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彼方の星のミソロギア  作者: このは
4th:洗礼! 赤首巻きの少年
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17:カマキリたちの夜

「おいでなすったね、カマキリさん……!」


 何が起きたかを把握するその時には、エルタイルは暗雲に覆われた一面の空を見ながら黒い雨に打たれていた。

 起き上がれば、すぐ傍に置いていたカンテラが手元に無いことがわかった。カンテラはエルタイルのおよそ五歩先に転がっている。

 そのすぐ横に伸びる、巨人の爪痕のような溝と共に。


「なっ……んだ、これ……!」

「何してる、立て!」


 天宮(あめみや)(てらす)が呆けていたエルタイルに向かって叫ぶ。先程までの中性的な雰囲気とは打って変わった様子だった。


 ……エルタイルは忘れていた。ここは本来人の住み処ではない。ただでさえ獣達の領域なのに、その獣達は人を襲う黒紋獣(スティグマ)と化している。安全である道理など無いのだ。

 危機に瀕して、エルタイルの脳がまるで回転数を上げるように、キリキリと痛み出す。外界から飛び込んでくるあらゆる情報を整理して、生存の可能性を演算しているのだ。

 そして、エルタイルの両目はその黒紋獣(スティグマ)達を捉えた。

 彼らの紋様から吹き出す黒い霧は、その存在の不確かさを表しているかのようだった。


「ッ……メガロマンティス……」


 闇の中に浮かぶ巨大な影。大人が三人ほど縦に並んだくらいの高さか。

 ギラギラと光る紅く細い双眸の数々。鈍く光る刃たち。正に巨大なカマキリ(メガロマンティス)、そう言うことができる風貌。

 その中で一体だけ、異様なほど巨大な円盤状の刃を前肢に持つ個体があった。そして今まさに、中肢にもう一対の円刃が生えてきたところだった。


「あれが"光の輪のギデオン"……?」


 推定"ギデオン"は後肢だけで立ち、天を仰ぎ見た。

 かと思えば甲高い咆哮を上げる。虫の鳴き声のような比喩ではない、本物の声を。


「CYURRRRRRRRRRRYYYYYYYYYY!!」


 耳を突き刺す金切り声に、一瞬だがエルタイルは気を取られた。

 その隙に推定"ギデオン"は標的を定め、既に動いていた。

 標的は――――エルタイル。


「CYUAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 二度目の咆哮と共に、前肢の刃が振り下ろされる。すると、二枚の円刃がギデオンの腕を離れ、丸みを帯びた軌道を描いてエルタイルに向かう。

 ――――恐らくこれが"光の輪"の所以。なるほど闇の中でも分かる。光輪にも似た輝きがギデオンから発せられるのだ。

 その射線上には他のメガロマンティス達もいたが、そんなことお構いなしと言わんばかりにその身体を切り裂き、その体液を撒き散らしながら衰えぬ勢いで円刃は走る。

 このままでは確実に刃はエルタイルを切り裂く……!


「エルくん、そのまま――――

「コーデックス実行! 《バウンス》……起動(ローンチ)!」

「あっ、ちょっと!」


 少し離れた場所でメガロマンティスと交戦中の照が声を上げるが、余裕のないエルタイルには聞こえない。

 起動の呪文を唱えると、足に刻まれた魔導構文(コーデックス)が光り出し、その直後エルタイルは上空へと飛び上がった。

 コーデックスを刻んだ対象物に強烈な弾性を与える魔導術、《バウンス》。自身に使えばこのように、回避術として使用できる。

 間一髪といったところで、光輪はエルタイルの足をかすめた。


「っぶな……、でも逃げるだけなら……!」

「あ~もう油断しない! 後ろ!」


 今度は聞こえた。照の声に反応して後ろを見ると、メガロマンティスの鎌がすぐそこまで来ていた。そうだ、敵は"ギデオン"だけでは無いのだ。

 とっさにエルタイルは両腕を突き出す。


起動(ローンチ)、《ブラスト》!」


 両腕から突風が吹き出し、その反動でエルタイルは風向きとは逆方向へと吹っ飛ぶ。

 凶刃を避け、地面を転げ回り、起き上がった先にも鎌、鎌、鎌。匂いにつられてやってきたメガロマンティスは相当な数だったらしい。

 そして、金属音が近づいてくる。体液が吹き上がりながら、光の輪が迫る。

 再びの《バウンス》。今度は横へ。そして手前へ。黒紋獣(スティグマ)に対して有効な手段を持たないのだから、逃げ回るしかない。


 すぐ近くで吹き上がる灼炎など気にしてもいられない。照の戦いぶりはまさに無双とも言えるものだったが、エルタイルには見とれている余裕など無いのだ。

 一瞬でも気を抜けば、そこに待つのは"死"。そういう世界にいるのだと、今更ながら実感する。

 そして意外にも早く、その瞬間は訪れた。


「ッ……!」


 つまづいた。

 たったそれだけだったが、それだけが命取りだった。

 メガロマンティスの鎌が振り下ろされる。


(殺される――――ッ!)


