表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼方の星のミソロギア  作者: このは
5th:物質主義! 虚界の悪魔マテリア
20/114

20:未知との遭遇(1/6)~邪悪の女は空にて嗤う

 学都ギーメルを見下ろす"眼"があった。

 人類最後の砦・ヘレニク王国。その中心的都市である学都ギーメル。王都ヘールと併せて、今も存続する人類の文明圏はこの二つと言っても過言ではない。

 そう、たった二つだ。

 大雑把な見方ではあるが……その片方を落としてしまえば、その総力は半減する。故に守らねばならない虚飾の城。それが今の学都ギーメルだった。

 最初に"それ"の存在に気付いたのは、見張りの交代のために仮眠を取っていた神官数名だった。

 連日連夜の激務でパフォーマンスの落ちた脳は、"それ"を最初は看過した。

 寝ぼけ眼をこすりながら、欠伸をしながら愚痴をこぼす彼らは始め、空の「異物」に気付かない。

 だがやがて思考が晴れてくるにつれ、その"異物"を異物として認識するにつれ、彼らの表情は引きつっていく。


「お、おい……あれ……!」

「っな……何だあれは……?」

「宙に浮いている……、ばかな、何の魔力も見えないぞ……!」

「ヒッ……ヒヒッ……ヒハハハハ……」


 相対する彼らが見たのは絶望か、驚愕か。それとも狂気か。

 いずれにせよ、最初に相対した神官兵がどうなったのか。その顛末は、もはや語るまでもない。

 ――――惨殺である。


「第四班、状況を報告しろ。空のあれは何だ!?」

「ぁ、あぁ……見える……」


 耳に取り付けた交信機(コミュニケータ)からの通信など、既にその神官兵には聞こえてなどいない。

 ただうわ言を発す神官兵に、交信機(コミュニケータ)からの声は繰り返し呼びかける。

 だが、神官兵は目を見開いてこう呟くのみだった。


「あ……悪魔――――――

「悪魔……悪魔だと……ッ!?」


 ……その時、ちょうど集合住宅の窓から城壁を見上げていた少年がいた。

 ぼんやりと曇り空を見上げるその少年には、空に佇む「異物」に気づく素振りなど微塵もなく、城壁の上の神官兵が奇妙な様子を見せているのを訝しんでいた。

 少年にしてみれば、「あの神官さん達は何をしているのだろう」などと見ていただけかもしれない。

 だが、だからこそ、少年はその瞬間を見てしまった。

 城壁には神官団が灯した明かりがあった。だから、その光景は少年にとっては逆光に晒され、シルエットのみが映し出された結果となる。


 ――――穿つ。穿つ。穿つ。

 体中の肉という肉を貫き穿つ。抉り穿つ。刺し穿つ。血飛沫が上がる。

 穿たれた穴から黒い幾何学的な破片が立ち上る。そこに何かがあるかのように。それは何か……蔓のような、そんな"うねり"を持ったもの。

 敢えて急所を外されたようで、神官兵達は未だ息があった。

 だがそれが救いになるとは限らない。


「うぅ……ア、AHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!」


 絶叫。叫喚。咆哮。金切り声。恐怖に咽び泣く、音。音。音。

 それはもはや「音」でしかなかった。意味など無い音。

 彼ら神官兵の眼に何が写っているのか、少年には理解する術もない。


「えっ……な、何……?」


 力尽きて崩れ落ちる彼ら神官兵。地に落ちた交信機(コミュニケータ)から、困惑する神官の声が漏れ出ている。

 黒い幾何学的な破片は、朧気ながらに"そのもの"の居場所を示していた。少年がそれに気付き辿れば、その目に飛び込んでくるのは…………


「お……女の、人――――?」


 "それ"は女の形を取っていた。

 黒い紋様が身体に刻まれた、宙に佇む裸の女。顔のない女。手のない女。足のない女。黒い幾何学的な破片を纏った女。

 少なくとも、少年にはそう見えていた。

 しかし、この不気味な雰囲気はなんだろう。見ているだけで嫌悪感を催すような、消し去りたくなるような、そんな深淵を覗き込んでいるかのような感覚は。

