11:彼ら彼女らの事情
瓦礫と焼け跡と、獣の死体だらけとなった村。天宮照は乱暴に倒された樹木に腰掛けて、作業に勤しむ村人を眺めていた。
アレフ村のひとまずの危機が去ったとは言っても、まだまだ問題は山積みだった。
「村人の供養に獣たちの死体の処理に瓦礫の片付け……食料も重要だし村の安全のことも考えないと……いろいろ大変だなあ……」
ざっと確認してみただけでもこれだけの量の仕事がある。はっきり激務と言っていいほどだった。
特に重要なのが、食糧と村の安全のこと。
「食料はー……まあ、高台の塔に保存食があるらしいし大丈夫か。畑とかも大きな被害はないみたいだし、心配ないか」
どうやら、あの黒い紋様の獣たちは人にしか襲いかからないらしい。出火し燃え広がった分以外は特に被害もなかったそうだ。
だからといって人が襲われては身も蓋もないというものだ。
十中八九、別の場所から流れてきた獣達が村を襲ってくるだろう。その状況が変わらなければ、安心なんてできやしない。
「うーん。手持ちの札でなんとかなるかなあ。アサかサカキか、その辺にあればいいんだけど……異世界だしなあ……」
とはいえ「適当に似たのを見繕えばいいか」とも思うので、簡単に流しておく。問題はそこじゃない。
ともあれ、現状を整理しているというのが今の照である。
声に出してみたほうが頭の中で整理できるだろうということで、独り言は恥ずかしいのだが敢えて口に出しているところだった。
そして、照にとって重要な事柄がひとつ。
暇でやることがないので、照はそれに関する実験を時折試みている。今もまた。
「クリエイションスモーク、展開……コンディションセット、ウェポン……起動、アイテムクリエイション……!」
紫色の煙に右手を突っ込み、その中にある何かを掴んで引き抜く。
すると、照の右手はやたら細い木の枝を持って、空間に再び現れた。
「ハ……またか。やっぱ普通にやるとこうだよね」
照は"アイテムクリエイション"の使い道についていろいろと検証していた。
傍らに積み上げられた無様な"失敗作"の山を見て、照はため息をつく。今その山の上にまた一つ、薪にもなり得ない木の枝が乗った。
なぜこのようなことをしているのかと言えば。
犠牲者や生存者の確認、瓦礫の撤去……それらについて、照が手伝えることなどないのである。照は肉体的には非力で、邪魔になるだけなのである。
「作業は我々が行いますから、テラス様は獣達が現れた時のために待機していて下さい」
厄介払いみたいな言い方だ。少なくとも、照はそう感じたのだった。
しかしこのゴミスキル、本当にどうにかならないものか……と照は考える。
「お尻拭く紙すら作れないんじゃ産廃もいいとこだよね。運営に上方修正訴えたくなるレベルだよこれ」
創造術式の理論や利用法など、事細かな仕様がスキルを選ぶ時に渡された本には書いてあった。……のだが、照はそれをロクに読んでいなかったのである。
とはいえ、今までの検証から大まかな仕様は把握済みだった。その上で照が出した結論は、「やはりゴミ」というものだった。
その仕様というものを照がまとめたところによると――――
まず、最重要な仕様として、術式に与える条件と魔力量で創造できる物質は変わる。そして創造できる物質は完全ランダムとなる。いわば"ガチャ"だ。
そして"コンディション"と呼ばれるステータスが創るモノの大枠を決める。
ある程度は勝手に分類されるようで、例えば"ウェポン"を選択すれば棒状の物質が生成される。"ウェポン"は大きい分類で、ここから細かい分類をすれば弓や鉄球なども出てくるようだ。
要は潤沢なリソースがあり、かつ条件をうまく与えられるのであれば、知識のない人間にも扱える優良スキルではある。
しかし、どこまで細かく条件を与えても結局はガチャである。最後のところで運任せなので使いにくいにも程があった。
更に"マニュアルモード"というものもある。コンディションセットを"マニュアル"にすればこのモードとなる。どうやら一から分子構造を構築するモードらしく、このモードではいわゆる"ガチャ"は無い。
それは物質の組成に精通している必要はあるが――――逆に言えば、"科学者"ならこのスキルの本領を発揮できるということでもあった。
そうなった場合、アイテムクリエイションは文字通りにチートスキルとなる。
しかし当然、照にそんな知識はない。
これでは宝の持ち腐れ。猫に小判、豚に真珠、馬鹿にSNSだ。
そもそも「敵に物理攻撃は効かない」のだから、結論から言って役に立たないのは変わりがない。
使えたところで、棒きれを生み出すのにリソースを空にするのでは効率が悪すぎるし。
「世界の危機だってのに、やっぱりあいつら頭湧いてるわ」
とはいえ、もらったからには使いこなさなきゃ、その、ウソだろう?
