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5いつもの朝ごはん

 週末が訪れた。私にとってはやけに長かった一週間が、終わった。

 目を覚まして携帯の液晶画面を見ると、既に十時を過ぎていた。ベッドに居座ることなく、毛布を蹴飛ばして起き上がる。部屋を出て、洗面所へ直行する。

 今日は寝覚めが良い。ここ数日の中では一番良い。理由はもちろん、フミとのしがらみが解消されたからだろう。完全に消え去ったわけではないが、これからもフミとの関係を自然に続けていけるのだとわかって安心した。

 たぶん私は、まだしばらくの間は、フミが好きなままだろう。でも、フミが望んだような「ただの友達」に完全になることはできなくとも、「本当は好きだけど隠している友達」くらいにはなれるとわかった。告白をなかったことにできるのだ。フミとの関係に気まずい影が落ちて友達ですらいられなくなるよりも、そっちの方が何倍もましだ。私はこれからも、ひっそりとフミに恋をしながら、友達として学生生活を送るのだろう。

 顔を洗って、鏡に映った自分を凝視する。晴れやかとまではいかないが、憑き物が落ちた顔をしていた。今日は昨日より、メイクの乗りが良さそうだ。

 いったん部屋に戻って着替えてからリビングに向かうと、母が用意した私の朝食が、ダイニングテーブルの上に置かれていた。今日は土曜日。公立高校に通う私にとっては休日だが、私立の進学校に行っている妹にとっては平日だ。父はとっくに仕事に向かっているし、母もパートに出ている。現在この家にいるのは、私一人だ。

 丁寧に掛けられたラップを剥がして、プレートの食パンをトースターに入れる。流しには妹のコップが、テーブルには今日の新聞が置きっ放しにされていた。誰もいないけれど、つい先ほどまで家族が活動していたであろう生活感に満ち満ちている。すぐにチンッと音が鳴って、トースターが食パンを吐き出した。冷蔵庫からマーガリンと牛乳を取り出して、席に着いた。

「いただきます」

「穏やかな休日の朝を満喫してる場合じゃないっぴ」

 いつの間にかテーブルの上に仁王立ちしていたピッピに、マーガリンを塗る手が止まる。この妖精はいつも神出鬼没だ。

「何、まさか朝っぱらから怪物退治とか言い出すんじゃないよね」

 母の卵焼きを口に放り込む。妹の弁当のおかずのついでだろう。やはり、母のおかずの中でも卵焼きは絶品だ。

「違うっぴ。ルルカ、もう昨日のこと忘れたっぴ?」

「昨日? ああ……ただの友達になるって残酷だって最初は思ってたけど、意外にそうでもないんだなって気づいたよ。これからもフミと一緒にいられるだけで私は――」

「その恋愛脳、いい加減にするっぴ」

 プラスチックのような両目にじっと見つめられた。恐らく睨まれている。表情の変化は感じられないが。

「わかってるって。あの黒猫のことでしょ」

「そうっぴ。今まで数多の魔法少女と共に戦ってきたけど、あんなのに遭遇したのは初めてだっぴ」

「案外、ずっと見られてたりしてね。気づいてなかっただけで」

 トーストを齧りながら、テレビをつける。朝の情報番組はリビングを賑わせた。

 ピッピは深刻に受け止めているようだが、そこまで神経質になるほどのことなのだろうか。私からしてみれば、たびたび出没する怪物の方がよっぽど脅威に思われた。あの猫は確かに怪しい動きをしていたが、放っておいて害があるものとは思えない。もちろん、また現れたら次こそ仕留めるつもりだが。

 それを伝えると、ピッピは「危機感が足りないっぴ!」と憤慨した。

「むしろ、怪物よりももっと警戒すべき相手っぴ」

「は? なんでよ」

「今まで戦ってきた怪物の出所は、未だわかっていないっぴ。自然発生なのか、何者かが放っているのか。もしかしたら、あの黒猫はその核心に迫る鍵かもしれないっぴ。だとしたら、怪物と戦うルルカを窺っていたことも頷けるっぴ」

「まあ、確かに」

 意外にも、ピッピの意見は的を射ていた。もしそうだとすれば、あの猫を追うことは、怪物の撲滅に繋がるということだ。それはすなわち、私の復讐が果たされるということを意味する。一年前の雨の日、私の命を踏みにじった牡牛の怪物。

 最後の卵焼きをフォークごと噛み締めた。あの牡牛の怪物を殺さない限り、「魔法少女ルルカ」が怪物に打ち勝ったことにはならない。

 だが。

「ま、とりあえず今の私は『天音るか』なんで。猫のことは次に会った時に考えるってことで」

 ピッピは「そういうとこだっぴ」と嘆息したが、向こうからアクションを起こしてこなければどうしようもないというのも事実である。

 食べ終わった朝食の皿を洗い終え、ソファに座った時、ちょうど携帯が震え始めた。液晶画面には「莉々」と表示されている。

「莉々? どうしたの」

「あ、出た。おはよ、今日暇?」

 随分と唐突な誘いだ。こんな遠慮のない誘い方をしてくるのは、莉々か小巻くらいである。思わず笑みを溢しながら返事をした。

「うん、暇」

「良かった。あのね、今小巻の家にいるんだけど、るかも来ない?」

「こんな朝早くからいるの?」

「昨日遊びに行ったまま泊まっちゃって。今日もだらだらここにいる予定だからさ、女子会しようよ」

 親が共働きで不在がちなのを良いことに、小巻の家はよく私たちの溜まり場になっている。私は二つ返事で了承して、出掛ける支度を始めた。

「魔法少女の衣装は忘れちゃだめっぴ」

 口を挟まれて溜息をついた。もちろんわかっているけれど、魔法少女になってからこの方、小さな可愛いバッグを持てる機会が全くなくて困る。

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