28:予感とバグ技と
現世より来たりし神性、天宮照が悪魔マテリアを討った、その同時刻。ギーメルより更に北方。
放棄された村。その廃墟に、獣達の死骸の山が積まれている。
ここに、二つの人影があった。
一人は少年、一人は少女。
少年は獣達の骸の山に腰掛け、少女は廃屋の壁に寄りかかっている。
異界の装いに身を包んではいるが、彼らの顔つきはどこか異界人とは違うものだった。
少年は南の空を見上げ、暗雲の晴れゆく様に声を上げる。
「あ、雲が晴れてく」
黒点の消失に伴う、陽の光を遮る暗雲の霧散現象。それは彼ら悪魔の拠点が一つ消えたということに他ならない。
それはこの世界が初めて上げた、反撃の狼煙だった。
同じように、少女も南の空を見る。
「和馬君の言ってた"神様"、悪魔を倒したみたいだね」
「うん。でも、ここまでは"流れの内"だ」
和馬と呼ばれた少年は作ったような声色で答えるも、少女はただただ呆れた顔をするだけだった。
「ねぇそのかっこつけた言い方やめない?」
「まあいいじゃん。こんな状況でも、楽しめるんなら楽しんどいたほうがいいよ。笠子ちゃんもさ」
「はいはい。で、"神様"こっち来るんだよね?」
笠子と呼ばれた少女の問いに、和馬は(どこで買ったのか)似合っていないゴーグルを上げ、ドヤ顔で答えた。
「来るよ。おれの能力がそう言ってる」
「……それ、何のマネ?」
・・・
学都ギーメルより北方、ルーダレッタと呼ばれる岩の棘の林を抜けて、暫く。
ガタの来ている城門を抜けて、天宮照とエルタイルは人類最後の砦、ヘレニク王国は城下ヘールに辿り着いた。
照は目の前に広がる王都を一瞥し、ただ一言呟いた。
「ここが王都かぁ……なんか思ってたより活気あるね」
「だな。ちょっと意外」
エルタイルの聞くところによれば「ギーメルより酷い」有り様だったのだが、この町は思ったより喧騒に満ちている。
滅びに瀕しながらも強く生きている、と言えば聞こえは良いが、さて実際はいかなるものか。
「それよか宿屋探そうぜ。疲れた……」
「えー? せっかくだし色々見て回ろうよー」
「観光気分かよ……」
ここに至るまでにエルタイルはかなり体力を消耗したのだが、照はそうでもなかった。
というのも……
「つーかあんたのせいだかんな。何だよ黒紋獣退治百本勝負って」
「何って君、言ったでしょ。修行だよ。これからは君もいち戦力として数えるからね」
このような理由である。
照に同行する以上、最低でも自分の身を守るくらいはできなければ照自身も困るというものだ。
そのためには逃げるだけではいけない。そのための特訓だった。
エルタイルは力ない息を吐き、うなだれる。
「マジか……」
「マジもマジ。まあでもいいよ。今日の所は休んで、街は明日回ろ」
「結局見て回るのか……」
「そりゃあね。当面の目的は戦力の強化。然る後にあの敵の本拠地に攻め入るための足を作る。私の計画はざっくりこんな感じだよ」
北方の空を指差して、照は言った。
その指が示していたものは、北の大陸にあるという"虚無の樹"。悪魔の本拠と目されている場所だった。
そうだ。この旅は途方もなく困難な道程が予想される。
エルタイルは更にため息を一つ。
ともかく、町を見て回るのは確定事項らしい。その意図するところはエルタイルにも理解できなくはない。むしろそれは必須事項とも言える。
「情報収集を兼ねた地盤固め。信仰が力になるのが神様なんだから、重要よコレ」
「はいはい、わかってますよ神様。とりあえず宿屋だ宿屋」
……そして、適当な宿を見つけて部屋を取り、エルタイルは束の間の安息を得る。
やっとゆっくりできる。
そう思うと長い息が緊張と共に出てきた。
九に眠気が押し寄せて、エルタイルはベッドに腰掛け――――
「ねぇねぇエルくん」
「ぅわあああいきなり出てくんなあああ!!」
エルタイルのすぐ横に照がにょきっと生えてきた。
壁から。
壁からである。
「ていうか何、何したあんた! 壁あったよな、穴空いてなかったよな!?」
確かに壁はあったし、穴も空いていなかった。
もし照が壁に穴を空けたとなればそれは弁償問題だが……当の照はドヤ顔で、
