10:デウス・エクス・マキナ
満天の星空。闇に満ちた光の粒の中を、軌跡を描いて流れるほうき星が見える。
前も、後ろも。
左も、右も。
上と下でさえ。
そんな景色に彩られた鮮やかな空間の中を、光の花びらが舞い踊っては消えていく。
この光の世界で、花びら達の煌めきを以てその輪郭を描き出す大地がある。
数えて十。
それが、この空間にそびえる大地の数である。
それぞれの大地に光の軌跡が連なり、数えて二十二の道を描き出す。それはひとつの世界を形作っていた。
今、一つ一つの大地から、十の光がその世界の上空に存在する"ステージ"へと昇っていく。まるでお互いがお互いを牽制するかのように、その光達が交わることは一度としてなかった。
"ステージ"には十の玉座。ひとつの光が玉座に辿り着き、やがて光は人の形を為した。
否。それを人と呼ぶにはいささか金属的と言ってもいい。丸みを帯びた無機質で機械的な鎧そのものである。だというのに、受ける印象はひどく女性的である。
「――――"レーヴ十神"が一柱シェキナーダ、召集に応じ参った」
印象に違わない、落ち着いた女性の声。"レーヴ十神"シェキナーダと名乗った鎧は、同じように現れた鎧達を一瞥する。
そして、嘆息する。
「フン。私が最初とはな。やはりこのファルステラを統べるべきはこのシェキナーダの他におるまい」
「あのサぁ、つい先日神議があったばかりだったよネぇ~。懲りもせず神議を重ねようとか、そンなカンジぃ?」
「愚行。場合によってはただでは済まんぞ」
「穏やかじゃないな。それは悪だ。許されない」
「今回の召集はクラウンが? とすると、例の"転世者"計画か」
「でも何ですの? 緊急召集だなんて……」
「…………」
鎧達が口々に言う。各々の姿たるや、それぞれ個性的である。
十代の少女のようなシルエット。
逞しい男のシルエット。
筋骨隆々の鎧武者。
羽衣を纏った天女。
裸の女性のシルエット。
辛うじてヒト型を保つ不定形。
裸の男性のシルエット。
各々の金属的な体に、各々の"色"を持つ光の線が走る。丸みを帯びたシルエットもあれば角ばったシルエットもある。だが、それら全てがひどく有機的な印象だった。まるで鎧そのものが命を持ったかのような。
そしてまたひとつ、またひとつと光が姿を現す。
かたや枝分かれした七十二の翼を持つ鎧の姿。かたや少年のような鎧の姿。クラウンとソフィアである。
「やぁやぁ、世界のピンチにおヒマな皆さん、この度は急な召集にお集まりいただき、まこと感謝の極みでございます。このソフィア、ただ今参上つかまつりました」
おどけた調子でソフィアが声を発した。その口調たるや、この場に集まった全ての鎧達を小ばかにするかのようであった。
気に入らない、といった調子で女性的な鎧――――シェキナーダは鼻を鳴らした。
「そういう割には貴様も悠長に見えるが」
「愚鈍。愚劣。その蛮行、『破壊』でもって償うべし」
「おぉやおや……いっちょ前にお怒りとは。肉体派は怖い怖い」
ソフィアは肩をすくめる。
「でもね、気をつけたほうが良い。今やキミたちの信仰は風前の灯。神サマ同士の戦いは信仰の奪い合い……その意味、分からないわけじゃないだろ?」
「その通りですシェキナーダ様、シビアギボール様。今は我々が争っている場合ではありません」
睨み合うシェキナーダと鎧武者、そしてソフィア。その間に割って仲裁を試みるはクラウン。彼こそが今回の召集をかけた張本人である。
三者の視線がクラウンに集中する。
「クラウン。姉に向かって一端の口を利くとはな。のう、サン・ビュナス?」
「それ、妾に振ります? でもまあいいじゃないですか。そういうのも可愛いんじゃありません?」
「可愛い……無垢ということか。ならばそれは守るべき真理だ」
「貴様に聞いたわけではない」
「…………本題、入ル」
裸の男性のようなシルエットを持つ鎧の言葉に、一同は沈黙する。だが、その沈黙はすぐにソフィアが破った。
「はーっ、あいかわらず何考えてるかわからないねぇ、アストラは。……でもま、ご所望の通り本題に入ろっか。ね、クラウン」
「承知しました」
円形に並んだ玉座達の中央に立ち、クラウンが七十二の羽根を拡げると、その羽根から無数の目が飛び出してきた。
数えるも気が遠くなりそうなくらいに多くの目玉がその場に浮く。
そして目玉達は彼らの頭上に何らかの映像を映し出した。
映し出された映像は、ファルステラはアレフ村の人々を救うべく戦う天宮照を捉えていた。
高台の上空から放たれる光の奔流。凄まじいまでの気迫を放つ炎の螺旋が、黒い紋様の入った獣達を焼き払っていく。
だがそれだけだ。
そう、ここにいる誰もが「この者が何か?」と疑問に思うことだろう。その光景が意味するところを知るのはこの場では二人、クラウンとソフィアのみだ。
「これは?」
「アレフに送り込んだ転世者の、二日ほど前の戦闘記憶です」
「覚エがアる。そノ日、ボクの霊魂解析器官ガ、強イコーザル反応ヲ示しタんダ」