 それは言うなれば……邪悪。

 きっとあれは"邪悪の女"だ――――


「な、っ……あれは何だ……?」

「悪魔……悪魔か!?」

「おい、アンリ、リース、エルハルト、ダフィット!」

「無駄だ、とっくに死んでるよ!」


 異変に気づいた神官達が続々と現場に集まってくる。そのほとんどは武装を携えて、既に悪魔と交戦する用意があるようであった。

 神官兵の一人が、交信機(コミュニケータ)に手を当てて声を張り上げる。


「砲手、敵性体を確認した! いけるか!?」

「ムリに決まってんだろ、仰角いくらだと思ってんだ!」

「対空砲は!? 《メテオショット》対策くらいしてるだろ!?」


 交信機(コミュニケータ)から返ってきた言葉に神官兵はがなり立てる。

 《メテオショット》……高位の魔導術ではあるが、アストラル体によって構成された隕石を落とす、強力な対地攻撃である。遭遇率は低くても、飛行生物と併せて対策しておくべきもの、なのだが――――


「無いわよそんなの!」

星幽障壁(アストラルバリア)発生装置(・ジェネレータ)で防げるから付けなかったんだとよ! バカみたいな話だろ?」


 本当にバカみたいな話だ。バリアが破られたらどうするつもりだったのか。その理屈も理解しがたいが、魔導が通じない相手を考慮に入れていない辺りもまたずさんだ。

 神官兵は悪態をつく。


「くそったれ……!」

「言ってる暇があったら《神判の矢(ディーン・ヘッツ)》でも撃ち込んだら? 空にいるヤツにはそれしかないでしょ!?」

「やってる! だが……ッ!」


 神官兵達が宙にかざした手から光の矢が"それ"めがけて放たれる。《神判の矢(ディーン・ヘッツ)》、神官が神の加護を受けて放つ神の矢。倒せずとも、悪魔に傷をつけることくらいはできるだろう。

 だが、それは「当てられれば」の話だ。

 神官達の放った光の矢は"それ"には届かない。何かに阻まれ、虚空へと溶けるのみ。

 さらに撃つ。消える。

 さらに撃つ。消える。

 《洗礼(セラフ)》を受けた矢も、石も、全て。

 闇に飲まれて塵になる。


「クソ、届きすらしない。何なんだあれは。加護さえ通じないとでもいうのか……!?」

「目標が動いた! 来るぞッ! 《守護光陣(ゾーハル・キール)》展開急げッ!」


 "それ"が動き出す。だが、攻撃を繰り出すかと思えばそれは違う。

 ただ、"それ"は音を発した。


「っ――――え、喋っ――――


 ……城壁の各所で光の壁が現れるのと、"それ"が次の行動に移るのは同時だった。

 そう。間に合いはしたのだ。

 だが。


 ――――爆音と衝撃。巻き上がる土煙。光の壁は熱せられたバターのように溶け、城壁はいとも容易く崩れ去り、光の残滓と共に何人もの神官兵が宙に投げ出される。

 空中を踊る幾人もの神官兵。事態を理解することも叶わず地面が迫り、叫喚の嵐が巻き起こる。


「あ――――――


 悪魔は地に落ちるのを待たず、"何か"を神官兵達に差し向けた。

 空気が弾け飛び、強風が吹き荒れる。

 そして"何か"は神官兵達を穿つ……かに思えた。


「祓い給え、清め給え!」


 一般街の方向から声がしたと思えば、神官兵達の周りに光の膜が現れる。その膜に触れた"何か"は炎を吹き出してのたうち回る。そして城壁の残骸に再び衝撃が奔り、瓦礫が舞う。


「エルくん!」

座標指定(ポインタ・セット)起動(ローンチ)、《ジェネレート・エアドーム》!」


 突如現れた巨大な半球に神官兵達は沈む。不思議と怪我はなく、痛みもなかった。

 やがて彼らは、ほんの少し上方に光を放つ熱源の存在を悟る。

 あれは――――


「……異郷の神、か……?」

「女神……あれが……」


 三対の透き通る光の翅を広げ光輪を背負う、異郷の服を纏いし女神……と、その足元にしがみつく赤い首巻きの少年。

 女神は身を翻し、神官兵達を見やって、誓言を下した。


「助けに来たよ。後は任せて!」



モブに厳しい

ようやく悪魔戦に入ります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