「ん、ああコレ? ふふん。これね、私命名『トンネル・エフェクト』! 壁にぶつかった瞬間、猶予0.05秒でアイテムクリエイションを起動するとほらこの通り、壁抜けできちゃうのだ!」
などと供述をしており……。
その行動もさることながら内容もかなり意味不明だった。
「お前いつの間にそんなグリッチを……」
と、エルタイルはジト目で返す。
照のマイペースぶりはあの初対面から重々知っているエルタイルだったが、未だ慣れない。
文化や価値観の差なのか、それとも照が"神"だからなのか……あまりにどうでもいいことだった。
そして照はというと、エルタイルの言葉が何か引っかかったようで、彼に訊き返した。
「グリッチって?」
フリに答えろみたいな謎の圧力を感じながら、無視してエルタイルは説明する。
「知らねえのか。魔力ってのは物質内に流れ込むと一瞬だけ物性を書き換えるんだよ。その一瞬を捉えて、変化した物性を利用するのがグリッチって技だ」
「あー、私がギーメルまで飛んだのもそれか。なるほどー、グリッチね……」
エルタイルは何度目かの呆れ顔を作った。
簡単に言うが、グリッチは狙って出すのは相当難しい。
確かに物質に流れ込んだ魔力は物性を一瞬だけ書き換えるが、その一瞬というのは人間が知覚できるレベルにない。
そんな捉えることすらまず不可能な一瞬の内に所定の行動を行うのだ。常人には到底不可能と言っていい。
武人により鍛え上げられた技の、更にその先。それがグリッチなのだ。
神様というのは人間の常識では測れないものだな、とエルタイルは改めて思う。……実の所はRTA中に足でスマホゲームを周回しているゲーム廃神なのだが、そんなこと知る由もなく。
「で何の用だよ」
「いや、何で部屋別々なのかなってさ」
たったそれだけのために超技術を使う神様であった。
顔をしかめ、エルタイルは一言。
「あんたと一緒の部屋で寝たくない。怖い。以上」
「えー? 何もしないのにー」
「そこが信じられないって話してんだが……」
信じられないといえば、本当に用がそれだけとはエルタイルには思えない。……いや、普通にあり得るか。
「で、ホントのところは?」
「……良かったの?」
「何が?」
短く返す言葉のラリー。
照の言わんとしていることは何となく分かる。
「多分、私はこの世界の神とも戦うことになるよ。私にその気がなくてもあいつらやる気だし……」
「別に。元々信じてねえし、それに……」
レーヴ十神。この世界を見捨てた神々。
元より信心は薄かったが、あの光景を見て、あの問答を聞いてしまったら、いくら自らの世界の神と言えど信仰の念など失せるというものだ。
そいつらと照、どちらを信じるのかと問われれば――――
「オレはオレらのために戦ってくれるやつを信じたい」
本心だった。
それが信仰かどうかは分からないが……
「頼ってくれるんだろ? だったらそれに応えたいじゃんか」
「エルくん……」
照は眉を吊り上げて、少し照れたような顔をした。
それからすぐに、「よーしパパ頑張っちゃうぞー」的なノリでほがらかに宣言した。
「よーし、それなら私もいっちょやりますか!」
「何を?」
「ふっふーん。意外ッ、それはッ、研究ッ!」
いきなり何を言い出すのかとエルタイルは思ったが、それは黙っておくことにした。
ドヤ顔、早口。この手の(気持ち悪い)人種は学術院にもいたなと述懐して……何故かげんなりした。
「どんなゲームも情報が命! アイテム、スキル、ステージ、エネミーデータ、そしてバグ! 使えるものは全て使うのが私の流儀!」
誰も聞いていないし意味もわからない。そして照も気にしていない。
「そんなわけで一週間くらいグリッチの研究に使うから、何かあったら連絡よろしく!」
「………………あ、そう……」
とにかく、そういう風にさんざっぱら好き勝手にまくし立てて、照は自分の部屋に戻っていったのである。
それから廊下からバタバタと音がしたのだが、何があったかを確認する気力はエルタイルには無かった。
「……寝るか」
エルタイルは横になり、沈みゆく意識をベッドに預けた。




