ウィードウルフ
日の出とともに起きて、ダンジョンへ潜る準備をする。
気分的にはもう2、3日休みをとりたいところだ。しかし、金欠が厳しい。切り詰めれば、一月は持つかもしれないが、余裕は早くほしい。
一昨日の地竜戦で使った新調したての防具はすでに傷だらけだが、修理に出す金がない。
しかたないので、それ以前に使っていた皮鎧を装備する。今日は平原エリアにいく予定なので、問題ないだろう。
武器は支援職らしくワンドを使っている。森林エリアの魔物・イビルウッドから削りだされた量産品だ。
その他魔力のこもったアクセサリーや消耗品などを整えて、部屋を出た。
ダンジョン前の広場はすでに軍関係者や探索者パーティーでにぎやかだった。
いつものように露店などをチェックしていると、自然に「閃光の一撃」の集合場所へと向かってしまっていた。
途中で気付いて、空を仰ぎ見る。
(未練とかじゃない。習慣なんだ。)
そう自分に言い聞かせ、進行方向を変えて探索者ギルドの大きな建物にいく。
探索者ギルドに入ると、ダンジョンの各窓口はまばらに人がいる程度だか、ある一角は混雑していた。
冒険者ギルドの窓口である。
冒険者ギルドはダンジョンではなく、地上の仕事メインのギルドだ。魔獣の討伐や商隊の護衛などの仕事を取り扱っている。
その規模はゼレンカ王国だけでなく、国をまたいで存在している。
ただし、ダンジョンの街トレンカでは、ダンジョン担当の探索者ギルドのおまけ的なもので、建物も間借りで済む程度だ。
冒険者は、主にダンジョン熱が冷めた30台以上の方達だ。本格的な冒険者は近くの王都を本拠地としている。
若くないし、もうダンジョンにもぐっていないからといって馬鹿にしてはいけない。
異界エリアで活躍していた方達がゴロゴロしているのだ。
あくまでおまけだが、ダンジョン資源で潤うトレンカでもそれなりに冒険者の仕事があり、朝はその依頼の受注などでいそがしい。
まずは探索者ギルドの方のボードを確認する。今日から平原エリアに戻るつもりだが、2年ぶりなので情報が欲しい。
ボードにはギルドからのお知らせで「平原エリアでのユニークモンスターの発生」があった。まだ討伐されていないらしい。
モンスターの種類は、イビルウッド系の亜種。オレの持つワンドでは相性の良くない敵だ。
大家のパオラさんが必要としている薬草のラグシーナの情報はとくになさそうだった。たしか平原の奥の方で採集できたはずだが、施療院に回ってないということは買い占めでなければ、採集が満足に出来ていないということか。
もしかしたら、ユニークモンスターのせいかもしれない。
パーティー募集が平原エリアでもあったが、ほとんどアタッカー募集か回復役募集だった。
一応エンチャンターも平原エリアなら回復役と言えなくもない。事実、ダンジョンへきてはじめて平原エリアでパーティーを組んだときは回復役としてである。パーティーというよりはペアではあったが。
まあ、今回は様子見ということでソロでいこうと思う。
ボードを見たあと、念のために探索者ギルドの平原エリア担当の窓口に行こうと思ったが、そのままダンジョンへ潜ることにした。
横柄そうな窓口の男が駆け出しの探索者に偉そうにしていたり、若い女性同士の窓口の職員と探索者がキャッキャッとしゃべっていた。
空いてそうな窓口はうつむいて、なにやらぶつぶついっている職員だ。
(朝はどこも忙しいからな、よし、ダンジョンへいこう!)
