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彼方の星のミソロギア  作者: このは
5th:物質主義! 虚界の悪魔マテリア
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21:未知との遭遇(2/6)~射影と実像

 地面すれすれを、天宮(あめみや)(てらす)は三対の鏡の翅を背負った日輪に沿って滑らせながら飛ぶ。周りの景色の輪郭が曖昧になるくらいに速く、風を切って。

 照とエルタイルは、町を横切ってある場所へ向かっていた。

 それは戦場。神官達と悪魔が対峙する場所。


「見えたッ……あそこ!」

「っておい、城壁がっ……!」


 戦場を視界に捉えた矢先、鳴り響く轟音と飛んでくる瓦礫と土煙。神官達の悲鳴までもが空気を震わせて伝わってくる。

 頬を撫でる風の冷たさを意にも介さず、照はエルタイルに呼びかける。


「エルくん、コーデックスは?」

「組み替え済み、いつでもいける!」

「優秀!」


 まるで爆弾の爆発のような衝撃音が鳴ると共に、一瞬、照は全身に痺れのような感覚を感じた。神威で推定悪魔の攻撃を防いだ反動だった。

 背中の日輪がいっそう強い光を放つと、照は背中に強い圧力がかかるのを感じて、さらに加速する。飛んでくる瓦礫を避けながら城壁に迫り、上空へと舞い上がる。

 そして、エルタイルの名を呼ぶ。

 この声を合図に、魔導術起動の言葉が唱えられた。


座標指定(ポインタ・セット)起動(ローンチ)、《ジェネレート・エアドーム》!」


 エルタイルの上半身一杯に刻まれたコーデックスが黄白色に光り、地面に幾つもの巨大な半球状の膜を形成した。宙を待っていた神官達はその膜に沈み込み、ゆっくりと浮かんできた。

 神官達の無事を確認すると、照は一つ息を吐く。


「助けに来たよ。後は任せて!」


 神官達に向かってそう言うと、照は鏡の翅を滑らせ、ゆっくりと地に降り立つ。それからエルタイルを見て微笑んだ。


「ありがとう。君がいたから助けられた」

「っ……んなことより!」

「分かってる。君は街の人達の避難を手伝って!」


 半球状の膜が萎み、消失する。神官達もまだ動けるようで、自ら立ち上がり、駆け寄ってくる。

 照は上空を睨め付ける。土煙の間に僅かに見える悪魔の影に、追撃の様子はまだ無い。


「異郷の神……我々も共に戦う……!」

「どうかお力添えを!」


 などと口々に神官達。

 正直に言ったほうが良いだろうか、照は小考する。いや、分析済みの事実をなぜ隠さなければいけないのか、照にはわからない。

 言い方に気をつけてる余裕はないので、すっぱり言ってしまうことにする。


「ありがとう。でも、正直君たちが戦えるとは思えない」

「っ……それは……」

「神官さん達はエルくんと一緒に街の人達を学術院に避難させて。それから全兵力を学術院の守護に充てること。それで少しは耐えられるはず!」


 その方策は、照が思い切り戦えるための環境づくりのようなものだ。神官達が一緒に戦うにしても、足手まといにしかならないだろう。

 神官達もそれを分かっているのか、照の物言いに反発はしなかった。

 次々に神官達は身を翻していく。


「了解した……!」


 方々へと走り去っていく背中を視界の隅で捉えながら、照は日輪の輝きを強くし、翅を上に広げ飛び立った。


「テラス!」


 エルタイルが何かを投げた。

 左手で掴んだそれは、黄白色に光る線の入った石版。この世界の人が幽端末(ターミナル)と呼ぶモノだった。


「何かあったら連絡しろ! 使い方は触ってりゃ分かる!」

「……り!」

「いや意味わからんが……あのヒョロガリ女、絶対倒せよ!」

「言われなくても!」


 幽端末(ターミナル)を懐にしまい、建物から建物へひた走るエルタイルを眼下に収めながら、照はさらに高度を上げる。目指すはギーメルを襲いに来た"黒点の悪魔"。

 未だ晴れない土煙を突き抜け、悪魔を見据える――――


「……ッな、んだ、こいつ……!?」


 一瞬だけだったが、照は隙を見せてしまった。その隙を悪魔が見逃すかといえば、そうではない。

 何かが照の足に巻き付いて、反応する間もなく照を城壁へと投げ飛ばす。

 身を切る風。再び土煙を突き抜ける。

 このままでは城壁に激突する……!