照はそんなことを思い、近い内に活用法を見出さなきゃいけないと漠然ながら考えていた。「別に創造目的で使わなきゃいいだけだから、やりようなんていくらでもある」と考えている節もあったが。
「あんの百々目鬼と煽リストめ、ゲーマーなめんなよ! ぜったい吠え面かかせてやるからな!」
照は拳を作って、どこにいるともわからないカミサマに怒りをぶつけてみる。
……一抹の虚しさを感じた。
さて、そんな検証も終わりの時が来た。客人だ。
「テラス様、あの、少し……よろしいでしょうか?」
「うん? どうしたの、マリアちゃん?」
照に声をかけてきたのはマリアだった。その後ろには婦人や少女たちが数人ほど。みな困っている様子に見えた。
何か用かと聞いてみれば、「塔に保管されていた食料についてなんですけど……」とマリアは答えた。どうやら、保存食関係で何かトラブルでもあったらしい。
マリアに誘われて塔の地下保管庫を訪れると、そこに見えるはいくつかの棚と樽、それに封をされた壺の数々だった。
照がそのひとつを覗いてみれば、中には堅焼きのパンやらビスケットやらのごく一般的な保存食。他にも種類がありそうだ。まあ、味には期待しないほうがいいだろう。
……何がダメかは、ランプで壺の中を照らしてみるとすぐにわかった。
カビている。
他にもちらほら、問題が見え隠れ。"保存"とはとても言えない状態だった。
「こりゃだめだ。だいぶ長い間、中身入れ替えてないんじゃないかな」
あっちには腐臭を放つ肉の入った壺、あっちにはしなびた野菜。どれも加工がされていないものばかり。保管されていたものの内、ゆうに半分ほどがそうした生ものだった。
「ていうか、せめて乾燥させるとかさ……」
「それなんですけど、仙術に長けた人が用意したものなんじゃないかって」
「仙術?」
「えっと、私もよく知らないんですけど……体内とかに宿るエーテル体の流れを操るとか何とか」
「……なるほど。魔術で鮮度を保ってたってことね」
照は唸った。それなら確かに、食品を長期間保存することもできなくはない。
しかしだとしたら、一体誰がこんなもの用意したのか。
「ここって緊急時の避難場所だったんだよね?」
「ええ。でもかなり長い間、村は平和でしたから……昔は仙導師様がいらっしゃったとは聞いていますけれど……」
「で、魔術の効果が切れてこの有様、ってわけ」
呆れはしない。平和ならば、ある程度仕方ないところはあるだろう。
保存に魔術を使っていたから安心していたのかもしれないし、あるいは長年、誰も塔に近付かなかったのかもしれない。
あるいは、管理者が死んで久しいのかも。
「それで、どうしましょう? だめなものは捨てるにしても、これじゃ思ったより保ちそうにありませんよ?」
「うーん……腐ったものをそのままにはしておけないしなぁ……」
照は腕を組み、頭を捻らせる。
このダメになった食料を「食べられる」状態にすることは神威の力でどうにかできる。まあ、味や気分とかについては保証しないが。
マリアは照の顔を怪訝そうに見る。
「……テラス様?」
「ああ、ごめんごめん。ダメになった保存食だけど、とりあえずそのままにしておいて。それよりもさ、マリアちゃん達にお願いがあるんだけど、いいかな?」
その申し出にマリアは了解したのだが、一方で不思議そうに首を傾げた。