、ここは私が」


 戦闘態勢に入った照を、傍らのマールが制止する。


「マールさん……!?」


 怪訝な顔をした照に、マールはウィンクをして一言。


「せっかくの機会だもの。テラス様にアピールしとかなくちゃね!」


 ……エルタイルは脱力した。

 なんてこった。

 どいつも、こいつも!

 ノリが、軽い!

 世界の、危機じゃ、ないのかよ!


「行くわよ、サーネス!」

「ようやく出番か!」


 マールの言葉を合図にして、巨大な亀のようなヤマネコのような獣が姿を表す。励起されたメンタル体が放つ緑色の光に照らされて、その霊獣の鎧甲は輝く。

 やがてマールから放たれる緑色の光は青へと変わり、霊獣に纏わり融け合い始める。

 目を閉じ、マールはその()()を解き放つ。


霊獣よ、我が身に来た(クム・イトゥ)りて融け合い給え(・ハヨット)……!」


 光は天へと昇る。


「霊獣――――

「合神!」


 光の中で、マールの体は渦となって獣と縺れ合う。やがてその中心から虹色の光が放たれ、人影が現れる。

 そこに、マールはいない。

 そこに、霊獣はいない。

 今ここに佇むは、鱗甲を纏い、角と尻尾を携えた二足四手の獣の化身。

 霊獣従えし聖女が手にした、絶大なる力の象徴。

 その女性は、自らの名を高らかに宣言した。


「マルサネスッ!」


 一方エルタイル達、驚きの叫声。

 そんなことにはお構いなしに、"マルサネス"は笑い声を上げて高く跳び上がる。


「ギハハハハハハ! 暴れる、暴れるぜェ!」


 瞬く間に翼竜の頭上に現れたマルサネスは、下の双腕で翼竜の翼を掴み、上の双腕で拳槌を叩き込む。

 あまりに強い衝撃に翼竜の翼は千切れ、黒い血飛沫を撒き散らしながら翼竜は地に落ち伏せる。追って落下してきたマルサネスは身を回転させながら尻尾で追撃する!

 この一瞬にも近い時間で、鳴り物入りで現れた翼竜は沈黙した。

 土煙の中、マルサネスは舌を打った。


「んだよもう終わりかよ、食い足りねえな」


 その光景に目を奪われていたエルタイル達。今や獣達も突然現れたその半人半獣の女性を警戒している。

 マルサネスはその彼らに対して荒っぽい声を立てる。


「なァお前らァ!」

「は、はい!?」


 一体何を言い出すのか……エルタイル達は身構えた。

 そしてマルサネスは牙を剥き出しにしてこう言うのである。


「お前らの分、寄越せ」

「え……あ、どうぞ、お納めください……」


 呆気にとられて、エルタイル達は思わずそう答えてしまった。

 それを聞いてマルサネス、満面の笑み(こわい)を浮かべ。


「ハッハァ! 気前いいなァお前ら! 気に入ったぜェ!」


 ……その後のことは、言わずもがな、である。

 結局の所、残りの獣は全てマルサネス一人が狩り尽くしてしまったわけで。エルタイル達はその様子をぼんやり眺めていることしかできなかった。


「なんだろう、なんというか……」

「ああ、これは……」

「武闘派、なんだね…………」


 まさに「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな」状態である。

 そんな風に冷めた目で見つめる面々の中、一人だけ目を輝かせる輩がいた。

 ……照である。


「かっこいい……!」

「それでいいのかよお前……」


 もう突っ込む気力すらないエルタイルなのであった。


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