26:邪魔はさせない
「ッ……レーヴ、十神……」
神官達の間に動揺が走る。……彼らの信仰する神々が一斉に姿を表したのだから当然といえば当然である。
目映いほどの色彩を放つ光の数々を見据えて、天宮照はその名を反芻する。
レーヴ十神。この世界の創造主。
その内の一柱、少年のような鎧の姿をした神、ソフィアが声を上げる。
「よぉ。久しぶりだなぁ~アメミヤ・テラス『くん』!」
「お前……あの時の!」
「ソフィアだ。名乗ったはずだけどなあ……まあいいや。どうせまた忘れる名だ」
名前を覚える気のない照を見て、ソフィアは肩をすくめる。ソフィアにとってもそれは些末なことだった。
鎧の内の一つが前に出る。その姿は女性的な丸みを帯びた、透明な水晶体とでも言うべきか。オリーブ色に光るラインがその姿の美しさを語っている。観賞用の造形というよりは機能美と呼べるような、そんな無駄のない造形である。
その水晶の鎧はどこか尊大な態度で照に告げる。
「アメミヤ・テラス。貴様の戦い、見せてもらった。まずは見事と言っておこう」
見てたのか。
この世界に来た時からずっとであるが、このカミサマのこの態度は一体何なのか、常に自分らの株を落とし続けなきゃいけない縛りでもあるのか。
その「詮方ないこと」を横に置き、照は答える。
「見てた……ねぇ。で、何? ただ労いに来たわけじゃないんでしょ?」
「我等は選択肢を提示しに来たのだ。貴様のこれからを左右する選択肢を」
照にはこの先の展開がなんとなく読めたが、外れていたら恥ずかしいので、黙って話を聞くことにした。
「ボク等ハ、君に、イらレると、少し、困ル」
全身に走るラインを紫色に光らせ、全裸の男のような鎧が述べる。
東洋の天女のような風体の鎧が前に出る。続けて少年のような鎧と、鎧武者が。
「先の戦いが示したように、あなたは戦う度にこの世界での信仰を得ていく。それはこちらにとっても不都合なのです」
「要はゼロサムゲームの参加者が増えちゃメーワクって話さ。簡単だろ?」
「障害、妨害、論外。貴殿の存在自体が邪魔である」
ここまでは予想通り。
ならば選択肢というのは……
「貴様には二つの道がある。一つは境界へと還り、元の生活に戻る道。そしてもう一つは、ここで死に果てる道だ」
「引き返すなら見逃してあげよう。だけどこの世界に留まるなら、わかるだろう?」
言葉の意図を理解して、照は拳を強く握り締める。
……まともに戦えない転世者を送り込んで、「何かした」フリだけして、そのくせ神は排除しようとする。
つまりこの神々は、この世界がどうなろうと構わないのだ。力さえ残っていればまた創れるから。そのための信仰だけがあればいいのだ。
この神々にとって世界とは、そこに住む生命とはその程度のものなのだ。
嘆息して、傍らの白銀の鎧、パトスに向けてぼやく。
「……これが事情ってわけね」
「そんなところだ」
パトスはどこか不服そうな様子だった。そこから読み取れるのは……神々の不和。有り体に言うなら……仲が悪い。
「さあ選べ、帰るか、死ぬか」
相変わらずの煽り調子でソフィアが宣う。その態度も相変わらずではあるが、照が感じるのはもはや"呆れ"だった。
だから照も、売り言葉に買い言葉で返した。
「……はっ。自分で呼んどいてそれか。ほんとお前ら性格悪いな」
「だってそういうものだろう。なぁ、神様ぁ?」
どこまでも人をバカにした態度である。
こんなのを信仰している奴らの気が知れない、と照は思う。だが、祟り神のように害をなす神も信仰を集めるのだから、そういう在り方もあるにはある。
……それでも、こいつらを認めるわけにはいかない。
許しちゃいけない。
「話になんない。そんなんだから自分の世界も簡単に見捨てられるってわけ」
「人聞きが悪いね。言いがかりはやめてもらおうか」
「って言ってるけど?」
照はパトスをちらと見るが、腕を組んだままぴくりともしない。鎧の隙間から光る目が空の神々を睨むのみだった。
いまいちパトスの立ち位置が分からない、が……今は捨て置くべきだ。
「答えよ、アメミヤ・テラス。貴様の道は何れか?」
夕暮れの紅が廃墟同然の街を染め上げるその中を、静けさが満たす。
その静寂を破るように、照は言葉を紡ぐ。
私は――――
「――――確かに、帰れるっていうなら願ってもない。正直、帰りたいよ」
空に浮かぶ鎧達の目が、嗤うように光る。
「ならば――――
「……でも、私は」
マリア、そしてラザル。
二人の顔が脳裏に浮かぶ。
彼らだけではない、もっと多くの人達。そして……エルタイル。
「私は――――
知ってしまった以上、もう戻れない。
関わってしまった以上、もう見過ごせない。
