14:ゴエティア第37の霊
「へえ……黒紋獣と戦ってたら、突然何もかもから解放されたような感じがして、そんな快感に酔いしれてたところ、気づけばお空を飛んでた、と」
少しばかり豪華な感触のする部屋。
採光をよく考えられた大きめの窓に、豪華な装飾のあるカーテン。
魔術によるものか、電気もろうそくもないのに部屋をこうこうと照らす照明。
座り心地の良さそうなソファーに、渋い色の高級感漂う木の机がいかにも高位の人間の部屋を演出している。
そんな部屋の高級そうな絨毯の上に、天宮照は後ろ手に縄で縛られて、ぺたんと座り込んでいる。
そう、女の子座りである。どうでもいいことではあるが。
そんな照の前には一人の少年と、疲れた顔をした大人四人。
照が突っ込んでしまったのは、学都ギーメルの学術院、その魔導棟。
つまり彼らは魔術使い……この世界で言うところの"魔導士"なのだろう。その装いは魔導士というイメージではないのだが。
少年は呆れた顔で照を見る。少し生意気な感じが弟に似てかわいいとか、そんなどうでもいいことを照は考える。
「信じられるかそんなデタラメな話!」
「いやほんとほんと。空飛んでるの気持ちよくってね~。もう天国に行くのかと……」
「いや意味わかんねえ! 何一つとしてわかんねえ!」
照は自分の身に起きたできごとをそのまま説明したつもりだったが……目の前の少年と大人達は何が何やらさっぱりな模様。まあ、当然である。
場が変な空気になってきた。怪しまれているのは明らかだった。……さもありなん、と照は自分のことながら思う。
「だよね~……いやね、私もわからないの。なんでこうなったのか、ハァ~サッパリサッパリ」
「ふざけてんのかお前?」
実際のところ説明のしようがなかった。むしろ照自身が説明してほしいくらいだった。
言えることといえば、戦闘時におけるアイテムクリエイションの検証中に物理法則がおかしくなったとか、ハボック神お怒りとか、そういう表現をするしかないのだ。
で、そんなこと言っても信用されない。当然である。
大人達は「話にならない」という顔をしている。
これでは照が村を出る前に立てていた計画が台無しである。こんなハプニングは想定していない。スピードランならリセットものだ。
街に着いたら食い扶持を探しがてら情報収集をするつもりだったのに、こんなことでご破産になるとは。
「エルタイル、君はもう下がりなさい。話は私達が聞いておくから」
そう言われたエルタイルという少年は、顎に手を添えて、少しだけ考える素振りをしてから、顔をしかめた。……エルタイル。照はその名を心に刻んだ。
「……はいはい。なんか色々と納得できてないけど、そうさせてもらいますね。そんじゃまあ、大変でしょうけど頑張ってください」
その言葉を残して、エルタイルは部屋を出ていった。
照はドアに背を向けていたのでその様子は見えなかったが、足音のリズムからは疲れが現れていた。……無理もない。
さて、残った照と大人達だが……彼らがさっきの話を信じるかといえば。
「……それで、さっきの話は本当なんですね、テラス……さん?」
信じないのが普通である。
いつまでも話が進まないのは困るということで、照は構築していたルートを高速で修正する。結果的には短縮になる……かも?
「何度も言ってるでしょう? 本当ですよ。何ならもう一度お話ししましょうか?」
「……いえ結構。誰も大した怪我がなくて幸いでしたね」
「あ……はい。それは……そうですね。ごめんなさい……」
確かにそうだ。あれほど盛大に突っ込んで誰もほとんど怪我しなかったというのは奇跡に近い。照的には「奇跡なら起こした」のだが。
それでこの扱いは実際寛大というか、有情であった。
大人達は顔を向き合わせて何やら話している。その内容はというと……
「まさかアレフ村での事が本当だったとは」
「ではこの女子がアレフ村に降臨なされた異郷の神だと?」
「とてもそのようには見えんが」
「いやいやこんな話を信じるのか?」
「嘘だとしても転世者が戦力になり得るのは事実」
「すぐに殺される転世者がほとんどと聞きましたが」
「しかし、転世者にして"神"ならばあるいは……」
とか何とか。
うーん。我ながら普段の姿の何たる神様らしくなさよ。
いや、そうやって振る舞いたくないから「巫女さんでーすてへぺろっ♪」なんて感じでお茶を濁していたわけだけど。正確に言えば私、同じ魂から生まれた天照大御神の子供みたいなものだし。
などということを考えもするのだが、目の前でこんな風に話されるのも、照的にはかなり微妙な気分になるというものだ。
そんなこんなで、照は手っ取り早く話を進めることにした。
「疑わしいのであれば、証拠をお見せしましょうか?」
「証拠、というと?」
「神なる力……権能です。少しは信じられるでしょう?」
