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彼方の星のミソロギア  作者: このは
6th:手を伸ばせ! 祈りを紡ぐ人の願い
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24:未知との遭遇(5/6)~手を伸ばす

 学都ギーメル・学術院。

 魔導を始めとした様々な学問をする場所であるこの施設が擁する魔導訓練場は、緊急時の避難場所として指定されていた。

 エルタイルは神官達や市民達と共にこの場所へと辿り着いたところだった。


「はぁ、はぁ……」


 今までその存在を忘れていたかのように、一気に疲れが押し寄せてくる。

 避難誘導に魔導を多く使ったが、魔導は肉体そのものには負荷をかけない。この疲労は絶え間なく移動していたためのものだ。

 神官の一人が、エルタイルを労うように彼の肩を軽く叩いた。


「ここまでよく頑張ってくれた。君は休むといい」

「あんた達は……?」


 手渡された水飲みを受け取り、エルタイルは訊く。

 その問いかけに対して、まるでさも当然かのように神官は答えた。


「学術院に展開している《守護光陣(ゾーハル・キール)》の補強に向かわなければ」

「っ……まだ動く気かよ!?」


 驚きというよりも、呆れのほうが強かった。

 なぜわざわざ死地に赴こうとするのか。

 その心理を理解できないでいるエルタイルに、他の神官が代わりに答える。


「君も見たでしょう、あの悪魔の一撃を」

「見たさ、だから言ってんだ! あんなの防げっこない! 防げたとしても代わりにあんた達死ぬぞ!」

「ここにいても死ぬよ」

「っ……!」


 正論とも言える言葉に、エルタイルは思わず言い淀む。

 ……結局、彼は訓練場を後にする神官達の背を見て立ち尽くすだけだった。

 拳に力が入る。

 そこで彼は気付いた。


「……幽端末(ターミナル)……まだ繋がってたのか」


 その端末は、天宮(あめみや)(てらす)に渡したモノと接続したままだった。その状態で学術院まで来てしまったのだ。

 どうしてそうなったのか彼自身にもわからない。だが振り返れば、端末のことなど意識の外にあったように思う。

 少し気になって、端末を耳に当て、向こうからの音を聞こうとする。

 ……エルタイルはすぐに、その行動に出たことを後悔する。


「ッ――――」


 端末の向こうから聞こえてくるのは、爆発の音と剣戟の音、風の音、たまに漏れる照のぼやきと呻き声。

 情報は音だけだったが、それは十分すぎるほど現状を伝えていた。


「テラスっ……テラス!?」


 応答は無い。当然だ。あるほうがおかしい。

 向こうの様子は容易に想像できた。状況は明らかに劣勢そのものだ。


「くっ……!」


 全身に寒気が走る。

 現状を知っているのはエルタイルのみ。こちらの状況も、向こうの状況も。

 だが彼には何もできない。

 "神頼み"する以外には、何も。


「怖い……もう嫌だ……」

「ううぅ……ひっ……おかあさん……」

「大丈夫、大丈夫だから。きっと神官さん達が何とかしてくれるわ……」

「だめだ……俺達はもうおしまいだ……」

「やだ……死にたくないよぉ……!」

「な……何で……こんな事になってるなんて……」

「ふふ、はははは……」

「皆さん、大丈夫です。もうしばらくの辛抱ですから……!」


 植え付けられた絶望に打ち震える者。子供をなだめる母親。今更現状を目の当たりにした学生達。どこか狂ったように笑みを浮かべ黙る者。負傷者の対応をする神官。

 空間に蔓延する恐怖。それは、伝染する病のよう。

 恐怖が場を支配し、神官はなんとか人々の不安を拭い去ろうと声をかけ続ける。

 それでも、少年には何もできない。


 ――――いいのか?


 いいのか、それで?

 本当に、いいのか――――?


「…………いいワケ、ないだろッ……!」


 水飲みに入った水を一気に飲み干し、訓練場の端に設けられた簡易机に叩きつけるように置く。そして、起動の言葉を唱える。


起動(ローンチ)、《コーデックス・コンソール》!」


 宙に現れたいくつもの光の薄板の上で、両手を、その指先を滑らせる。その度、眼前に浮かぶ仮想人体モデルに文字が刻まれていく。

 目も、手も忙しなく動き回る。考えなど何もない。これはただの衝動に過ぎない。


 それでも嫌だ。

 座して死を待つ? 願い下げ!


「《トランスポート・ボイス》!」


 そうだ、教えてやれ。

 今、誰が、何と戦って、誰を守ろうとしているのか……!


