30:ヴァージン・エンカウンター
虚飾にまみれた喧騒の中を、エルタイルは一人歩く。
裏を見てしまえばこの賑やかさはまやかしに思えてしまう。それだけのものを彼は見てしまったのだ。
――――そう。とんでもないものを見てしまった。
「これあいつに話さなきゃだよな……やっぱ。はあ……ダル……」
などと言っても返事をしてくれる人など傍にはいないのだが、何となしにエルタイルは呟いた。
それが良くなかった。いやそうでもなかった。
「あ~~~~~っ! ちょっとどいてぇ~~~~っ!」
物影から声がしたと思えば、エルタイルの目の前に突然男が現れた。
「うぉっ――――
俯いて自分の足元ばかり見ていたので、彼はその出来事に反応が少しばかり遅れた。
……結果は語るまでもない。
「ったあああ!?」
「あ痛ーっ!」
かたや尻餅をついただけに留まり、かたや勢いよく前転して露店に突っ込んだ。
エルタイルは臀部を押さえながら立ち上がる。
露店のオヤジが男に怒鳴りつけるのに対し、同じく物影から現れた女性が何度も何度も頭を下げて謝っている。そんな中、男は緩慢な動作で果物の山から頭を出した。
路面に散らばった果物を拾い集めながら、女性は男を咎める。
「まったく……カンマ君落ち着きなさすぎ! ちゃんと周り見て?」
「あー見てる見てる。色々と見てる。今何かに襲われた気がした」
「また?」
男も果物拾いを手伝いながら答えるのだが、というかお前がやれという話なのだが、全く動じていない様子に女性はため息を一つ。終始なんとも言えないユルさだった。
というか、この男、見えちゃいけない何かが見えているのではないだろうか。
しかし、照といいこの男といい、エルタイルは人にぶつかってばかりである。もしや自分は人間吸引器なのではないか。彼は訝しんだ。
そんな思考をよそに、女性はエルタイルに頭を下げながら声を掛ける。
「ごめんね、この現実と虚構の区別つけれないお兄ちゃんが」
「ひどい!?」
「あぁ、うん……平気。あなたも大変だな、介護」
「こっちもひどい!?」
いきなりぶつかっておいて謝らないのもどうか。
しかし反応が面白かったのでエルタイル的には許せる範囲だった。
「まあまあ。夢見たいよな、こんなご時世だし」
「なんか憐れまれてる!?」
「いやカンマ君の場合ホントに見てるからね?」
「否定できない。ツライ」
なんて問答をしていると、カンマと呼ばれた男が何か思い出したかのようにエルタイルに向き直り、その顔をまじまじと見つめる。
「……んー?」
「何だよ?」
「どうしたのカンマ君?」
少しばかりの嫌な予感がして、エルタイルは身構えた。……が、女性がエルタイルをかばうようにカンマとエルタイルの間に入ったので、その心配は無用となった。
カンマは真剣な表情で女性に話しかける。
「ルゥコちゃん。ちょっとこの子……」
「うん?」
真剣な声で――――
「女装させたら似合いそうじゃない?」
「フン!」
早業。カンマは組み敷かれ、きれいに関節技が入った。
片足は掴まれ、もう片足は折り曲げた形で腿に乗せられ固定され、キリキリと締め上げられ……いや本当にきれいに極まっている。
「あー痛たたたたたごめん、ごめんて! 真面目に言うとこの子見たことある!」
その言葉に、ルゥコと呼ばれた女性は締め上げる力を緩めた。
ただ、本当に緩めただけなので、カンマとルゥコはその体勢のままである。
「っていうと……神様の?」
「多分そう。いやーよかった、こんなすぐ見つかるなんて」
「やった。手間が省けたねカンマ君」
「だね」
なんて仲良く会話をしているが、その体勢のままである。
「神様……テラスに何か用か?」
エルタイルも特に気にせず話をしているが、くり返し述べる。
その体勢のままである。
・・・
そんなわけで、エルタイルはカンマとルゥコを天宮照に引き合わせることになったのだが、中々照が帰ってこないのでしばらく待つ羽目になった。
その照なのだが、二人に会うなり少々面食らった顔をして、
「私に会いたい人って、君たち?」
と、ベッドに腰掛けて、足をぶらつかせながら言った。
それからまじまじと二人を交互に見つめるのだが、何か思いついたような顔をして、立ち上がって謎のポーズを取り、
「この世の悪が往く所、誰かの泣く声こだまする!」
……突然どうした。
これにはエルタイルもまるで意味を理解できなかったが、カンマはというと、
「無垢なるものを守るため、音さえ超えて駆けつけよう!」
などと返した。
この返答に照は満面の笑みを浮かべて、更に続ける。
「風神特急ハヌマイザー!」
「私の刃が乱麻を断つぞ!」
それから少しの沈黙の後、二人は握手を交わし、そして――――
「いいよね、ハヌマイザー。コテコテな感じが」
「わかる。おもちゃ売れなかったのすごく残念だけど」
「ほんとそれ」
「つらい」
なんか語り始めた。
エルタイルが推察するに、何か暗号化された会話でもしているのだろう。なお横のルゥコはドン引きした表情である。
……そんな少女を横目にしてカンマと照は一言。
「女の子の前で特撮の話やめない?」
「誰だろうね話し始めたの」
「二人とも鏡見て、鏡」
とぼける二人にたまらずルゥコがツッコミを入れた。
それに対し、カンマと照は顔を見合わせ……
「おれは仙道戦士のカンマで、こっちは巫術士のルゥコちゃん」
何事もなかったかのように本題に戻った。
「ここ編集点!?」
……哀れみ。
仙道戦士に、巫術士。かたや仙術と武術を併せて戦う戦士で、かたや精霊の力を借りて巫術を行使する巫子である。
カンマはともかく、ルゥコは戦力として期待できそうだ……エルタイルはそう思った。
照は腕を組み、唸る。
「ふむふむ。カンマくんにルゥコちゃんね。うん、二人のキャラはだいたいわかったよ」
「今ので!?」
「まぁ確かにルゥコちゃんはツッコミだよね」
「不本意なデファイン!」
……うん、たしかにだいたいはわかる。
「苦労してんなぁ」
エルタイルは肩をすくめた。
「さて、と。私は天宮照。ご存じ天照大御神の分け御霊……神様だよ」
ご存じってオレは知らないのだがとエルタイルは思ったが、黙っておいた。
カンマもルゥコもそこには触れないので知っていたのだろう。
……仲間はずれ感を覚えた。
それはともかく、口々に挨拶を済ませるカンマとルゥコだったが、照はそんな二人を訝しげに見つめるばかり。
「それで、要件は?」
理由はエルタイルにも推察できた。照も分かっているのだろうが、だからといって聞かぬわけにも行かない。
カンマとルゥコは目配せをして、その後ルゥコが問いに答える。
「一緒に戦いましょう。悪魔達と」
「というか、戦わせてくれ……かな?」
二人はこう言うが、それに対する照の反応はと言うと、あまり芳しくない。
難しい顔をして唸る。しばらくの間その調子。
やっと口を開いたと思ったら、出てきたのは難色を示す言葉だった。
「何とも言えないね」
きょとん、とした二人の様子に、照はその理由を説く。
難しいことじゃない。単純な理由だ。
「ホラ、私さ、君たちのこと何にも知らないんだよね。一緒に戦うってなら――――
「証明しなきゃならない、ってことか」
真剣な顔を作って答えたカンマを見て、照は微笑んだ。




