32:切り開くための
天宮照が突きつけた炎の槍は、とてもカンマに届いているとは言い難い距離ではあった。
カンマの光刃もまた、照の首の皮を捉えきれていない。
結果としては、それは引き分けと言える。……いや、まだ決着は付いていない。
だが――――
「ウソ、今の対応すんの……?」
「どうする? このまま続けたら、確実に殺し合いになるよ」
「……やめとく」
「懸命だ」
もう止めたほうがいい。
それに関しては、両者の見解は一致していた。
カンマが構えを解いたのを見ると、照もまた神衣の变化を解いた。
息をついて、ルゥコは照達に歩み寄る。それらの動向を見て「戦いが終わった」と判断したエルタイルは、展開していた黄白色のドームを解除した。
「"見える"とは言っても完璧じゃないらしいね」
「いや、完璧だよ。おれの頭が付いてこないだけ」
この受け答え。もはや確定したと言っていいだろう。
直接相対した照は、カンマの力を充分に分析できていた。
というか、カンマもルゥコも自らの"能力"を照に「見せるため」に戦っていたように見える。本気でやるなら「悟られない」戦い方もできたはずだ。
ただ、エルタイルはそれを理解できてはいなかったようで……
「お前らさっきから何言ってんだよ。見えるとか見えないとか――――
まあ、戦ってはいないのだから不思議ではない。実感もなければ理解もできないのは当然のことだ。
「カンマくんはね、未来が"見聞き"できるんだよ」
「……いや、意味分からん」
「ルゥコちゃんなんか凄いよ。量子果実って言って……」
「あー、その話は後にして欲しいかな」
ルゥコの言葉に、カンマは渋々下がった。
正直な所、照はカンマの"未来視"の能力やルゥコの能力について気になることが山ほどあった。……のだけど、「後で説明してくれるというならまあいいか」と考えてもいたので、特に何も言わなかった。
カンマはルゥコの顔をちらと見る。ルゥコが頷くのを確認すると、喋り始めた。
「じゃあ、おれの能力を知ってもらったところで、改めて」
「…………」
言葉に出さず、ただ答えを待つ。
「今からする話は、おれが見た未来の話だ」
固唾を呑む。
文脈から察するに、それはとても"良くないこと"だ。
その内容も、何となくだけどわかる。
「これから近い内、いつになるかは分かんないけど……この町に三体の悪魔が来る。その悪魔達に、おれ達は――――
「殺される……?」
「このままなら、ですけどね」
確信を持ったルゥコの口ぶり。
それもそのはず、カンマの"未来視"はカンマ曰く"完璧"なのだ。本人は「頭がついていかない」と言っているが……その精度に関しては信頼できるのだろう。
にしても、"自分の死"を見ているというのはどんな気持ちなのだろうか。気にはなるが触れるのも気が引けた。
「……もしかして、私も?」
二人は頷いた。
なんとなく予想はできていたが、改めて聞くと気が滅入る。
だけど、知れてよかった。
なぜなら――――まだ覆すことはできるからだ。
世界とは箱庭のようなものだ。
ありとあらゆる条件を与えられ、演算を行い、その結果を出力するシミュレータ。
人間も動物も、照をはじめとした神々も、森羅万象あらゆるものが、言ってしまえば箱庭の中の"条件"だ。単なるオブジェクトでしかない。
箱庭の中の条件は、組み込まれた計算式に従うだけだ。彼らは計算式には逆らえない。
だが結果を知る者……"観測者"に関してはこの限りではない。
そう。未来を知る者は――――
「――――よく、わかったよ」
天を仰ぐ。暗雲立ち込める黒い空。
王都の周囲を囲む城壁に沿って張られた《守護光陣》によって黒い雨からは守られているものの、それでも鬱蒼とした気分が呼び起こされる。
三体の悪魔の襲来。状況は絶望的。
だが。
「三千世界の大洗濯、か……」
「天宮さん……?」
「あぁいや、まぁ、予言なんてろくでもないものばっかって話」
そも、予言など素直に従う気は毛頭ない。
悪いものならなおのこと。
カンマとルゥコの顔をじっと見つめて、照は宣言する。
「未来を変えよう。私達の手で!」
一筋縄では行かないだろうが、やると決めた以上はやってやる。
照が右手を差し出すと、カンマとルゥコは各々の手を照の右手の上に置いた。
「はい!」
薄暗い空。広場を照らす街灯。散っていく人だかり。
その中で三人は、自らに降りかかる未来と戦うことを誓ったのだった。
ただ――――
「オレ、忘れられてないか……?」
一人だけ場の空気に入り込めない少年がいたのは、まあ、別の話である。




