1:開闢、あるいは創世記
――――始まりを語る。
それは、今の時点では未来の出来事。
ここは"アレフ"。この世界の創造神によって名付けられた"始まりの地"。
高台の塔に集まる人々、それを狙う獣達、そして巨人。
暗雲に呑まれた世界の中で、強く輝く光が一つ。
闇をかき消し天を裂き、雲を貫く一点の光は太陽のように、目映い輝きを以てその場の何もかもを照らす。
強き光に見惚れて、人々は呟く。
追いすがりながらも裏切られてきたその願いが、今ここで結実したのだと。救いを求める声に応える存在がいたのだと。
「お、おぉ……何と神々しい……」
「あったかい光……」
「きれい……」
光が描き出すシルエットを見つめ、人々はただ声を漏らすしかなかった。
恐ろしい獣達の存在も忘れ、一際輝く"それ"を眺めては、何がしかの感情を乗せた息を吐く。
だが獣達もまた、その存在を見ていた。……ただ、それは決して人間たちが思っているような、崇拝じみた感情ではない。
むしろもっと根源的な何か。獣達や巨人には、その光が破滅をもたらす存在のように思えていた。
「神だ……、神様が顕れたんだ……!」
「まだいたんだ、私達を救ってくれる神が!」
この地上を照らす光は、奇跡か、それとも怪物か。
どちらにせよ……その人智を超えた光は、人間にとっては"神"と形容する他なかった。
そして……今ここに、祈るように手を組んで、膝をついて光を見上げる少女が一人。
「嗚呼、やっぱりそうだったのですね……!」
頬を染め、熱っぽい声を上げる。その声色は、安堵か、畏敬か、はたまた恋慕か、それともその全てか。
光の主に救われた"最初の少女"は、人の形をした光を賛美する。
背に負う光は神秘の輪、輝く羽は奇跡の翼、放つ炎は天の裁き。
彼女の瞳に映るのは、三対の羽持つ光の天使。
彼女の肌が感じているのは、光が放つ熱の波動。
彼女の口が紡ぐのは、確かに刻む信仰の念。
昏き世界に悪魔がはびこり、闇夜に人が惑う時、天の光が地平を照らす。
誰も彼もが太陽の如き光を見据える中、少女はその存在を言祝いだ。
「あなたはこの世界に光を取り戻すために、どこか遠くからやって来た救世主……いえ、もっと他の、そう――――」
……これが、原初の風景。
彼方の星、ファルステラで紡がれる神話。その序章だった。
・・・
東京都南部・某市、天道神社。
その神社の社務所に住まう天宮照は巫女である。少なくとも、本人が通しているつもりの世間体としては。
しかし、その実態はといえば。
「あ゛あ゛~っ! また負けた~っ! ホントにグリッチ使ってないんですよね!?」
「フフフ。これは純然たる実力ですよ、照。フレーム単位の研究は欠かしません」
「……あなたいつ寝てるんです?」
「いつも日付が変わるくらいには寝てますよ? ただ仕事中もいろいろと、こう……」
「仕事に集中しろよダメ上司。あ、この前あなたが欲しいって言ってた☆5のキャラいるじゃないですか。私あの子ガチャチケで引きました」
「……それ以上言うとあなたにガチャ大爆死の呪いかけますよ?」
「今度は育成をしなきゃいけないので引いても大変ですって。ほら、素材的な意味で」
「あくまで煽っていくスタイルなんですね! ……育て終わったらサポートに出しといて下さいね」
「あ、使いたいんですね……」
などと、昼間からこたつでごろごろ、音声チャットで通話しながらゲームにべったり、そんな生活である。ダメ人間、廃人……そう言われても仕方ない体たらくだった。しかし本人にはそれを変える気はさらさら無いのだという。
その日も社務所でゲームに勤しんでいたので、照はおよそ事故とは遠縁にいる。
……そのはずだった。
「そういえば、照。この前話してた件なのですが――――
「嫌です」
「まだ何も言ってませんよ」
通話相手の声色が変わったのを感じて、照は即答した。……それに対する反応もまた早かったため、少し吹き出してしまったが。
通話相手……つまり照の"上司"に当たる人物なのだが、その彼だか彼女だかわからないような声の主が何を言おうとしたのか照にはわかる。
即ち、何か厄介な事に自らを巻き込もうとしているのだ。
この前というと、どの件だっただろうか。それを思い出す必要もなく、照の腹はとうに決まっている。
そんなもの断固断る以外の選択はない。
「嫌ですって。他当たって下さいよ」
「しかし……」
「だめなものはだめですー。とにかくその話は無しでお願いします」
通話相手が何か言いかけた時、廊下から男の子……照の弟が照を呼ぶ声がする。時間としては正午過ぎた辺り……ちょうど昼時だ。
これはチャンスと思い、照は強引に会話を切り上げて食卓に向かおうと立ち上がる。
そう。
その出来事は、ちょうどその時起こった。
……思い返せばそれが、本当の始まり。
照は今にして思う。なぜ自分がファルステラの大地に降り立ったのか、どうしてその必要があったのか。
現実に惑うこともなく、未来に迷うこともなく、疲れもなく、絶望もなく、闇もない。
やり直したいと思ったことは幾度とあれど、それは同時に幾度とあった良き思い出を裏切ることだと思ってさえいる。
そんな自分が遠き星の異世界に転世したのは、きっと――――