25:未知との遭遇(6/6)~アマテラス・ライジング
――――力が、光が、溢れてくる。
数え切れないほどの光の粒が、体の中に溶け込んで、湧き上がる"力"になっていく。
確かな暖かさを感じながら、天宮照は感極まって呟いた。
「感じる……伝わってくる。みんなの願い、みんなの想い……!」
だから、応えなきゃ。
光輪が光を強め、O型の残光を空に刻みながら鏡の翅に圧力を生み出す。まるで光に押し出されるかのように、照は虚界悪魔マテリアへと飛ぶ。
迎え撃つ触手を切り払い、照の間合いはマテリアを捉えた。
刃を振るうべき道筋が見える。ならば後はそこへ向かうのみ!
赤い刃が弧を描く。白い炎が追随する。ただ振り下ろしただけの動作であったが、その軌跡は一瞬遅れて衝撃波を放った。
(浅い。でも入った……!)
照の一太刀はすんでの所でマテリアの触手に阻まれたが、防御に回した触手のことごとくを切り裂いて、僅かながら本体に届いた。
この機を逃さず追撃の横薙ぎ。
マテリアは下方に伸ばしていた触手を住宅の壁に突き刺し、自身を下へ「投げて」避ける。対して照は身を翻してマテリアを追う!
「ナンダ……ナニガ起キテイル……」
槍が彗星のように尾を引きながら触手の集合体に迫る。
穂先がマテリアの胴に触れるか触れないかといった所で、マテリアは再び壁に触手を突き立て、今度は空中に身を投げ出した。
貫く対象を失った照の槍は地面を大きく穿ち、一瞬で昇華した石畳が膨張して大きな爆発を起こす。
爆炎を背に振り返って、照は宙に逃れたマテリアを睨み付ける。
「ッ……オマエ、ナンダ、ソノ、チカラハ……!!」
マテリアのその様子からは、明らかに焦りが見て取れた。
挑発も兼ねて、穂先を悪魔へと向け、照は啖呵を切る。
「分からないの? これはね、世界の声だ! 人々の生きる意志、祈りの心だ! それが私に力をくれる! お前を倒すための力をね!」
「ソンナモノデ……妾ガ倒セルカァァァ!!」
直上、前方、後方、建物の影。ありとあらゆる方向から触手の針が襲い来る。相変わらずの物量で押し切る攻め方。しかし、僅かに雑になってきている。ムラが丸見えだ!
「まだ分かってないみたいだね! だったら教えてあげる!」
触手を切り払い、包囲網を突き抜け、マテリアへ肉迫しながら声を張る。
「――――神様怒らせたら、怖いってことをッ!!」
均衡が崩れ始めた今がチャンスだ。照の力も、人々の力も有限である以上、長引かせることはできない。
だったら、ここで一気に!
「天壌……武穹!」
槍を思い切り引く。"突き"の構え。背後から触手が追い縋るが、そのことごとくは照の残した軌跡に触れるだけで焼失していく。
照の目と槍の切っ先が悪魔を捉えたその瞬間、溜め込まれた熱は一斉に解き放たれた!
「やああああああああああああッ!!」
「グッ……ゴオオオオォォォ!!」
赤と白の明滅する光の合間で悪魔が吠える。新たに伸ばされた触手を総動員して、音を超えて飛ぶ炎の棘を迎え撃たんと肉の棘を作る。
瞬く間に激突した両者は、何度も何度も爆発を繰り返しながら、周囲に熱波を撒き散らしてその場に留まる。
照は槍を押し出すジェット流を更に放ち、マテリアもまた触手を再生した傍から棘の補強に充てていく。
今の所は平衡状態。どちらが先に崩れるかはわからない。
ここが正念場だ。ギリギリまで、踏ん張れ……!
けれど、欲を言うなら……あと一押し。あと一押しが欲しい――――
「我が神パトスよ、彼の者に裁きを下したまえ!」
放物線を描き、幾百もの光の矢が悪魔に殺到していく。
照の視界の隅に小さく見える何十人もの人影。
「ッ……神官さんたち!?」
彼ら神官団もまた決死の行動に打って出たのだ。
そのきっかけは紛れもなく――――
「人間ドモ……邪魔ダ!」
「地と慈悲の神よ、我等に守護の光を!」
マテリアは触手を伸ばして神官達を攻撃する。だが、その攻撃は神官達が展開した光の壁に阻まれた。
余裕の無い叫声が轟く。
「グゥゥゥ……小バエドモメェェ!」
……効いてる。攻撃の威力も弱まってる。
私の神威に力を集中してるから……?