「ッ……くっそ、気を取られたッ……」


 身を捩り、日輪を輝かせて鏡の翅に力を与える。

 体勢を立て直して宙に留まると、土煙の中に空いたトンネルの、更に右側をめがけて右手を突き出す。

 五指に小さな炎が灯る。狙いは定めた。なら!


「我が灯火を受けよ!」


 赤く細い閃光が五つ、照の右手から螺旋を描き飛ぶ。それは土煙へと飛び込み、乱気流を発生させながら悪魔に向かう!

 ――――そう、そのまま行けば悪魔を穿つはずだった。

 だけど、手応えがない。「攻撃を当てた」という実感がまるで沸かない。


「……効いてない……?」


 推理する前に、土煙の中を進んで何かが照に向かう。

 灰がかった茶色をかき分けて、先端の鋭利な黒いタコの足のような物体が風を切って殺到する。

 左へ、右へ。今度は下へ。そして右上斜め後ろへ。四方八方から寄せ狂う攻撃を避けながら照は思案する。照の神威が効かなかったその訳を。

 考えられるのは単に避けたか、何らかの手段で防御したか、あるいはかき消したかだ。

 答えを得るために、照がやるべきことは決まっている。


神衣(かむい)天照(あまてらす)巫ノ装(かんなぎのよそおい)!」


 炎に包まれた照に、鋭い触手が視界を埋めるように迫る。光の向こうから襲い来る容赦のない乱打。


「ったああああああああッ!!」


 光輪が生み出す残光が道を描く。照が悪魔めがけて突進する、稲妻のような軌跡を。

 リーチの長い敵は大抵、間合いの内側に入り込まれると対応が遅れるものだ。だから、前進あるのみ!

 飛来する触手を掻い潜りながら、光の軌跡は薄れてきた土煙をかき分け空へ向かう。

 そして今再び、照の目は悪魔を捉えた。


「ッ……やっぱSAN値に悪い見た目だね、君……!」


 日輪の光が強まり、炎が吹き出す。その熱の塊が巻き起こす風に、衣と髪がはためき音を鳴らす。

 至近距離なら触手の攻撃もしにくいし、避けられもしないはず!


「祀ろわぬ者よ――――我が輝きを受けよ!」


 日輪より放たれる炎が一点に収束し、悪魔へ向かう!

 強い光と熱が四方八方へと撒き散らされる。衝撃とともに炎が乱雑な曲線を描いて飛び散る。

 ……不意に、光の向こうで悪魔の持つ幾つもの目が青白く光った。


「――――ナルホド。貴様ガ境界(マージナル)ヨリ来タリシ神性カ」


 細く光る眼光が照を射抜き、その"音"が発せられた瞬間、照は全身に怖気が走る感覚を覚えた。

 何故か、悪魔が「笑った」気がした。


「な、……言葉……いや、"意思"……ッ!?」


 ヘドロの中を高速回転するプロペラがかき乱すかのような音、駆動する大型機械が発する重低音、巨大生物の断末魔、そのどれとも違う、あるいはその全てが合わさったかのようなひどく醜い不協和音……否、照にはそれを形容する術がない。

 もはや聞き取ることすら困難なはずなのに、なぜか"意味"だけが伝わってきた。

 そう――――こいつには"知性"がある。


境界(マージナル)ノ神性。コノ世界(ファルステラ)ニナド関ワラネバ死ナズニ済ンダモノヲ」


 照の炎をかき消しながら、触手の束が突進する。

 完全に押し負けた。このままでは照は触手に貫かれて全身穴だらけのレンコンだ。


 ――――間に合うか?

 いや、間に合え。間に合って……ッ!


「セメテモノ情ケ。妾ガ名、持ッテイケ。妾ハマテリア。"虚列ノ十"虚界悪魔(ディアボロス)マテリア」

「ッ……!」


 ――――ギーメルの町に、流星が一つ降った。


「我ガ射影デハナク真ナル姿ヲ捉エタコト、褒メテヤル。ダガココマデダ」


 …………落ち行く照がその速度の中で最後に見たのは、悪魔の姿。


 それは虚界悪魔(ディアボロス)、名をマテリア。

 頭。顔。胸。肩。腕。手。背中。脇腹。足……。

 ありとあらゆる場所の筋肉が発達して触手化した……と言うよりは、触手が人の形を為したもの、と言ったほうが適当だろう。

 触手の集合。身の毛もよだつ魔物。体中に備わる目が忙しなく動く。


 この"悪魔"と呼ばれた生物は、"悪魔"と言うよりは"怪物"や"神話生物"……そういったカテゴリに入りそうな、そんな見た目の化物のように、照には見えたのだった。


 

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