2:きっと、それはよくある話
泥の中のまどろみから這い上がった天宮照の意識が捉えたのは、星空の浮かぶ幻想的な部屋だった。
辺り一面、360°に広がる星たち。まるでプラネタリウムを見ているような、そんな感覚だ。
「……………………は?」
突然のことに何が起きたのかきっぱりさっぱり分からず、やっと出てきたのはその一文字だけ。
気付けば照はよくわからない空間、誰が用意したかもわからないレンタルもののパイプ椅子に座らされていた。いかにも「急いで作りました」感が溢れるセットである。……いや、それ自体はどうでもいいことなのだが。
「いやいやいや落ち着け……状況を分析しろ、私……」
照には何がどうなっているのかもわからない。ただ、どこかで視界が閉ざされたのは覚えている。
声に出したほうが整理しやすいだろうと、照は声に出して言ってみることにした。
「天宮照、八月十五日生まれ、趣味はゲーム、好きな食べ物はいなり寿司、嫌いな食べ物はネギとタマネギ、職業は……たぶん巫女、弟が二人……」
そこから確認する必要はなかったかもしれないとは思ったが、そこはそれ、自分の認識能力が正常であることを確認するのは必要なことだ、と照は自らを納得させた。
「確か……お昼にしようと社務所の廊下を歩いてたら何か大きいものが降ってくるような音が聞こえて、それから――――
頭痛がしてきて、頭を抑える。そして思う。
ああ、つまりこれは……
「……いや、マジか……? そんな雑なコトある……?」
そう決めるのは早計かもしれない。というよりも、そういったモノに触れすぎてこんな思考になるのかもしれない。
つまり、自分は何らかの要因で死んで、今ここにいるのは音に聞く「転生部屋」なのではないだろうか、ということだ。
そんなことを考えつつ、照はさすがにそれはと思った。そもそも照は(世間体としてではあるが)神に仕える身なのだから、行くとしても黄泉の国ではないのか。……死後の世界というものが人間の想像する通りのものであればの話だが。
どんな筋書きにせよ、この顛末はかなり雑と言う他ない。実際照もそう思った。
しかし今のこの状況をどう説明するのか困るのも確かではある……
「おや、ずいぶんと早いお目覚めだね。今度の魂は『活き』が良いな。とれたてピチピチじゃん?」
「そんな魚みたいな……それに表現が古いですよ」
言葉とともに二つの光が現れて、それらは人型の鎧に姿を変えた。
ひとつは枝分かれした翼を持つ鎧の姿、もうひとつは少年のような鎧の姿に。その構成するモノは無機物なはずなのに、どちらとも妙に有機的な印象を受ける。
少年のような鎧は照を覗き込むように体勢を低くし、周りをくるくると回り始めた。
照は少しばかりの鬱陶しさを感じて、目一杯嫌な顔を作ってみせた。すると少年のような鎧はけたけたと笑い出す。
「へははははははっ! 何なのその顔、クッソ笑えるんですけど!」
この反応に照は……殴ってやろうかと思った。が、そこは抑えた。
ともかくこの状況を説明してもらわなければなるまい。そう思ったからだ。
「ソフィア様、転世者候補をあまり苛立たせるものではありませんよ」
「いや、悪い悪い。でもさクラウン、コイツの顔面白かったでしょ?」
「ソフィア様……」
翼の鎧は少年のような鎧の態度を諌める。どうやら、少年のような鎧はソフィア、翼の鎧はクラウンという名らしい……が、照にとってはどうでもいい。
どうでもいいので刹那で忘れた。
「……で、一体これはどういうコト?」
こうでもしないと少年のような鎧はいつまでも顔の話題を引っ張りそうだったので、照は自ら話を切り出した。
少年のような鎧は不機嫌そうな仕草をした一方、翼の鎧はお辞儀をして応えた。
「申し遅れました。私は"レーヴ十神"が一柱、クラウンと申すものです。こちらの方はソフィア」
「ねえ、勝手に仕事モード入んないでよ。……ッたく、ソフィアだよ」
「名前とかどうでもいいよ。まず状況を教えてよ。私どうなったの? 死んだとか? あんたらの手違いで? 異世界に転生するとか? チート能力もらえるとか? 改造人間になるとか? 光の巨人になるとか? あ、魔女的な武器だったらいらないからね」
本当なら順を追って訊くべきだろうが、苛立っていたので困らせようと照は思った。
そう、順番に訊かないとGMが困るのである。場合によってはキレることもあるのだ。
「そうですね、では順を追って説明しましょう」
照のそんな様子をひらりと躱すように、翼の鎧は礼儀正しくお辞儀をして――――自らの身体中の眼という眼を開いた。
……眼。鎧に、眼だ。それも鎧と同じく、無機的で有機的な眼。
「うゎッ……!?」
蓮コラのような気持ち悪い姿に引いた照は、素っ頓狂な声を上げパイプ椅子から転げ落ちた。
その様子を嗤う少年のような鎧。
「へははははは! こいつ驚いてやんの! はははははははは!」
……コイツ焼き払ってやろうかと思った矢先、宙に何らかの映像が映写されているのが見えた。
「……その目玉、投影機なんだ……」
「私達の世界では幽映器と呼びます」
「大した違いねえだろ何カッコつけてんだよ」
宙に浮かぶスクリーンに映っていたのは、あくびをしながら社務所の廊下を歩く照の姿だった。こう言っては何だが、物凄く情けない。
「……これは、私?」
「テラス様、あなたの死の瞬間です」
「あー……もしかしてとは思ってたけど、やっぱり死んだのね私」
「ええ。4tトラックの墜落で」
「は?」
照は耳を疑った。
4tトラック。結構長い階段の上にある神社の社務所に4tトラック。しかも墜落。
景観などの問題で高架など近くにないし、そもそも天道神社の土地は高速道路が通るような場所に無い。突っ込んだのならまだ分かる。だが神社の敷地内に中型トラックが入るのは少しばかり厳しいはずだ。
それを4tトラックとは。
……他にもツッコミどころはあるが。
「いや雑すぎない? せめて竜巻に飛ばされて異世界にとかさ。ほら、そういうのさ、あるでしょ?」
「いや何が違うのかさっぱり分からない」
「残念ですが4tトラックです」
「あくまでトラック推すんだな!」
「事実ですので」
「……っそれより弟は!?」
「オトート君の方は怪我はあるが無事だとよ」
「私の"眼"の記録によれば、トラックは墜落の衝撃で爆発、家屋は全壊しましたが、弟さんはどうにか逃げおおせたようです」
「……そっか」
安堵し、胸を撫で下ろす。それを「面白くない」とでも言いたげに見るのは少年のような鎧。彼は素朴な机にその足を乗せ、これまた素朴な椅子に乱暴に座っている。
「……つまんないな、この偽善者め。キミ自身は死んでるんだよ?」
「みたいだけど、その私に何か用?」
少年のような鎧は見るからに不機嫌そうだが、それを隠そうともしていなかった。思わず照もつっけんどんな対応をする。
とにかく「死んだ」というところまではわかった。問題はその先だ。
「ハァァ……めんどくさいな。一回しか言わないからよく聞けよ」
少年のような鎧は嘆息し、気だるそうに言った。
……その、耳を疑いたくなるような言葉を。
「君、オレらの世界の"救世主"になりな」
「…………はい?」
理解不能な情報だった。