「何……?」
裸の男性のような鎧の放った言葉で、その場の鎧達に動揺が走った。クラウンもソフィアも、その表情は暗い。と言っても、それは人間の目にはわからないものであったが。
少女のような鎧は、手元に浮かばせた光のパネルを指でいじりながら、煽るように笑い声を上げた。
「キャヒャハハハ。転世者に神性持ちが居るッてぇ? バカだね~クラウンちゃん、ソフィアちゃん。何でそンなの通したのサ! あ、落ちちゃッた」
「まさか境界に強いコーザル体を持つ者がいたとはな」
「それは驚きだな。もしかしたら、あるいは……」
「でも気に入らないね。特にあの女を見る下民達の目。あれは本来我らに向けられるべきモノのはず」
「笑止。我らに、だと? 我に、の間違いではないのか、ハミル?」
「あぁすまなかったねシビアギボール。間違えた。吶喊バカに信仰は勿体なかったね」
「不快。閉口せよ。ここでその頭蓋を『破壊』しても良いのだぞ」
「貴様こそ、この私の『雷』で焼かれる覚悟はできているのだろうね?」
剣呑な雰囲気を醸し出してきた空気の中、クラウンは両手を振って、他の鎧達へ制止をかける。
それでもなお鎧達は立ち上がり、睨みあう。
裸の女性のような鎧と鎧武者の間には、確かな確執があった。
摩擦による火花が散る"ステージ"の中央で、クラウンは溜め息を吐く。
「おやめ下さい。お二方……」
「おいおい止めるなよ。お二人さんには潰し合ってくれたほうが都合がいいだろぉ?」
「しかしソフィア様……」
あちらこちらで飛び交う火の粉。今にも小さな雷が走りそうな、乾燥した嫌な空気にも似た雰囲気が漂う。
やがて、鎧武者も裸の女性のような鎧も、嘆息してから席に着いた。
始終を見ていたシェキナーダは、それを確認するとクラウンに続きを促す。
「して、貴様達はこの者の霊魂解析をしなかったのか?」
「いいや、したよ。けど、アイツ結果をちょろまかしやがったのさ。四魔力全て低水準のランクD……だが蓋を開けてみりゃこの通りってワケさ」
そう答えたのはソフィア。シェキナーダは当然の疑問を吐いた。
「ちょろまかした?」
「ボクの感知しタ限リでハ、少ナク見積もっテもランクS。もシかシタらソレ以上……」
「それほどの強い神性、とても隠せるとは思えんな」
「恐らく、神威によって一時的に魂そのものを変質させていたのだと」
シェキナーダは唸り、右の手で顎を包むように触れる。確かに、望む事象を直接引き起こす「神威」ならば可能だ。しかしそのような使い手が境界にいようとは。
小考して、シェキナーダはクラウンを見やった。
「どう捉える、クラウン?」
その問いにクラウンが答えるより早く、鎧武者が割って入る。
「愚問。問答無用。即刻排除すべし」
「短絡的だね吶喊バカ。アレフの獣達でアレじゃあ放っといてもすぐ魔力切れで神性なんか消え失せるんじゃないかい? ランクSだろ、ギリギリ神性を得たレベルだ」
「貴様は楽観が過ぎる。昏き世界に指した光明……人の目には希望にも映ろう。この意味が分からぬでもあるまい?」
「コーザル体、つまり我々の肉体と力は自然回復せず、他者からのメンタル体譲渡によってのみ回復できる。故に信仰とは神の存在そのもの。あの女はそれを得た。もしかしたら私らの信仰も奪われるかもね」
「当然、ランクSと言えど成長の余地はある」
裸の女性のような鎧が肩をすくめる。それに対し鎧武者が鎧の装甲の間から蒸気のようなものを噴射する。
呼応するかのように、他の鎧達も騒ぎ立てる。
「それでも要らん心配さ。あの悪魔共には勝てん」
「その通りです。それは貴方が一番理解しているはず、シビアギボール」
「アハッ、あれホント無様だったよねェ。大した信仰も残ってないのにムリしてサ!」
「何だと……?」
「私はクラウンに訊いている」
ひとつ足を鳴らしたシェキナーダの一声で、再び殺気立った沈黙が流れる。
それを破ったのはクラウンだった。
「今は様子を見ましょう。この神もどきが黒点の悪魔と対峙する時、答えはおのずと」
「あるいは、あの野郎の始末は黒点の悪魔がしてくれるってわけか」
「だが、あやつらを斃す程の力を持つならば――――」
鎧武者の言葉に、ソフィアは鎧をケタケタと鳴らす。
訪れる沈黙。"ステージ"では、ソフィアが鳴らす鎧の金属音だけが鳴り響いていた。
「ねェねェ、ソフィアちゃん。それだけじゃないンでしょぉ? こンな下らない話するために召集かけたワケじゃないンだよねェ?」
少女のような鎧は相も変わらず光のパネルをいじくり回している。その様子に、クラウンもシェキナーダも口には出さないが苛ついている様子だった。
「つまンない神議なンかサッサと終わらせてサぁ、ついでにこの遊技盤も終わらせてェ、アストラに新しいの作ってもらわなきゃいけないンだよネェ~」
「……次の話、すル」
嘆息して、ソフィアは喋り始める。
その調子には今までのような、ふざけた様子は見受けられなかった。
「はいはい。わかったよ。んじゃ、次の議題だ――――」