 だが、その未来は実現せず、刃は弾かれ、空を切り踊る。

 間髪入れずに照の声が響く。


「クリエイションスモーク展開、コンディションセット-NULL! んでもって我が灯火を受けよ!」


 突然、紫色の煙が立ち込めて、それは急激に赤く変色した。かと思えばその煙から火花が飛び散り、やがて大きな稲妻と化す。


「喰らえ身を刺す太陽の棘! アイテムクリエイションッ!」


 声と共に、無数の赤い棘が煙から飛び出し、メガロマンティス達を突き刺す。

 血の雨が降るその光景はまるで、罪人たちへの粛清がごとく。

 だがそれでもまだメガロマンティス達は残っている。ギデオンも健在だった。


「な……なんだ今の……」


 腰を抜かしたまま、エルタイルは呟いた。


「フフン、こういう使い方もある!ってね。ザコ狩りで研究しててよかったぁ……」


 気付けば辺り一面が燃えている。呆気にとられていたエルタイルの目の前に――少しだけ見分けがつかなかったが――照が背を向けて立っていた。

 さっきとは服装がまるで違う。神聖さらしきものをエルタイルは感じた。言ってることは相変わらずよくわからなかったが。

 照は振り返って、エルタイルを見やる。


「ところで技名どうしよう。やっぱりアレかな、カズィクル・ベイ? ねぇエルくんどう思う?」

「知るかぁ! どうでもいいわ!」

「うん、喋れてるなら元気だね。ったく、守れなくなるから勝手に動かないでよ!」

「ッ……はぁ!?」


 この、なんというか、あまりにも理不尽な調子に、エルタイルは顎を外すくらい目一杯口を開き、叫ぶ。

 確かに照の言葉を聞かずに飛び出したのはエルタイルだが、他に言い方は無かったのだろうか、と彼は考える。

 ……考えて、非があるのは自分のほうだと思った。

 バツの悪そうな顔をしていたのだろうか、照はエルタイルの顔を見てため息を付いた。


「まあいいよ、私も言葉が足りなかった。でももう無しだからね」

「……悪かったよ」

「よし。じゃあサクッと終わらせますか!」


 ――――照の言う通り、そこから先は驚くほど簡単に終わった。

 メガロマンティス達はもとより、巨体に似合わず素早く動くギデオンを、いとも簡単に照は焼き払っていったのだ。


 ……その姿を見て、エルタイルは自分の直感はやはり正しかったのだと感じた。



   ・・・



「結局、オレは足引っ張っただけ、か……」


 このクエスト自体はすぐ終わったしそう難しくもなかったのだが、照にはそれでも捨て置けない問題があった。

 この少年……エルタイルのことだ。

 まあ……この様子だし、本人も自覚はしているだろう。


「ん、まあね。でもそんなの想定内っていうか、当たり前だし。気にしてないよ」

「ッ……ひでえ言い方するなお前。でも、そりゃそうか。ホントの事だ」


 エルタイルはうつむいて、拳を強く握る。

 それだけの動作だが、悔しさが滲み出ていた。


「ホントに何もできなかった。何かできるかもって、心の中で思ってた。けどできたのは逃げ回ることだけだった……」

「そりゃね。でもそんなの分かってて来たんでしょ?」

「…………」

「だったら今更くじけるな。調べるんでしょ、黒紋獣(スティグマ)のこと、悪魔のこと」

「……そう、だったな」


 自嘲気味に笑って、それからエルタイルは顔を上げた。

 その顔は決意に満ちた表情を浮かべていた。


「オレは絶対、悪魔達と戦える方法を見つけてみせる。それまでは役立たずだろうが何だろうが、お前にひっ付いてやるからな!」


 照の顔を見上げ、エルタイルは宣言した。

 未だ僅かなりにも恐怖を孕んだ声ではあったが、何故だろうか、鈍く光る何かを照は感じた。

 諦めない心は、いつだって眩しい。

 だから、照も笑みを返す。


「うん、それでこそ男の子! いいね、君のこと好きだよ私!」

「……オレはお前のそういうとこ気持ち悪くて嫌いだよ」


 相も変わらず黒い雨が降り、黒い幾何学的な破片がそこら中に浮かぶ世界。

 その中でたとえ弱くても、未だ芽吹く希望はあるのだと確かに感じられた、そんな一時だった――――


 

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