約束してしまった以上、もう逃げられない。
"指切り"したんだ。諦めるなんて、できはしない。
「私は"神様"だ! 人が求めるのなら、必ずそれに応えてみせる! 世界だって救ってみせる! 誰にも邪魔はさせやしない! そこんとこしっかり覚えとけ、バカ神どもッ!」
空気が震え、稲妻が走る。
それはただの比喩であったが、そう表現するにふさわしい緊張がその場にはあった。
照の宣誓に、レーヴ十神は各々の反応を見せた。
「何と……?」
「こいつは……!」
「アハァ、手の込ンだ自殺だァ!」
「愚癡、愚鈍、愚昧、愚蒙、愚考。あまりにも軽忽である!」
「嗚呼……愚かな……」
「バカ、の、極ミ」
そして、水晶の鎧は腰に差した鞘から白き剣を抜く。概ねバカにした態度を取る彼らの中にあって、水晶の鎧のみが冷徹にその意志を示した。
即ち、攻撃の意思を。
「ならば死ね」
剣の描いた軌跡からオリーブ色の光が飛び出し、照に向かう。
閃光は弾ける。迫る剣圧に目を瞑る。
もはや力は残っておらず、避ける術のない照はその閃光がもたらす無数の刃を甘んじて受ける外ない。
――――そのはずだった。
「な、なっ……」
だが、開いた目の先に見えたのは、幾重にも折り重なった光の壁……そして隆起した土の牙。その向こうにオリーブ色の光の残滓が雪のように舞っている。
照の傍らには神官達とパトスが立っていた。
(っ、まさか、私を――――?)
疑問を口にするより早く、神官の一人が顔をこちらに向けて言う。
「無事か、異郷の神」
「あ、あなたは……?」
照はその顔を知っていた。確かクライブ監督官、と言ったか……。
「先日の無礼を詫びよう。私は冷静ではなかった」
「そんなこと……」
言ってる場合でもない。
思い直して、照は空に構える九柱の神を見据える。その先頭に立つ水晶の鎧は、いかにも不服げな様子だった。
そしてそれは直後の言葉によって証明された。
「……何のつもりだ。パトス、そしてその信者達」
あまりにも不服そうな、低く冷たい声。それに対し、パトスはその名の響きの通り情熱的な声を張る。
「見てのとおりだシェキナーダ。私はこの者に付く」
「本気か?」
「無論だ。無垢なる心を守る者、それに牙剥くは正義に非ず! 正義にもとる行いを、私は許すことなどできない!」
水晶の鎧……シェキナーダとパトスの視線が交差する。
緊迫した空気が火花を散らす中、問答は続く。
「今は正義を論じる時ではない。この者を野放しにはできぬと言っているのだ」
「結果、世界が失われるとしてもか?」
「神議の決を覆すなら、貴様もただでは済まさぬぞ」
「やってみるがいい。やれるものならな」
「ッ……パトス、貴様……!」
パトスの挑発にシェキナーダが狼狽する。悔しげに相手の名を呼ぶも、それ以上の動きは無い。
どうやらシェキナーダには戦えない事情があるようだが……?
などと照が考えていると、翼の鎧がシェキナーダの傍らに寄る。天女の鎧も翼の鎧に続いた。
「……姉上、ここは退くべきです」
「クラウンに賛成です、シェキナーダ様。ここで力の無駄遣いはできません」
シェキナーダは二体の鎧を睨め付け、それから少し間をおいて、"嘆息"した。
「……貴様の処遇はひとまず預ける。永らえた命、ありがたく思え」
捨て台詞を残して、シェキナーダは自らの姿を光に変え、天へと還っていく。それに続くように翼の鎧と天女の鎧も去っていく。
「ちぇっ、つまんないの」
「醜悪、劣悪。収まりがつかぬ」
「あーあ。暇だナ。アストラ、また新しいの作ってよ」
「……承っタ」
不満を顕にする者、興味をなくした者、様々な反応を見せ、他の神々も光へと還り、天に消えていく。やがてそこにはパトスとその神官達、そして照だけが残された。
緊張の糸がほぐれたのだろうか、パトスは吐息混じりに一言だけ呟く。
「…………去ったか」
日が沈む。
ぼんやり空を眺めてみて、照はようやく気付いた。ギーメルやその周辺の空を覆っていた暗雲が、いつの間にやらどこかへ消えていた。
照にはその所在が掴めなかった"黒点"も、今頃は消えていることだろう。
……一気に気が抜けて、照はへたと座り込む。
「い、生きた心地がしないよ……」
神衣の变化を解いて、いつもの巫女装束に戻る。パトスはそんな照を見下ろす。
鎧の下から見えるその青い眼光は、鋭いながらも優しい何かがあった。
「……だが」
「そう、だね……」
ゆっくりと、高くそびえる学術院の建物に差す赤い残照に手をかざす。そして空を掴みながら、今までふわふわとしていた感覚を確かな実感にする。
そう…………
「私達の、勝ちだ――――――!」