なら!
「やあああああああ!!」
勝機は見えた。私がこいつを抑えていれば、後は神官達で攻め切れる!
行け! 行け! 行け!
何振り構うな、叩き込め!
「ヌゥゥゥゥ……ナ、ナメルナアアアアアア!!」
「ああああああああああッ!!」
なおも平衡は続く。両者共に一歩たりとも引かない。
だが、ここを耐え抜けば――――
(いいやだめだ。それじゃだめだ。ここで置きに行くのはだめだ!)
そう、まだだ、もう少しだ!
振り絞れ、押し切れ、吐き出せ!
(私の力、みんなの祈り! 全部全部ぶつけろ――――!)
アクセルを踏み抜いて、スロットルを全開にして、何もかも、何もかも!
「っだあああああああああ――――ッ!」
均衡が崩れ始める。少しだけ、炎の槍が前へと進む。
それはすぐに押し戻されて、一進一退の攻防は未だ続く。
既にこの戦いは意地の張り合い。そう……先に折れたほうが負ける。
照も、マテリアも、既に死に物狂いであった。
「グヌォォ……妾ハ……妾ハ負ケヌ! 小サキ神ニナド、人間ニナドォォッ!」
均衡が崩れようとした、その時――――
「その心意気、敵ながら見事。だが!」
不意に、声が聞こえた。
男の声だ。無機質な、けれど情熱を内包したかのような声。
「っ……?」
「この声は……?」
「ッ――――
暗雲を割いて、天より現る精悍な男。……いや、正確にはその姿を模した鎧とでもいうべきだろうか。
天より降りるヤコブの梯子に照らされながら、鎧は言う。
「最後に勝つのは、正義の心だ!」
「偽リノ、神――――
均衡は完全に破れた。炎の槍も、光の矢も、全てがマテリアに届く。
照の体は槍と共にマテリアを突き抜け、かの悪魔に背中を見せる形となって、光と熱を背中に浴びる。
そして、爆炎が轟音を上げて天を衝く。
「っ……!」
誰もが強風に煽られ吹き飛ばされる中、まるで微動だにしない存在が一つ。
……それは、青く光る線が体中を走り抜ける、白銀に輝く鎧。無機質でありながら、どこか芸術作品を見ているかのような雰囲気を放つ人型。
ある種の荘厳ささえ感じるその風体が、その者の正体を示唆している。
即ち――――
「人よ、窮地にあって尚諦めぬ心在らば、我が名を呼ぶがいい。我こそは地と慈悲の神、パトスである!」
悪魔が消え去り、平穏が訪れたかに思えたギーメルの街で、白銀の鎧は高らかに名乗りを上げた。
その宣言に、神官達は沸く。
「おお……あれぞ我等が神……!」
「神は我等を見捨ててはいなかった……!」
あれが――――
「パトス……この世界の神……」
照が知る二柱の神とは、姿こそ共通点があるものの、纏う雰囲気はどこか違うようにも感じられた。
照は地上に降りる。空を飛ぶ神威……"天尊光輪"ももうすぐ維持できなくなりそうだった。
その様を見るや否や、パトスと名乗る神も地上に降り立ち、照の元へ歩み寄る。
そして、パトスは右腕を差し出して、照に握手を求める。
「境界の神性・テラス。私は君と、あの赤首巻きの少年に心動かされた。この勝利は君達がもたらしたものだ。私は君達に敬意を表そう!」
「……はあ」
押し寄せる疲労感が、照の応対をそっけないものにさせた。……理由はそれだけではなかったが。
無視しても仕方ないので、照は握手に応じた。照は強い勢いで振り回されるのを覚悟すらしていたのだが、その握手は思いのほか優しかった。
ため息とともに、照はぼやく。
「出てこれるなら最初から出てきてよ……」
「それはすまない。私にも――――」
「事情がある、って?」
聞いた台詞だ。
一体全体、事情とは何なのか。
問いただす前に、"それ"は起こる。
「……っ、なんだ……?」
いくつもの光が、暗雲の海に穿たれた空洞から舞い降りる。
それぞれ色の異なる光は一際強く発光し、光がシルエットの輪郭を描く中、人の姿を形取る。
人を象った鎧の姿。
その数、九。パトスを含めれば、十にも及ぶ。
くぐもった女の声が響く。冷徹な、抑揚を殺した声が。
「――――神判は下った。アメミヤ・テラスよ、選べ。貴様自身の"道"を。我等レーヴ十神、ファルステラを統べる十から成る"理"の神なり」