「てめえら、何うつむいてんだ!」


 思い切り息を吸い込み、肺の中の空気を全て吐き出すように声を張る。

 空気の振動が薄い黄白色の膜を通り、訓練場に、学術院に、ギーメルの街に響き渡る。

 街の上空で戦う照も、学術院に障壁を展開する神官達も、皆がその声を聞いた。


「っ何だ――――!?」

「エルくん……?」

「先程の少年か……?」


 訓練場の人々はいきなりの大声に驚いたらしく、小さなざわめきが起こった。

 エルタイルへ向けられる群衆の視線。中には彼を睨むものもいた。

 だが、少年は意にも介さない。


「どいつもこいつもこの世の終わりみてえな顔して! 黙って聞いてりゃあやれもうダメだのおしまいだの勝手ばかり! まだ終わりじゃねえだろ、まだ!」

「終わりだよ!」


 どこかから怒鳴り声が上がる。まるで自暴自棄になったかのような、そんな声。

 静寂。耳鳴り。その中で、男は更にまくし立てる。


「もう終わりに決まってるだろ! どうやったか知らないけど、あの女は街を割ったんだぞ!」


 その怒声に、再び群衆のざわめきは大きくなる。


「女? 私には得体の知れないうねうねに見えたわ!」

「どう見たって女だろうが!」

「意味わかんない!」


 混乱が混乱を呼ぶカオスの海で、少年は叫ぶ。


「うっせえ、ガタガタ言うな! 起動(ローンチ)、《アストラル・プロジェクション》!」


 指を閉じ、親指同士をくっ付けるような形で両手を突き出し、思い切り横に開く。その軌跡が光になり、空中に大きな光の平面を生み出した。


「見ろ! 今オレ達を守ろうとしてくれてる奴を、まだ諦めてねえ奴の姿を!」


 そこに映るのは、照が悪魔と戦っている光景。幽端末(ターミナル)の位置情報を参照して、空間の様子そのものを平面に映し出す魔導。


(ああそうだ。みんな知るべきだ。あいつの事を!)


 ……だが、それで絶望が払えるかといえば違う。それもそのはず。だって照は今、空を奔る黒い"もや"に翻弄され続けているのだから。

 照の槍から炎が悪魔に向かって飛ぶが、女に届く前にひとりでにかき消えた。そして黒い"もや"が再び奔る。

 訓練場の澱んだ空気は変わらず。ざわめきは大きくなり続ける。


「負けてるじゃないか!」

「やっぱりもう終わりだ……!」


 ……いや違う! まだだ!


「ッ終わってねえ! 終わってなんかねえ! 目ぇ背けんな、顔上げろ! よく見るんだよ、目の前の世界をッ!」

「それで何しろってんだよ!」

「あんなのどうしようもないだろ! わからないのか!?」


 少年の叫びは、絶望に瀕した人々には届いていない。心が「何かをする」ことを諦めてしまっているのだ。

 祈りさえも。


(ああ、分かるよ。オレもそうだった)


 でも――――


「分かってねえのはお前らだ! 膝抱えて顔埋めて、目を伏せ耳を閉じ、何も見ず、聞かず! そんなんで誰が助けてくれるってんだ!」


 エルタイルに食って掛かっていた男達が狼狽する。


「何が言いたいんだよさっきから!」


 情けなさを露わに食い下がる彼らに、エルタイルは畳み掛ける。


「戦えないことを理由にして逃げてんじゃねえ! 立ち向かうんだよ、自分にできるやり方で!」


 一瞬だけ、静寂が訪れる。街中を伝わる声が反響して帰ってくる。

 不意に、子供達がぽつりと呟く。

 男の子一人と、女の子一人。兄妹なのだろう。男の子はルカ、女の子はエリシェバという名だった。


「立ち、向かう……?」

「できるの……?」

「できるさ」


 エルタイルは子供達に近づき、その頭をそっと撫でた。

 何も特別なことはしなくていい。いや、特別なことなんて一体誰ができる。誰にでもできる簡単なことでいいのだ。

 呟く言葉は、自分自身を説得するかのように。


「だから前を向くんだ。いつまでも俯いてたら、差し伸べられた手にも気付けないぞ」

「差し伸べられた……手……?」

「あいつがその手だ。まだオレ達を見捨ててないやつがいるんだよ」


 平面に映し出された照を見やる。ルカとエリシェバも、エルタイルを追うように照を見る。その後、エルタイルを見上げて問いかけた。


「できることって、何……?」


 その答えは単純だった。

 今の彼らにできることは、一つしかない。


「あいつを、テラスを信じるんだ」

「……何だそりゃ。結局他人任せかよ」


 どこからか失笑混じりの声が聞こえる。男の声だ。

 エルタイルは毅然として言い返す。


「違う。神頼みだ」

「神……?」


 少しの間を置いて、鼻で笑う声がした。


「ハ、なおさら可笑しいな。みんなで神頼みか。ばかばかしい」


 可笑しいのも分かる。エルタイルでさえ、ほんの少し前なら同じことを思っただろう。

 ……だが。


 再び静かになった訓練場に、小さな声が水滴の落ちる音のように広がる。


「――――がんばれ……」


 その言葉を発したのはルカ。宙に浮かぶ平面に映るテラスを見て、震える声で呟いた。


「がんばれ、神様……」

「がんばって……」


 ルカに続いてエリシェバも。

 最初に二人の子供が立てた波紋は、水面の中で跳ね返っては新たな波紋を生み出し、大きなうねりになっていく。

 波紋はまず子供達に伝播し、その親を伝い、少しずつ大人達の心にも響いていった。


「そうだ、がんばれ……」

「負けないで……」

「悪魔をやっつけて!」

「助けて!」

「お願い……」

「勝ってくれ!」

「神様……!」


 無垢なる祈りが成長する様を見ながら、エルタイルは一つ息を吐く。

 結局、自分にはこんなことしかできない。あまりにも無力だ。


 ……だけど。

 たとえ「余計なこと」だったとしても。

 それでも、あんたが本当に神様なら。

 オレたちの"救世主"なら……!


「勝て、テラス――――ッ!」


 

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