広場に出て、《デパーチャ》を唱え平原エリアの中層あたりにワープする。
ダンジョンの大穴から入って1からやり直すことも考えたが、平原エリアの浅い所は弱い動物系の魔物や知能も身体能力も低いゴブリンだけなので、探索者ではない一般人が狩りをしていたりする。
薬草もちらほらあったはずなので、いい小遣い稼ぎらしい。
探索者ばかりになるのが、中層からだったはず。ウルフ系の魔物や力強いオークなんかが出てくる。
ユニークモンスターやラグシーナの薬草を求めて、森林エリアに近い奥の方も考えたが、久しぶりのソロなので、安全性をとって中層で肩慣らしすることにした。
ワープしたあとは、周りに魔物がいないことを確認して支援魔法を使う。
《アースパワー》、《アーススキン》で物理的な攻撃力と防御力が増す。
《マジックスキン》で魔法防御が増す。
《スピードムーブ》、《スピードアタック》、移動と攻撃の速度が増す。
《コンディチャント》、ケガや体調が持続的な回復する。
一通りの支援魔法をかけ終わる。
これで後衛のエンチャンターでも近接アタッカーとなれる。
しかし、山岳エリアで地竜に挑もうとするオレでも、森林エリアの近接アタッカーの方が強い。
エンチャンターはあくまで、パーティー職なのだ。壁役の防御をより固く、アタッカーの攻撃をより強く出来る職だ。
なのに人気がなくパーティーからクビにされる。
攻撃は武器やスキルで補えるし、防御も防具とスキルで補える。
だから、6人という縛りがある以上、エンチャンターよりはアタッカーや回復役の専門がいいらしい。
嘆いてもしかたないので、狩りを開始しよう。少し先にウィードウルフ、平原エリアのウルフの魔物がいた。
中層なので、群れではなく一匹のようだ。
《スピードムーブ》で強化された足で走りながら近づき、ワンドに魔力を込める。
射程に入ったら《スラッシュワンド》を放つ。ワイバーンの注意を引き付けたスキルだ。威力は大したことはないが、遠距離からワンドの衝撃波を飛ばすことができる。
《スラッシュワンド》をくらったウィードウルフはよろける。そこへ大きく振りかぶったワンドで殴りつける。
ウィードウルフはこの2発で倒れた。スキルと大殴りをつかってやっと倒せたと言っていいだろう。「閃光の一撃」のリーダー、槍使いのフィリッポならスキル一発だろうな。いや、スキルすらいらないかもしれない。
ダンジョンの魔物は、額に魔石が付いている。
倒した魔物から魔石を剥ぎ取るか破壊すると、魔物の体は残り魔石は霧散する。
逆に倒したまま放置すると、魔物の体は魔石に吸収される。そして魔石だけ残る。
体は素材として売れる。森林エリア以降ならそれなりだが、平原エリアだとたいして価値はない。しかも狩りを続けるとなると邪魔になる。
魔石は噛み砕くことでそのエネルギーを自分に吸収できる。平原エリアの魔石を1つ2つ吸収したところで実感はないが、ほんのわずかに魔力や体力が上がる。
吸収を続けると、スキルや魔法の威力など色々な面で明確に差が出る。
しかも邪魔にならない。
あと、魔石は魔道具のエネルギーにもなる。大橋や街を照らす街灯や大きな船の動力など様々な魔道具を動かすために必要となる。
そのため、平原エリアの魔石でもそれなりに価値がある。
いまの金欠のオレには、魔石で売る一択だ。
それから移動しながら狩りを続ける。
敵が弱いこともあり、単純作業のようだ。
ウィードウルフを見つけ、ダッシュで近づき、殴って倒して、魔石になるまで待つ。
3匹で群れているのもいたが、移動速度と攻撃速度が上がっていることで、飛び掛かってくるウルフをかわしながらワンドを叩きつける。複数の魔物にも無傷で勝利した。
ウィードウルフが弱いんじゃなくオレが強くなったんだ。
孤児院の先生にエンチャンターの素質があると言われ、その教えを受けた。孤児院をでたあとはドーランドのおっちゃんに紹介された施療院や土木の現場で働きながら、冒険者ギルド主催の各種教室でエンチャンターの支援魔法を習い、王都の杖術道場でワンドを習った。
そしてトレンカに移って約5年。
このウィードウルフにもはじめは傷だらけになりながら、やっと倒していたものだ。
遠目にオークを見つけた。通称平原オーク、ずんぐりとした人型の魔物だ。
支援魔法をかけ直して、ウルフと同じようにダッシュで近づいていく。
《スラッシュワンド》を当てるが、よろけ方がウルフより小さい。そのため、続くワンドの大殴りをガードされる。
平原オークが反撃に振りかぶったこん棒を叩きつけてくる。当たれば痛いヤツだ。
こん棒をかわしながら、ワンドでオークの顔面を横殴りする。オークがよろけてくれたので、そのままワンドを振りかぶり顔面に叩きつけた。
平原オークは、「・・グッ」と、漏らしながら倒れた。