15:書を捨て、町を出よ
天宮照は、"光の輪のギデオン"討伐準備のために町に出ていた。
魔導士達の計らいにより、寮の一室を借りることになった。
準備とはいうものの、用意できるものは傷薬と食料、それと飲み物くらいなものだ。、それらは学術院の人達に融通してもらったので、つまるところ収穫は無い。
そもそも……
「店、どこも開いてなかったな。まあそれもそうか。こんなご時世じゃね……」
言い知れぬ寂寥感を覚えて、ため息とともに感情を吐き出す。
町の様子はひどいものだった。
夕方なのに灯らない街灯に、民家にも光は見当たらない。魔導によって得たはずの豊かさはどこへやら、だ。
少し聞き込みして得た情報によると、神官達の施す《洗礼》によって、民家の壁は獣達に対する障壁になるらしい。なるほど誰も彼もが家に籠もるわけである。
人が集まるであろう場所も惨憺たるものだ。
閑散とした大通り。人気の無い広場。修繕が追いついていない建物達。
もう、ほとんど死んだ町。
それがこの学都ギーメルについて、照が抱いた印象だった。
とは言えいつまでも黄昏れてるわけにもいかない。照はそう思い、一人町を出ようと門の前まで来たわけだ。
黒い紋様の獣……黒紋獣は、こんな城壁なんかすり抜けて人を襲いに来る。城壁が何の意味も成さないのはそうなのだが、そもそもその門扉は壊れていた。
……町中もひどかったが、城壁付近はことさらにひどい。
穴だらけの壁、血の跡、放置されっぱなしの瓦礫達。
これまで繰り広げられてきた戦いを想起させる数々だ。
「酷いもんだろ、この町」
城門の暗がりから何者かが現れた。赤い首巻きの少年。その声は、先ほど聞いた覚えがある。
名は……エルタイル、と言ったか。
「学生は外出禁止って聞いたけど?」
「オレは証人だよ。お前がギデオンを倒しても、証言がなくてどうすんだ」
「それは、確かにそうだけど」
ちゃんと許可も取ってきたと言うエルタイル。照は「絶対ウソだ」と思ったが、面倒に思ったのでそこには追求しないでおくことにした。
一人二人くらいなら守れなくもない。ただ、ギデオンとやらの実力の程がわからないのが懸案事項ではあるが。
「いちおう、理由聞いとこうか。なんで?」
「理由、理由ねえ……」
世界のため……なんて殊勝な心持ちではないだろう。ちょっと才能のあるだけの子供が世界など背負えるものではない。エルタイルもそのことは承知のはずだ。
そう、それは言うなれば……退屈しのぎ。
「大人達を見てて思うんだよ。非効率すぎる、って。まだ学生だからって閉じ込めやがって。おれ達も一応は魔道士なのに」
「子供を守るのは大人の役目だよ」
「おまえも子供みてーな見た目だろうがよ……」
予想とは違った答えが帰ってきたが、それはそれとして続きを訊くべきだった。
「ともかく、黒紋獣には剣も魔導も効かないって知ってるだろ。でもそれって本当なのか?」
「何が言いたいの?」
「剣も魔導も効かない。でもそれって結果であって、本質的には違うんじゃないか? そもそもヤツらは何なんだ? 黒紋獣って? 悪魔って? 誰も何も分かっちゃいないんだ」
なるほど、と照は唸る。
言われてみれば確かに……というか、そんなことを考える間もなくここまで追い詰められた、というのが実情だろう。
この世界における主要な戦法が全く通じず、誰も彼もがよく分からぬままに屠られていく。恐怖……としか言いようがない。
その中で唯一"神の力"だけが頼りなのに、倒すべき敵はまるで世界そのものなのだ。
よしんば獣は倒せても、ボスは一体で国を滅ぼす悪魔、それが十体なのだ。
せめて情報がほしい……それ自体は自然な流れに思える。
「だから自分で調べに行く……ってことね」
「そういうコト!」
合点がいった。
要するにこの少年……エルタイルは、人がゲームしている時に色々口出ししたくなるタイプだ。
特に相手が下手くそだと「貸せ、おれがやる」と言わんばかりだ。
まぁそういうのに限って下手くそなんだけど……とか照は思ったが、とりあえず黙っておくことにした。
「それに……お前みたいなやつといれば、少しは楽しいかな、って思ってね」
少しだけいたずらっぽく、エルタイルは笑った。
どう考えてもそっちが本音だったが、照はそれも良いかと思った。……今日にも終わるかもしれない世界で、未だ好奇心を持ち続けるのは、それはそれで尊いことだ。
「なるほどね……わかった。じゃあ一緒に行こう。私は天宮照。よろしくね」
言葉と共に、私は手を差し出した。
少年は握手に応じて、同じく名乗った。
「エルタイルだ。よろしく」
こうして、"ギデオン"討伐クエストに、エルタイルという同行者が加わっ――――
……照は一つ気になった。
「エルくんさ、なんで事情知ってたの?」
「あーそれね」
エルタイルは腰のポーチから、小さな板状の、ゆっくり黄白色に点滅する何かを二つ取り出した。その石版のようなものはもう片方の石版の点滅に同期して光っている。
スマホみたいだなと少しだけ思ったが、照はそのどうでもいいことを頭から締め出す。
「幽端末。離れた場所で会話したり、映像を送ったりできる現代人の必需品。今ここに二つあるってことは……」
つまり、そういう事だ。
「っ……盗聴してたな君!?」
「いや、知る権利はあると思うがね。あと女のフリしてんじゃねーよ」
……確かに。いや、だからってそれはどうなのだろう。
などと照は思うのだが、それよりも。
「女のフリって何さ!」
「フリはフリだろ。どっちだかわかんねーナリしやがって」
――――うん、何はともあれ、いい冒険になりそうだ。
こんな世界だけど、そんな中でも、少しでも楽しい時間になればいいな……と、照は暗雲を見上げながら願った。




