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彼方の星のミソロギア  作者: このは
5th:物質主義! 虚界の悪魔マテリア
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18:揺らぐ信仰

「クライブ監督官、そろそろ講義のお時間です」

「……分かっている。すぐ向かう」


 幽端末(ターミナル)から届けられる音声にため息をつき、学都ギーメル神団支部を取りまとめる監督官・クライブは椅子から重い腰を上げる。そろそろ休憩は終わりだ。

 時計を見て、空模様を見る。まだ昼だと言うのに、相変わらずの乱れ模様。黒い雨が振りしきり、雲に遮られた空。その中ではこの執務室の装飾さえも不気味に見える。

 何も晴れぬ気分にあてられ、クライブは二度目のため息をつく。


「大分お疲れのようですね。学術院での講義はキャンセルしたほうがよろしいのでは?」

「――――否。心配は無用だ、ローズ補佐官。"抗議"には行かねばならん」

「ですよね」


 失笑混じりに若きローズ補佐官は答える。

 クライブは気が立っていた。疲れているのか、諌める気力も出てこない。

 理由はいくつかある。その一つは学術院の教授たちの姿勢だ。


「全く、彼らはどこまで他人事でいるつもりなのでしょうね」

「知らぬ。大方人類が滅びるまで日和見気分なのだろう」

「はあ……現状戦えるのは我々神官しかいないというのに……」

「奴らにはそれこそ許せぬことだろう。自らの誇りたる魔導が通じぬというのはな」


 この学都ギーメルの護りは、現状のところクライブ率いるパトス派神団がそのほぼ全てを担っている。黒紋獣(スティグマ)に対して有効な打撃を加えられるのが神の加護を持つ神官戦士しかいないためだ。

 故に、学術院の学士達は神官戦士団のために兵站を整えるべきであり、それを優先して動くべきであるとクライブはこれまでも主張してきた。

 だが彼らは頑として黒紋獣(スティグマ)の研究が先だと言い張るのだ。その主張は現状では虚しく響くだけであるのにも関わらず。


「いい加減無駄な研究をやめて軍備を拡張せよというのに。《洗礼(セラフ)》を受けた砲弾ならいくらかは有効だと何度……」


 《洗礼(セラフ)》。神官の霊力……即ちメンタル体を物質に込める初歩的な加護だ。通常触れることのできない黒紋獣(スティグマ)は、メンタル体やコーザル体を介すことで干渉が可能になる。

 これを武器や砲弾に使えば奴らに対して有効な攻撃手段となる……のだが、神団の再三の要求を無視しているのが現状である。


「あっちへこっちへ意識を割きすぎてて、結局何もできてないんですよ。聞きましたよ~最近の講義の出席率。何でも半数割ったとか」

「寮の治安も悪化していると聞く」

「うわ、そこまでは知りませんでした……それ学士様方はどうしてるんです?」

「知らん。どうせキリキリ舞いだろう」


 飲みかけの紅茶を一気に流し込み、クライブは思案する。

 学生達は正直だ。

 絶望し自室に引きこもる者。吹っ切れたように遊び呆ける者。その反応は様々だが、皆現状を認識し、そして悟ったのだ。

 近い内に世界は滅ぶ。だのに何故勉強などしなければならないのか。

 しかしそんな学生達の心理など、魔導士達は気付かないだろう。……いや、見て見ぬふりをしているのだ。

 余裕が無いのは分からぬではないが。


黒紋獣(スティグマ)の解明など生き残ってからすれば良いものを」


 確かに黒紋獣(スティグマ)の解明それ自体は重要だが、現状において有効な手段を無下にしてまですることではない。兵站こそ最重要ではないか。

 そのことは何度も進言したのだが、その上で現状はこれだ。


「まともに鹵獲できた試しがありませんしねぇ。あぁそういえば"光の輪のギデオン"、無事討伐成功したそうじゃないですか。いやぁ良かったよかった」


 突然変わった話題に、クライブはしかめ面をする。

 ギデオン――――神官団が苦戦していた相手だ。

 巨躯の割に素早く動き、二対の円盤状の刃……"光輪"を撃ち出す巨大カマキリ(メガロマンティス)。奴に一体何人もの神官兵が殺されたことか。

 そのギデオンは、かの存在にいともたやすく葬られたと聞く。同行した少年が映像記録を持ち帰ったらしい。少年は無許可で外出したようだ(と言っても許可など下りないだろう)が、口頭による注意のみで手打ちとなったらしい。


「討伐したのがあのような"異郷の神"でなければなお良かったのだがな」

「まあ倒してくれる分にはありがたいじゃないですか」

「それは、わかっている……」


 書物や書類をバッグに詰め込む手が止まる。

 テラス……あの女子のような姿の異郷の神こそがクライブの苛立ちの原因、その二つめであった。

 異郷の神。そんなものに頼らねばならぬ我等が世界の不甲斐なさと言ったら。

 それが故に認めたくはなかった。「自らの世界も守れぬほど、己は無力なのだ」と突き付けられるかのようで。


 ……いや、実際にそうだ。我々はもう「敗北した」のだ。あの悪魔達に。

 事実だからこそ、認めたくはなかった。

 それでもまだ我等が神は現れず、代わりに降臨したのは何の皮肉か異郷の神。怪物じみた力持つ女神の魂。

 この事実が指し示すのは、それこそ認めたくない一つの示唆。


 天井を仰ぎ、山の尾根さえ超えて、遠く、遥か高く。

 見据えて彼は、嘆きの声を上げる。


「我が神パトスよ。至高の十神、その一柱、『慈悲』の権能持つ正義の神よ。我等は見捨てられたということなのか――――?」


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