「なるほど、確かに……」
よし、いい方向に向いた。これで情報と食い扶持がゲットできそう……
とはならなかった。
「そんなものなど不要だ!」
後方からドアを勢い良く開けて現れたのは、白い布に身を包んだ……恐らく神官のような格好をした小太りの男だった。目が血走ってる。
嫌な予感がした。
「そのような異郷の神など認めることはできぬ! 我らが世界の神は我らがレーヴ十神のみ!」
面倒だと感じて、照はため息をつく。
この世界の宗教は一神教のような多神教。信仰対象として掲げるのは"レーヴ十神"という神様のグループである。
その「一神教的な」宗教が何をするかと言えば、異教の神を悪魔として貶めるという話であり……つまりはそういうことだ。
再度のため息。
照には彼らが信仰する神こそ悪魔のように見えて仕方がない。あんな煽リストに百々目鬼をどう信じろというのか。いや、邪神ではあるか。
「クライブ監督官! お帰りになられたはずでは――――
「神学科の学生からの連絡があった! 不審な女が《メテオショット》のごとく振ってきた、とな! もしそいつが悪魔だった場合どうするのだ! 現状、黒紋獣に抗しうるのは"加護"を持つ我々のみなのだぞ!」
「そ、それは確かにそうですが……だからといって悪魔というのは性急かと……戦力は少しでも必要ですし……」
魔導士達の言うことももっともだが、どうにもグダグダである。
この短い問答だけでわかる。彼ら魔道士は対"黒紋獣"において役に立たない。それ故神官らの言いなりというわけだ。
彼らも指を咥えて見ているわけでもないのだろうが、その成果は現状が語っている。
「だからかようなものを引き入れると? 我らに軍備も寄越さずすることがそれか? 我ら神官戦士団が信用できぬと?」
「決してそのようなことは……」
「黙れ! このギーメルが保っているのは一体誰のおかげか! 護りを放棄して研究棟に引きこもるだけのタダ飯喰らいめ!」
「そんな、我々だって――――」
ちっとも前に進みやしない。そう思って照は口を挟む。
「あの、ちょっといいですか?」
「何だ、偽物の神よ」
「いきなり偽物呼ばわりってどういうことよ……」
監督官――恐らく司祭、その類の役職だろう――がものすごい形相で照を睨め付ける。
いや、怖ッ! 怖いよ!? 殺そうとしてるよその目!?
などと一瞬怯んだが、照は平静を取り繕う。
「それはともかく、私に案があるんですけど、ちょっと聞いてみません?」
「貴様の意見など不要――――
「いいでしょう。お聞かせください」
取り付く島もない監督官を余所に、魔導士の一人は食いついた。
そう、照にはあった。監督官を黙らせ、情報も食い扶持も信用も得られる、そんな最高の考え(自称)が。
「こういうのはどうです? 黒い紋様の獣……あなた方の言う黒紋獣と戦って、私の力を見てもらう、というのは」
「何だと……?」
「それは、証明になるのですかな?」
魔導士の方の疑問はもっともなものだ。
アレフ村を救った神なら、そんな生半可なことでは証明にはならない。
だから、アレフ村の長老からあらかじめ情報を仕入れてきていたのだ。ベート平原は学都ギーメル付近に生息する最強の野生生物、"二つ名持ち"の情報を。
世界の状況を考えれば、"二つ名持ち"も黒い紋様に侵されているはず。
「――――"光の輪のギデオン"」
照の口から告げられたその名に、魔導士達と監督官はぴくりと反応した。
その様子は"当たり"だった。
「ベート平原に生息する巨大カマキリの中でも特に強い個体に付けられた名だそうですね。恐らくそいつも黒紋獣化しているはず」
「確かに。神官団でも多数の被害が出ているとか……」
「貴様が彼奴を倒すというのか、偽の神よ」
予想通り、監督官も食いついてきた。
「えぇその通りです。もし私が無事"ギデオン"を倒すことができたなら……」
監督官の表情の変化を見るに、手応えはまあまあといったところか。
一方の魔導士達は、目配せの後、代表と思しき中年の男が頷いた。
「ええ、我々は貴方を信用します。できる限りの支援も行うこととしましょう」
「貴様が悪魔でない証明にはならんがな」
「私が悪魔であれば、あなた達は今頃生きてはいませんよ」
「…………」
「わかっていただけたようで。では……」
と言ってから、照は後ろ手に施された縄の拘束に火を付けた。
きちんと燃え落ちたのを確認してから、照は手をはたき、服をはたき、乱れていた髪を手ぐしで整えて、それから意地悪に笑いかける。
「出発の準備をしなきゃいけませんので私はこれで」
身を翻し、すたすたと歩く。
ドアノブに手をかけてから気づいたので、忘れないように言っておく。
「ああそうそう。宿を紹介していだたけませんか? できれば割引してくださると助かるのですけど」




